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59.燃え盛る憎しみ(※sideカイル)

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「俺に意見する気か?カイル。立場を弁えろ。……ふ、安心しろ。アリアはコーデリアに負けないほど優秀な女なんだ。ちゃんと調べさせてある。もうこの決定は覆らん。俺の正妃はアリアを置いて他にはいない」
「…………っ、」

 俺の中で何かが切れた。もういい。こんな男も、父に命じられるままの人生も、もううんざりだ。

 お前がコーデリアを見捨てるというのなら、俺が…………!



 全てを失ってもいいと思った。国王陛下となる男の側近の座も、将来の宰相の座も、名門公爵家の後ろ盾も、何もかも失くしても構わないと。
 初めて自分だけの意志で動いた。この人生をかけて。

 俺はコーデリアと二人きりで話をした。
 秘め続けてきた自分の情熱の全てを伝えた。

「…コーデリア嬢、俺は……あなたのことを愛している。幼い頃からずっと、俺にはあなただけだった」
「……カイル様……」

 目を真っ赤にしてほつれた髪を何本か頬に張り付けたコーデリアは、光のなかった瞳を見開いて俺を見つめた。まさかあの男の側近にこんなことを言われるなんて思いもしなかったのだろう。狂おしいほどの恋を初めて打ち明ける緊張に、心臓が破裂しそうだった。

「…俺の元に、来てくれないだろうか。こんな時に、突然こんなことを言われても戸惑うだろうけれど…、俺はあの男とは違う…!あんな軽薄で移り気な、誠意の欠片もない男に、そもそもあなたはもったいなかったんだ。俺は……俺なら……、この人生をかけて、あなただけを愛し抜く。何があっても、あなたを守り抜くから…。どうか、この俺の元に……っ」
「……。」
 
 しばらく唇を噛み締めて俯いていた彼女は、ゆっくりと顔を上げると涙に濡れた瞳で優しく微笑んだ。

「…まさかあなたから、そんなことを言っていただけるなんて…。お気持ちは、とても嬉しいです。子どもの頃から殿下とあなた、そして私、よく3人で過ごしていましたわよね。どの時も、懐かしくて温かい思い出でしたわ。……先日までは。でも今はもう……この記憶から消してしまいたい過去です」
「……コ……、」

 悲しい笑みを浮かべたまま、彼女は静かに言葉を重ねた。

「私の人生は、あの方が全てでした。ジェラルド様を生涯おそばでお支えしていくためだけに自分を磨いてきたのです。そのためだけの、人生でした。だけど……、ここまで来て、私はあっさり捨てられた…。こんな歳になって…。…もう、あの方の近くにはいたくない。この王都から遠く離れたどこかで、ただひっそりと生きていきたいのです。何のしがらみにも囚われず、ただひっそりと…。この命が尽きる時まで…」
「……コーデリア嬢……。お、…俺は…」
「カイル様。あなたは才知溢れる素晴らしいお方です。あなたはこの国の中枢に必要な方。あの方のおそばに、これからもずっといることになるでしょう。あの方を一番近くで支えていく懐刀となるはずです。…そんなあなたのそばにいることは、私には考えられません。…それに…、我がデイヴィス侯爵家とあなたのご実家であるアドラム公爵家との折り合いがあまり良くないのは、あなたもご存知のはず…」
「コーデリア嬢!俺は…っ、あなたのためならば全てを捨てられる!これまでずっと父をはぐらかして婚約者を持たなかったのも、ただあなたの存在だけが心にあったからだ!あなたのことさえ守っていけるのならば、金も、輝かしい未来も功績も、何もいらない。何の後ろ盾もないただの人となり、苦労ばかりを重ねていく人生であっても喜びだ。あなたさえ、そばにいてくれるのなら…!」

 俺は必死で訴えた。こんなにも自分の感情を露わにしたことなどこれまで一度もなかった。だが分かっていた。この唯一の機会を逃してしまったら、俺がこの愛しい人を得られる日など金輪際訪れないということを。

 だがコーデリアは悲しい顔でただ静かに俺を見つめていた。

「…カイル様。私は…、あなたの元へは行けません。…ごめんなさい。どうか、分かって…。あなたの人生を狂わせる勇気も、あの方以外の殿方のことを考える気力も…、…もう私には、何もないの。両親は殿下からの婚約解消の通達に動揺して、混乱してる…。…これ以上、家族を困らせたくもないの…。……さよなら、カイル様」






 結局あの男とデイヴィス侯爵家との婚約は解消され、外交官長だった侯爵は大切な娘を雑に捨てた男を見限り王宮から去った。

 あの男は即位し、望み通りカナルヴァーラから正妃を迎えた。

 その後しばらくして、コーデリアは王国西端を守るプレストン辺境伯の元へ嫁いだという。彼女より15も年上の男だ。
 他に選択肢などなかったのだろう。釣り合いのとれる家柄の令息は皆結婚している。
 或いは、あの男の元からできるだけ遠く離れた場所で生きていきたいと願う娘の気持ちを侯爵夫妻が思いやった結果かもしれない。

 表向き平静を装いながらも、一人になると俺は頭を抱え掻きむしった。固く歯を食いしばり、涙を流した。

 絶対に許さない。コーデリアを無下に扱い、隣国の王女に簡単に心を移して妃に迎えたあの男を。



 コーデリアに最後の別れを告げられたあの日以来、必死で抑え込みこの胸の中だけに閉じ込めている俺の苦しい恋情は、他の誰にも知られることのないままに今もくすぶり続けている。




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