上 下
55 / 84

54.つかめない人

しおりを挟む
「…随分と…、強くなられましたね」
「え…?」

 少し掠れた声でそう呟いたカイル様に思わず聞き返すと、彼は軽く咳払いをして言った。

「…しかし、どうされるおつもりですか。先ほど陛下に向かって他国への援助の話をしておいででしたが、今は援助などしている余裕はありません。それはもうお分かりでしょう」
「…だけど…」

 カイル様の言葉に私は目を伏せた。たしかに、今は他国に援助するどころか自国の現状を維持していくことさえ難しい状況だ。かと言って、このままこの大陸の中心である大国が何の援助もせずに友好国の危機を見ているだけというのもかなり心証が悪い…。

「…莫大な資金を持つ一部の高位貴族たちに協力を得ることはできないかしら」
「何と言ってです?王家は国王と側妃の浪費によって金が底をつきそうなのでお前たちが私財を投げ売って友好国との関係維持に努めよと?」
「……。」

 分かっている。そんなことをどこかの家に申し出ればあっという間に話は社交界全体に広まり、王家の信頼は地に落ちるだろう。
 どうしよう。どうすればいい…?

 考えあぐねていると、ふいにエルドが口を挟んだ。

「発言を失礼いたします、妃陛下」
「エルド?…どうぞ」
「西端の地の領主、プレストン辺境伯に相談してみるのはいかがでしょうか。かの地は元々隣接する国々との貿易が盛んで国内でも特に大きな利益を上げている貴族家でしたが、近年の業績の向上は著しいと聞きます。諸外国との交流も昔から多く、何かしらの良い案を聞けるかもしれません」
「…そうね…。…プレストン、辺境伯…」

 その名を聞いた瞬間、心臓が大きく音を立てた。
 ジェラルド様の元婚約者、コーデリア・デイヴィス侯爵令嬢の嫁ぎ先。元々裕福だったプレストン家が近年大きく業績を伸ばしているというのなら…、そこに優秀なコーデリア様の才覚が発揮されているのかもしれない。
 だけど…、私が彼らに接触を図ることは、プレストン辺境伯夫妻の気分を害することにはならないだろうか。以前ユリシーズ殿下は、コーデリア様が私のことを気にかけてくださっているようなことを仰っていたけれど…。

「…アドラム公爵令息、どう思いますか?」

(……あれ?)

 カイル様を見上げた私は、思わずその端正な顔を凝視してしまった。彼が今まで一度も見せたことのないような表情をしていたから。宙を見るその瞳は驚いたように揺れ、唇は薄く開かれている。
 まるで、ずっと探していた大切な誰かを遠くに見つけたかのような……

「…アドラム公爵令息…?」
「……。……っ、」

 私が再び呼びかけると、彼はビクッと小さく肩を揺らしようやく私の方を見た。途端にいつもの不貞腐れたような無表情に戻る。だけど髪をかきあげながらフイッと目を逸らす彼には明らかにいつもと違う動揺が見て取れた。

「…さあ。どうでしょうね。私には判断いたしかねますが…。かの家が国内でも指折りの資産と広大な領土を保有しているのは間違いありません。支援までは期待できるか分かりませんが、…何かしらの有益な話は聞けるかもしれませんね」
「…そう。あなたもそう言うのなら、訪問の許可を願い出ようかしら」
「まぁ、王家のこの上ない恥さらしになることは間違いありませんがね」
「……。」

 そう思うのならなぜこんなことになるまで私に黙っていたのよ。私に黙っているならいるで、他にやりようがあったんじゃないの?宰相である父上と相談して陛下を上手く諌めることだって、この人ならできたんじゃないの?

 その手の文句を言おうと私が口を開いたのと同時に、

「では、今度こそ失礼します」

と素早く言うとカイル様はそそくさと部屋を出て行ってしまった。

(…つかめない人ね…。一体何を考えているのかしら)

 そもそもなぜ私をわざわざ部屋まで送ってきたのだろう。ジェラルド様の部屋から追い出したいのであれば、あの場に大勢いた護衛たちに私を閉め出させれば済んだだけの話なのに。

(もしかして…、さっきのことを私に伝えたかったのかな)

 ここを見捨てて、国に帰れと。でもこの王家が失墜すれば、自分の立場だって危うくなるはず。彼も無傷では済まないだろうに。

 冷淡でいつも無表情で、私を疎んでいるようでいて、時折理由の分からない感情をちらつかせる。

 もしかしたら彼には、何か私などには考えの及ばない事情があるのかもしれないな…。

 …気のせいかもしれないけど。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。

処理中です...