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51.立ち向かう
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宰相のアドラム公爵を呼び寄せるものの、一向にやって来ない。いても立ってもいられず、私はその足でジェラルド様の部屋を目指した。
「お待ち下さい、妃陛下。誰も部屋に入れるなとの陛下からの指示がございますので」
「いいえ、開けてもらいます。火急の用事があるのです。そこを退きなさい」
「で、ですが妃陛下…っ」
常ならぬ私の鬼気迫った勢いに気圧されたのか、私の後ろに控えているエルドたちの気迫に怯えているのか、扉の前の護衛が怯む。私は彼らの体を強引に押し退けて部屋に入った。
「…………っ!」
室内の様子を目にした私は一瞬頭が真っ白になった。
充満するアルコールと、けばけばしい化粧品か何かの匂い。それに甘ったるい菓子や花の匂いが相まって思わず息を止めたくなる。
部屋中を宝石で装飾するつもりなのかと疑いたくなるほどに、あちこちに山のような宝石の数々。豪華な額縁に収まった絵画の下では生気のない表情の侍女たちが銅像のように突っ立っている。二人がのんびりとくつろいだ様子で腰掛けている特大のソファーの前に置かれたローテーブルの上にも、無造作に宝石が放り出されていた。皿に盛られて近くに置いてあった異国のものと思われる焼き菓子が零れ、大きなルビーのネックレスの上に落ちている。
何を話していたのかグラス片手に顔を突き合わせてニヤニヤと笑っていたジェラルド様とマデリーン妃は、私の姿を見てピタリと動きを止めた。そのマデリーン妃の後ろには、やけに大人数の護衛騎士たちが控えている。
「…これは…、一体何なのですかジェラルド様。どうなっているのです」
「……あ?お前の方こそ突然押し入ってきて何だ。勝手に中に入ってくるなと前にも言わなかったか?」
「そうよ!相変わらず図々しいわねぇ!夫婦の部屋に許可もなく乱入してくるなんて!頭おかしいんじゃないの?!仕事に戻りなさいよ!」
私をギロリと睨みつけながら忌々しげに口を開いたジェラルド様。その首に抱きつくように腕をまわしたマデリーン妃も甲高い声を上げる。
夫婦、というなら、私こそがそこの男性の正式な妻なのですが。仕事に戻りなさいなんて、なぜあなたから使用人のように命じられなければならないのです。
あなたも、随分と冷たい目で私を睨むのですね。ここに嫁いできたばかりの頃とは雲泥の差です。あの頃のあなたは、毎日私を撫で、抱きしめながら、可愛い愛しいと何度も飽きることなく囁いておられました。それが今では……
私が一体何をしたというのでしょうか。
私はただあなたに命じられるままに嫁いで来て、言われるがままに避妊薬を飲み、ただひたすらに勉強と公務に打ち込んでまいりました。
あなたが私に飽きて他の女性たちと遊び歩くようになっても、側妃を娶っても、冷遇され王宮から追い出され、周囲の人々から冷たい態度をとられるようになっても、私はひたすら耐えてきました。
与えられたこの環境の中で、自分にできる限りのことをしようと毎日必死でした。
それなのに、あなたは……
きっと私の苦しみも努力も、あなたは微塵も想像したことなどないのでしょうね。
「おい、さっきから何なんだアリア。何故突っ立ったままそんな恨めしげな目で俺を見ている。鬱陶しい女だな」
「いい加減にして!ジェリーをジロジロ見ないでよ気持ち悪い!あんたはねぇ、とっくに飽きられてるの!ジェリーはもうあたしのものなのよ!未練がましい女はますます嫌われるだけよ!」
「……。」
見当違いなことを言っている二人にまともに返事を返す気にもならず、私は本題に入った。
「…ジェラルド様。東側諸国が近年の自然災害や日照りの影響を強く受け、逼迫した状況に置かれはじめていることはご存知でしょうか」
「…あぁ?何だそれは。脈絡もなく突然何を言い出す。知るはずがないだろう。俺は別のことで忙しいんだ。外交だの何だのはお前の得意分野なんだろう?俺に聞くなよ」
「過去に我が国も幾度となく助力を受けてきている国から、支援要請が届いております。ですが、援助をしようにもその予算が全くないと財務大臣が言うのです。理由を聞いてにわかには信じられませんでした。…ジェラルド様、民たちの税金から確保してあったはずの国庫のお金にまで手を付け、贅沢品を買い漁っておられるのですか?」
できる限り落ち着いた声でそう問い正すと、ジェラルド様は悪びれた様子もなく言った。
「それが何だ。まさかお前、この俺を咎めているのか?必要だから使った。ただそれだけのことだ。お前に口出しされるいわれはない」
「なに?何何?何の話してるの?この人」
マデリーン妃はジェラルド様の首に抱きついたまま、視線をぶつけあう私たちをせわしなく交互に見ている。
「いいえ、黙ってはいられません。宰相閣下と示し合わせておられたのでしょうか。私の元へはそういった支出に関する書面は一切回ってきておりませんでしたものね。ですが、こうして知った以上看過することはできません。ジェラルド様、即刻無駄遣いをお止めになり、そちらのマデリーン妃にも改めるようしっかりとご忠告ください。そしてここにいくつも転がっているこれらの宝飾品を処分していただきます。早急に財政の立て直しを図らねばなりません」
「…誰に向かってそのような生意気な口をきいているのか、分かっているんだろうな貴様」
凄みを帯びた唸り声を発するジェラルド様。その目は怒りに燃えていた。
「お待ち下さい、妃陛下。誰も部屋に入れるなとの陛下からの指示がございますので」
「いいえ、開けてもらいます。火急の用事があるのです。そこを退きなさい」
「で、ですが妃陛下…っ」
常ならぬ私の鬼気迫った勢いに気圧されたのか、私の後ろに控えているエルドたちの気迫に怯えているのか、扉の前の護衛が怯む。私は彼らの体を強引に押し退けて部屋に入った。
「…………っ!」
室内の様子を目にした私は一瞬頭が真っ白になった。
充満するアルコールと、けばけばしい化粧品か何かの匂い。それに甘ったるい菓子や花の匂いが相まって思わず息を止めたくなる。
部屋中を宝石で装飾するつもりなのかと疑いたくなるほどに、あちこちに山のような宝石の数々。豪華な額縁に収まった絵画の下では生気のない表情の侍女たちが銅像のように突っ立っている。二人がのんびりとくつろいだ様子で腰掛けている特大のソファーの前に置かれたローテーブルの上にも、無造作に宝石が放り出されていた。皿に盛られて近くに置いてあった異国のものと思われる焼き菓子が零れ、大きなルビーのネックレスの上に落ちている。
何を話していたのかグラス片手に顔を突き合わせてニヤニヤと笑っていたジェラルド様とマデリーン妃は、私の姿を見てピタリと動きを止めた。そのマデリーン妃の後ろには、やけに大人数の護衛騎士たちが控えている。
「…これは…、一体何なのですかジェラルド様。どうなっているのです」
「……あ?お前の方こそ突然押し入ってきて何だ。勝手に中に入ってくるなと前にも言わなかったか?」
「そうよ!相変わらず図々しいわねぇ!夫婦の部屋に許可もなく乱入してくるなんて!頭おかしいんじゃないの?!仕事に戻りなさいよ!」
私をギロリと睨みつけながら忌々しげに口を開いたジェラルド様。その首に抱きつくように腕をまわしたマデリーン妃も甲高い声を上げる。
夫婦、というなら、私こそがそこの男性の正式な妻なのですが。仕事に戻りなさいなんて、なぜあなたから使用人のように命じられなければならないのです。
あなたも、随分と冷たい目で私を睨むのですね。ここに嫁いできたばかりの頃とは雲泥の差です。あの頃のあなたは、毎日私を撫で、抱きしめながら、可愛い愛しいと何度も飽きることなく囁いておられました。それが今では……
私が一体何をしたというのでしょうか。
私はただあなたに命じられるままに嫁いで来て、言われるがままに避妊薬を飲み、ただひたすらに勉強と公務に打ち込んでまいりました。
あなたが私に飽きて他の女性たちと遊び歩くようになっても、側妃を娶っても、冷遇され王宮から追い出され、周囲の人々から冷たい態度をとられるようになっても、私はひたすら耐えてきました。
与えられたこの環境の中で、自分にできる限りのことをしようと毎日必死でした。
それなのに、あなたは……
きっと私の苦しみも努力も、あなたは微塵も想像したことなどないのでしょうね。
「おい、さっきから何なんだアリア。何故突っ立ったままそんな恨めしげな目で俺を見ている。鬱陶しい女だな」
「いい加減にして!ジェリーをジロジロ見ないでよ気持ち悪い!あんたはねぇ、とっくに飽きられてるの!ジェリーはもうあたしのものなのよ!未練がましい女はますます嫌われるだけよ!」
「……。」
見当違いなことを言っている二人にまともに返事を返す気にもならず、私は本題に入った。
「…ジェラルド様。東側諸国が近年の自然災害や日照りの影響を強く受け、逼迫した状況に置かれはじめていることはご存知でしょうか」
「…あぁ?何だそれは。脈絡もなく突然何を言い出す。知るはずがないだろう。俺は別のことで忙しいんだ。外交だの何だのはお前の得意分野なんだろう?俺に聞くなよ」
「過去に我が国も幾度となく助力を受けてきている国から、支援要請が届いております。ですが、援助をしようにもその予算が全くないと財務大臣が言うのです。理由を聞いてにわかには信じられませんでした。…ジェラルド様、民たちの税金から確保してあったはずの国庫のお金にまで手を付け、贅沢品を買い漁っておられるのですか?」
できる限り落ち着いた声でそう問い正すと、ジェラルド様は悪びれた様子もなく言った。
「それが何だ。まさかお前、この俺を咎めているのか?必要だから使った。ただそれだけのことだ。お前に口出しされるいわれはない」
「なに?何何?何の話してるの?この人」
マデリーン妃はジェラルド様の首に抱きついたまま、視線をぶつけあう私たちをせわしなく交互に見ている。
「いいえ、黙ってはいられません。宰相閣下と示し合わせておられたのでしょうか。私の元へはそういった支出に関する書面は一切回ってきておりませんでしたものね。ですが、こうして知った以上看過することはできません。ジェラルド様、即刻無駄遣いをお止めになり、そちらのマデリーン妃にも改めるようしっかりとご忠告ください。そしてここにいくつも転がっているこれらの宝飾品を処分していただきます。早急に財政の立て直しを図らねばなりません」
「…誰に向かってそのような生意気な口をきいているのか、分かっているんだろうな貴様」
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