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50.王家の実情

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「ほ…、本当なの?エルド。本当に…?」
「ええ、アリア様。ご安心ください。俺たちの持ち場が替わることはなくなりましたので」

 あれから数日後。眠れぬ日々を送っていた私の元に、エルドがこの上なく嬉しい報告を持ってきてくれた。信じられない。国王陛下の、ジェラルド様の決定を覆すことができたなんて。

「い、一体どうして…?あなたのお父様は、ファウラー騎士団長はどんな手段を講じたのかしら…?」

 私がそう尋ねると、エルドは首をすくめてみせた。

「さぁ…。詳しくは分かりませんが、先日入団した新人たちの中から5名ほどが側妃殿の専属護衛に選ばれたそうですので、上手いこと言って納得させたのでしょうね。…そういうわけですから、もうご心配には及びません、アリア様。俺は、…俺たちはこれからもずっと、アリア様のおそばでお仕えしてまいりますので」
「…エルド…、…ありがとう…」
「よかったぁぁ!本当によかったですねアリア様!ファウラー騎士団長に感謝ですわっ!これで心細い思いをしなくて済みますもの!」
「俺たちも一安心ですよ。いやぁよかったよかった」
「本当に…。配置替えの話を聞いた時はがっかりしたものですが、今まで通りアリア様にお仕えしていけるんですね」

 リネットをはじめクラークやダグラスたちも、皆明るい顔をしている。

「いやぁ本当…、ホッとしましたよ~。あの側妃殿の専属護衛をやらなきゃならないのかもしれないと知った時の恐怖ってば…」
「メルヴィンさんっ!シーッ!誰が聞いているか分からないんですよっ。滅多なことは言っちゃいけませんっ」

 いつも滅多なことばかり言っているリネットが唇に人差し指を立ててメルヴィンをたしなめている。

(よかった…本当に…。ファウラー騎士団長、感謝いたします…)

 これで今まで通り毎日エルドの顔を見ていられる。私の唯一最大の、心の支え。
 誰にも言えない、この秘めた想い。

 チラリと見上げると、エルドの深い翠色の瞳と視線がぶつかる。思わず息を呑むと、エルドが優しく微笑んだ。

「……っ、」

 その笑顔があまりにも素敵で、心臓が大きく脈打ち、ドキドキと早鐘を打ちはじめる。
 やだ、どうしよう。頬が熱くなってきた…。
 気恥ずかしさに私は慌てて目を伏せた。

 その時、エルドの右手に分厚く包帯が巻かれていることにようやく気付いた。また違う意味でドキリとする。

「…エルド、あなた怪我してるの?」
「…ああ、いや、これは…」

 エルドは自分の右手を上げてヒラヒラしてみせると、

「怪我なんてとうに治っております。紙切れで薄皮一枚擦っただけですので、ご心配なく」

と飄々と言う。

「……?じゃあどうしてそんなに包帯をぐるぐる巻きにしているの…?」
「まぁこれは…、ほとぼりが冷めるまでといいますか。アリバイ工作です、念のため」

(……??)






 それからまた変わらない日常が戻ってきた。

 私は離宮と王宮を往復しながら公務をこなし、王国内の孤児院や修道院などの施設を回っては慰問や視察を行った。また、時間を作っては近隣諸国への訪問も続けた。
 ジェラルド様は相変わらず執務室へ顔を出すことも、大臣たちとの会議に参加することもしない。いつもマデリーン妃と二人部屋にこもっているらしい。
 でも時折、二人が並んで外出するのを見かけることもあった。盛大に着飾ってキャッキャとはしゃぎながら馬車に乗り込むマデリーン妃と、それを見つめて笑っているジェラルド様。虚しさから目を逸らすように、私は二人の姿を視界から追い出して執務室に向かうのだった。



 そんな中、ラドレイヴン王国の東側に位置するとある小国を訪れた際、そこの大使から相談を持ちかけられた。

「我が国は数年前から農作物の収穫量が右肩下がりで…。ひどい悪天候や災害に見舞われる事態が続いたために、以前の安定した経済情勢に立て直すことが非常に困難になっております」

 この国は国内を流れるいくつかの大きな河を基盤とした豊かな農業で成り立っていた。こちらの国が安定し作物が豊富に収穫できていた年にはラドレイヴンも支援を受けた過去がある。だけど確かに、数年前から東側諸国の情勢は悪化の一途を辿っている。度重なる災害や日照りによる干ばつがその要因となっていた。

「このままでは飢饉が訪れ、国民たちが苦しむ事態となります。妃陛下、どうぞ大国よりご支援を賜りたく存じます」
「分かりました。国に戻りましたら支援の内容について陛下と相談し方針を固めます」
「ありがたいお言葉…。痛み入ります」



 しかし小国の大使とそう約束した私は帰国後、財務大臣の言葉に愕然とすることとなった。

「畏れながら妃陛下…、今の我が国には他国へ資金援助をしている余裕など一切ございません」
「…どういうことですか?互いに困窮している時に援助し合ってきたからこその周辺諸国との友好関係です。こういう時のために税金から支援金を確保してあるのでしょう」
「…いえ、ですが…」

 財務大臣は言い淀むと目を泳がせはじめた。嫌な予感がする。

「何ですか。隠さずに現状をきちんと報告なさい」

 私はあえてきつい口調で問い正した。大臣はようやく重い口を開きはじめる。

「……は…。それらの予算は、すでに国王陛下が全て使われております。マデリーン妃の輿入れの際の支度金や、お二人の生活資金として…」
「……何ですって……?意味が分からないわ。なぜ側妃の支度金が国庫から出ているのですか?生活資金とは…?」
「は…、マデリーン妃は持参金なども一切なく、御身一つで王宮に入られました。が、嫁いでこられてからというものドレスや宝飾品、その他嗜好品など高額な品を度々購入されておいででして…。陛下の指示により、足りない分はこちらの予算から回せばいいと」

 肩身が狭そうな顔をしながらおそるおそる打ち明ける財務大臣の顔を、私は呆然としたまま見つめていた。陛下が…、ジェラルド様が、マデリーン妃の贅沢費として、国庫から他の予算を使っているというの…?

「……なぜ……今まで私に黙っていたのですか。私はこうして日々執務室に出向き仕事をしていました。話をする機会はいくらでもあったはずです」

 そんなにも切羽詰まった状況になる前に。

 すると財務大臣は目を逸らし、こう言ったのだった。

「畏れながら、…宰相閣下より申し付けられておりました。これらの資金繰りについては決して妃陛下のお耳に入れぬようにと」
「…何ですって…」



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