上 下
60 / 84

59.燃え盛る憎しみ(※sideカイル)

しおりを挟む
「俺に意見する気か?カイル。立場を弁えろ。……ふ、安心しろ。アリアはコーデリアに負けないほど優秀な女なんだ。ちゃんと調べさせてある。もうこの決定は覆らん。俺の正妃はアリアを置いて他にはいない」
「…………っ、」

 俺の中で何かが切れた。もういい。こんな男も、父に命じられるままの人生も、もううんざりだ。

 お前がコーデリアを見捨てるというのなら、俺が…………!



 全てを失ってもいいと思った。国王陛下となる男の側近の座も、将来の宰相の座も、名門公爵家の後ろ盾も、何もかも失くしても構わないと。
 初めて自分だけの意志で動いた。この人生をかけて。

 俺はコーデリアと二人きりで話をした。
 秘め続けてきた自分の情熱の全てを伝えた。

「…コーデリア嬢、俺は……あなたのことを愛している。幼い頃からずっと、俺にはあなただけだった」
「……カイル様……」

 目を真っ赤にしてほつれた髪を何本か頬に張り付けたコーデリアは、光のなかった瞳を見開いて俺を見つめた。まさかあの男の側近にこんなことを言われるなんて思いもしなかったのだろう。狂おしいほどの恋を初めて打ち明ける緊張に、心臓が破裂しそうだった。

「…俺の元に、来てくれないだろうか。こんな時に、突然こんなことを言われても戸惑うだろうけれど…、俺はあの男とは違う…!あんな軽薄で移り気な、誠意の欠片もない男に、そもそもあなたはもったいなかったんだ。俺は……俺なら……、この人生をかけて、あなただけを愛し抜く。何があっても、あなたを守り抜くから…。どうか、この俺の元に……っ」
「……。」
 
 しばらく唇を噛み締めて俯いていた彼女は、ゆっくりと顔を上げると涙に濡れた瞳で優しく微笑んだ。

「…まさかあなたから、そんなことを言っていただけるなんて…。お気持ちは、とても嬉しいです。子どもの頃から殿下とあなた、そして私、よく3人で過ごしていましたわよね。どの時も、懐かしくて温かい思い出でしたわ。……先日までは。でも今はもう……この記憶から消してしまいたい過去です」
「……コ……、」

 悲しい笑みを浮かべたまま、彼女は静かに言葉を重ねた。

「私の人生は、あの方が全てでした。ジェラルド様を生涯おそばでお支えしていくためだけに自分を磨いてきたのです。そのためだけの、人生でした。だけど……、ここまで来て、私はあっさり捨てられた…。こんな歳になって…。…もう、あの方の近くにはいたくない。この王都から遠く離れたどこかで、ただひっそりと生きていきたいのです。何のしがらみにも囚われず、ただひっそりと…。この命が尽きる時まで…」
「……コーデリア嬢……。お、…俺は…」
「カイル様。あなたは才知溢れる素晴らしいお方です。あなたはこの国の中枢に必要な方。あの方のおそばに、これからもずっといることになるでしょう。あの方を一番近くで支えていく懐刀となるはずです。…そんなあなたのそばにいることは、私には考えられません。…それに…、我がデイヴィス侯爵家とあなたのご実家であるアドラム公爵家との折り合いがあまり良くないのは、あなたもご存知のはず…」
「コーデリア嬢!俺は…っ、あなたのためならば全てを捨てられる!これまでずっと父をはぐらかして婚約者を持たなかったのも、ただあなたの存在だけが心にあったからだ!あなたのことさえ守っていけるのならば、金も、輝かしい未来も功績も、何もいらない。何の後ろ盾もないただの人となり、苦労ばかりを重ねていく人生であっても喜びだ。あなたさえ、そばにいてくれるのなら…!」

 俺は必死で訴えた。こんなにも自分の感情を露わにしたことなどこれまで一度もなかった。だが分かっていた。この唯一の機会を逃してしまったら、俺がこの愛しい人を得られる日など金輪際訪れないということを。

 だがコーデリアは悲しい顔でただ静かに俺を見つめていた。

「…カイル様。私は…、あなたの元へは行けません。…ごめんなさい。どうか、分かって…。あなたの人生を狂わせる勇気も、あの方以外の殿方のことを考える気力も…、…もう私には、何もないの。両親は殿下からの婚約解消の通達に動揺して、混乱してる…。…これ以上、家族を困らせたくもないの…。……さよなら、カイル様」






 結局あの男とデイヴィス侯爵家との婚約は解消され、外交官長だった侯爵は大切な娘を雑に捨てた男を見限り王宮から去った。

 あの男は即位し、望み通りカナルヴァーラから正妃を迎えた。

 その後しばらくして、コーデリアは王国西端を守るプレストン辺境伯の元へ嫁いだという。彼女より15も年上の男だ。
 他に選択肢などなかったのだろう。釣り合いのとれる家柄の令息は皆結婚している。
 或いは、あの男の元からできるだけ遠く離れた場所で生きていきたいと願う娘の気持ちを侯爵夫妻が思いやった結果かもしれない。

 表向き平静を装いながらも、一人になると俺は頭を抱え掻きむしった。固く歯を食いしばり、涙を流した。

 絶対に許さない。コーデリアを無下に扱い、隣国の王女に簡単に心を移して妃に迎えたあの男を。



 コーデリアに最後の別れを告げられたあの日以来、必死で抑え込みこの胸の中だけに閉じ込めている俺の苦しい恋情は、他の誰にも知られることのないままに今もくすぶり続けている。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

側妃のお仕事は終了です。

火野村志紀
恋愛
侯爵令嬢アニュエラは、王太子サディアスの正妃となった……はずだった。 だが、サディアスはミリアという令嬢を正妃にすると言い出し、アニュエラは側妃の地位を押し付けられた。 それでも構わないと思っていたのだ。サディアスが「側妃は所詮お飾りだ」と言い出すまでは。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】さようなら、王子様。どうか私のことは忘れて下さい

ハナミズキ
恋愛
悪女と呼ばれ、愛する人の手によって投獄された私。 理由は、嫉妬のあまり彼の大切な女性を殺そうとしたから。 彼は私の婚約者だけど、私のことを嫌っている。そして別の人を愛している。 彼女が許せなかった。 でも今は自分のことが一番許せない。 自分の愚かな行いのせいで、彼の人生を狂わせてしまった。両親や兄の人生も狂わせてしまった。   皆が私のせいで不幸になった。 そして私は失意の中、地下牢で命を落とした。 ──はずだったのに。 気づいたら投獄の二ヶ月前に時が戻っていた。どうして──? わからないことだらけだけど、自分のやるべきことだけはわかる。 不幸の元凶である私が、皆の前から消えること。 貴方への愛がある限り、 私はまた同じ過ちを繰り返す。 だから私は、貴方との別れを選んだ。 もう邪魔しないから。 今世は幸せになって。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 元サヤのお話です。ゆるふわ設定です。 合わない方は静かにご退場願います。 R18版(本編はほぼ同じでR18シーン追加版)はムーンライトに時間差で掲載予定ですので、大人の方はそちらもどうぞ。 24話か25話くらいの予定です。

処理中です...