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61.愚王と側妃(※sideカイル)

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「上手く演技するのだぞ、いいな」
「はぁい。大丈夫よ。分かってるってば。あたしそこまでバカじゃないわ」
「この銀髪の男が連れて来る、黒髪に琥珀色の瞳を持つ身なりの良い男だ。気に入ったそぶりを見せ、上手に甘えて誑かし、一夜を共にして籠絡しろ。…事が上手く運べば、お前のこれまでの人生とは比べ物にもならん最上級の生活ができるようになる」
「うふん。……で?上手くいくまではその人の正体は明かしてもらえないってわけでしょ?」
「ああ、そうだ。男が落ちれば、次の行動については細かく指示を出していく。よいな、マデリーン。今後男の前で我々とどんな形で再会しようとも、その時はあくまで互いに初対面だ。勘付かれれば台無しになる」
「だからぁ、もう何度も何度もこうして会っては打ち合わせしてるじゃない。しっかり頭に叩き込んだわよ。…絶対上手くやってみせるから。任せておいて。男の人にはいつも好かれるの、あたし」

 俺と父は身分を隠し、何度もこの女、マデリーンと密会してはジェラルドを誑かす策について話し合った。嫌気が差すほど鮮明に想像できた。あの男が鼻の下を伸ばし、歳に似合わぬ下品な色気を振りまくこの小娘の後ろをついていかがわしい宿の部屋に向かうのが。

「早くその人に会ってみたいわ」
「安心しろ。見目麗しい若い男だ。野蛮な爺などではないぞ」
「ふぅん。…その人も気になるけど…、あなたもすごく素敵よね。初めて会いに来た時からずっと気になってたのよ」

 そう言うと、マデリーンは上目遣いに俺を見上げてそっと俺の腕に触れてきた。

「すっごく綺麗なお顔。お兄さんは恋人いるの?…ね、練習相手になってくれない?当日上手くできるか不安になってきちゃったなぁ、あたし」

 甘えた声でそう言いながら、俺の手の甲をねっとりと撫でる。途端に全身に鳥肌が立ち、俺は乱暴にマデリーンの手を振り払った。

「…俺に触るな。心配せずとも、充分手慣れているだろう」
「んもぉなによぉ。ひどーい。初心うぶで可愛いのね、お兄さん。うふふふふ」

 気持ちが悪い。何て品のない低俗な女だ。コーデリアとは天と地ほどの差だ。色欲にまみれた汚らしい手で触れられた部分を今すぐ洗い流したかった。

「ふはは。相変わらず乙女のように身持ちが固いなお前は。じき結婚も考えねばならん歳になったというのに。…お前の相手も、いい加減決めてしまわんとな」
「……。」

 茶化すように笑った後、父はぼそりとそう呟いた。
 勝手にすればいい。もう相手が誰だろうとどうでもいい。
 コーデリアは去ってしまったのだから。

 人生をかけたたった一度の恋に破れた俺は、何もかもがどうでもよかった。きっと俺はこのまま父の指示する通りに動き、やがてこの国の宰相となり、あの愚かな男の末路を見届けることになるのだろう。






 そして父の目論見通り、ジェラルドはマデリーンの毒牙にかかった。やはりあの男に合うのは高潔で賢い女性ではない。奔放で大胆、かつ低俗で淫乱な下卑た女がお似合いということだ。あっという間にマデリーンに骨抜きにされてしまったのがその証拠だ。意外性の欠片もない。
 
 事は父の思惑通りに運んだ。正妃は離宮に追いやられ、側妃に夢中になったジェラルドは公務を完全に放り出し、吐き気がするほどふしだらで堕落した時間を過ごしはじめた。しかし離宮に居住を移した正妃は、己の置かれた立場に必死で歯向かうように、日々王宮の執務室に通い詰めひたすら真面目に公務に励んでいた。やがて近隣諸国との友好関係継続のためにと足繁く各国を訪問するようになり、外交にも力を注ぎはじめた。そのひたむきな姿はコーデリアを思わせた。彼女も父上であるデイヴィス侯爵と共に国外の重鎮たちとの交流を盛んに持ち、やがて自分が王太子妃となった後の外交を考え、根回しを怠っていなかった。

 正妃が一人でがむしゃらに働く中、側妃との腐敗した日々を繰り返す愚王。素行の悪さは次第にエスカレートし、ジェラルドは側妃にねだられるがまま高価な品物を次々と買い与えるようになった。

 こうなると低俗な側妃は目に見えて調子に乗り出した。この王宮で、いや、この大国で最も権力のある男が自分にのめり込み何でも言うことを聞いてくれるのだ。貧しい生活に飽き飽きしていた下級の女にとっては夢のような日々だろう。これまで誑かしてきた近場の男たちとはさせてくれる贅沢のレベルがまるっきり違うのだから。

 やがて側妃は俺の父に反発しはじめた。

「いい加減にしろマデリーン!一体どれだけ陛下に金を使わせるつもりだ?!身の丈に合わぬ贅沢は即刻止めろ。お前らのせいで財政がどれほど逼迫してきているか分からないのか?!それに、子を作る計画はどうなっている?嫁いだら一刻も早く子を成すように陛下を誘導しろとあれほど言っていただろう。もう幾月経ったと思っているんだ」
「…だあってぇ。ジェリーがまだいらないって言うんだもの。あんたがあの女の時に言ったんでしょう?若い妃だからいつでもすぐに子はできるって。今は二人きりの夜をたっぷり楽しめって」
「それはあのカナルヴァーラの正妃に対してだ!お前は違うだろう。向こうには世継ぎを成させたくなかったからそう言ったが、お前は逆だ。…まさか、まだあの薬を飲んでいるのか」
「それもあんたが何度もまとめて渡してたんでしょ?あたし毎晩飲んでるけど、まだだいぶ残ってるわよ」
「もう飲みたくないと言うんだマデリーン!早くあなたの子が欲しいと陛下にねだれ。お前がいつものように甘ったるい声で擦り寄ればあの男はすぐにでも飛びついてくるだろう」
「イヤよ出産なんてめんどくさい!あたしもジェリーと同じ気持ちだもの。身軽でいたいし、今をたっぷりと楽しみたいの。…ふふん。あたしたちね、体の相性も完璧なのよ。一日のうちで最高の時間なの」

 下卑た笑みを浮かべる小娘に、本気で吐き気を催した。気持ち悪い。浪費と色欲に溺れた、けがらわしい低俗な女。何故こんな女に入れ込めるのか。理解に苦しむ。俺などこの女を視界に入れることさえ不愉快でたまらないというのに。

 父は憎々しげに側妃を睨みつけると低い声で言った。

「…私を怒らせるつもりか、マデリーン。約束が違うだろう。誰のおかげでこの王宮に入れたと思っている。陛下を言いくるめて、貴様を追い出してやってもいいんだぞ」
「あんたこそ、あたしを誰だと思ってるわけ?!所詮家来のくせに調子に乗らないでよ!あたしは国王様の最愛の女なのよ?!あの人、あたしが頼めばあんたのことこの王宮から追放してくれると思うわ。言ってやりましょうか?あんたがあたしを虐めてくるって。クビにしてどこか遠いところに追いやってって」
「……貴様……!」

 ニヤリと片方の口角を上げ勝ち誇ったように笑う側妃。今にも飛びかかりそうな憎悪の色を浮かべ、側妃の歪んだ顔を睨みつける父。

 俺はその二人のやり取りを冷めた目で見ていた。どっちもどっちだ。馬鹿馬鹿しくて、醜い。




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