【完結済】望まれて正妃となったはずなのに、国王は側妃に夢中のようです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売

文字の大きさ
上 下
45 / 84

44.思い悩むマデリーン(※sideジェラルド)

しおりを挟む
「……。」

(ザーディンの奴…、随分と白々しい物言いをしていたな)

 いつものように美酒を傾けながら部屋でくつろいでいる時、先日のアリアに対するザーディンの対応を思い出した。
 避妊薬を使うようにと指示を出してきたのは自分のくせに、子ができないのだから俺と側妃が親密に過ごすのも仕方ないのだとアリアを嗜めていた宰相。

(子が成せなかったのはアリアのせいではないと他の誰よりも知っているくせに。……まぁ、俺にとってはあの時のザーディンの言葉は都合の良いものだったが)

 マデリーンと過ごす時間が楽しくて仕方ないのは事実だ。俺の気持ちを汲んでのことだったのだろうか。
 ほんの一瞬、アリアに対する罪悪感のような感情が湧き上がる。宰相に嗜められ、マデリーンにまで強く非難されたアリアは縋るような目で俺を見ていた。それなのに……あれはさすがに可哀相だったか……。

「…ねーぇ、ジェリー。…あたしって、やっぱり所詮は身分の低い家柄出身の側妃でしかないのよね…」
「……?一体何だ?突然どうした?マデリーン」
 
 その時、俺の肩に頭を預けていたマデリーンがポツリとそう呟いた。見下ろしたその表情はとても寂しげで、長い睫毛の陰からわずかに見える美しい赤い瞳は切なく揺れている。

「誰かに何か言われたのか?誰だ?隠さずに言え。お前をないがしろにする人間には俺が罰を与える」
「…ううん、違うの…。そうじゃない。でもね、こないだふと思ったのよ。…あの人があたしの茶会に乗り込んできて、文句を言って怒鳴りつけてきた時に…」
「…あの人…?…まさか、アリアか?アリアがお前の茶会を台無しにしたということか?」

 今にも泣き出しそうな落ち込んだ表情のマデリーンを見ていると、アリアに対する怒りが込み上げてくる。あいつめ…なんて女だ。従順で大人しい女だと思っていたのに、自分が俺の寵愛を失ったからといって側妃のマデリーンを虐めるとは…。こんな女だとは思わなかった。黙って仕事だけしていればいいものを。
 さっきまで感じていたアリアに対する罪悪感など一瞬で消え去った。
 以前はあんなに可愛く思っていたはずの正妃が、ますます憎たらしく不愉快な存在になる。怒りの渦巻く俺の内心とは裏腹に、マデリーンは俺の腕に自分のそれを絡めながら健気に言う。

「ううん、もうそのことはいいの。あの人があたしのことを疎ましくてたまらないのは分かるわ。こんなに素敵なジェリーの愛があたしにだけ向いてるんだもの。そりゃ悔しくてイジワルもしたくなっちゃうわよね。だからいいの。あたし、我慢できるわ。…でもね、茶会の場に乗り込んできたあの人…、たくさんの護衛を連れていて…」
「…護衛?護衛騎士ならお前にもたくさん付けているだろう」

 正妃の護衛騎士が何故そんなに気になるのだろう。不思議に思っていると、マデリーンが自信なさげにその理由を話しはじめた。

「うん…。そうよね。あたしにもちゃんと護衛は付けてくれてる。でもあんなにたくさんはいないわ。広間に乗り込んできたあの人…。すごく、威圧感があった。たぶんあの人の後ろに大勢の護衛騎士が侍っていたからだわ。ああ、やっぱりこの人は特別なんだなぁ、って…。この王宮の中で誰よりも大切に守られている別格の存在なんだなぁって、改めてそう思ったの…。たとえあの人が離宮でひっそりと暮らしていようと、ジェリーの愛をあたしが独り占めしようと、やっぱり敵わない…。あたしなんかあの人に比べれば、所詮いつ危険が及んでも、たとえ事件に巻き込まれて死んでも、きっと誰も悲しまない…」
「マデリーン…。突然何てことを言い出すんだ。そんなはずがないだろう。確かにあいつは他国の王族の娘で、立場上はこの王国の正妃でもある。…だが、お前はそんな肩書きなどなくとも、俺の最愛の妻だ。誰よりも大切に想って可愛がっているじゃないか。…分かるだろう?」

 何故アリアはそんなに大勢の護衛を伴ってマデリーンの茶会に乗り込んだのか。意味が分からない。普段は必要最低限の護衛と侍女だけを連れて移動しているはずだが。…まさか、マデリーンを威嚇する思惑があったのか…?

「…特にね、あの人のことを一番近くで見守っていた護衛の人…。金髪で翠色の瞳をした、すごくステ…、…強そうな護衛の人。とても頼もしく見えたわ。きっとここの騎士団の中でも特別能力の高い人なんでしょうね」
「…誰だ?騎士団長のファウラーの息子のことか…?」
「あたしはよく知らないけど、そうなのかな?その人金髪で翠色の瞳で、すごくカッコ…、……強い人?」
「ファウラー騎士団長の息子がアリアの専属護衛の筆頭だったはずだ。おそらくそいつだろうな」
「ふぅん…。…いいなぁ、あんな人に守られて…」

 マデリーンは俺にもたれかかっていた体を起こすと、両手で顔を覆って深く息を吐いた。

「…だからあの人、あんなにも強気だったのね。あの人は特別な女だから、王国騎士団の中でも選り抜きの護衛たちを大勢付けてもらってるんだわ。…あたしはいつか、あの人のことを擁護する誰か…、あの人の周囲にいる誰かに殺されるのかもしれないわね…」
「は?だから突然何を言い出すんだマデリーン。そんなはずがないだろう。お前だって能力の高い護衛騎士たちにしっかり守らせている」

 突拍子もないことを言い出したマデリーンに驚きながら、俺はどうにか宥めようとした。だがマデリーンはこれまで見たことがないほどに落ち込み、ますます悲哀の色を濃くする。

「ううん。やっぱり待遇に差があるんだってすぐに分かったわ。あの人についてる護衛たちの方が人数も多いし強そうだった。そりゃそうよね。あっちは外国のお姫様。あたしは…、…お姫様になれることを夢見てジェリーの元に嫁いできた、ただの身分の低い一般人…」
「…マデリーン」
「ずっとずっと、苦労ばかりの人生だった。男爵家とは名ばかりの、貧しくて苦しい暮らし…。両親の頭の中は浪費や見栄のことばかりで、誰からも愛されない惨めな人生だった…。ついにあんな酒場でまで働かされることになって…。…でもね、ジェリー。あなたと恋に落ちて、あたしやっと幸せになれるって思ったの。これまで辛いことばかりだったあたしを、あなたが特別な存在にしてくれるんだって。誰よりも大切な、お姫様にしてくれるんだって」
「……。」
「…だけど、夢は所詮、ただの夢…。たくさんの屈強な護衛騎士たちから守られて、笑いながらあたしを見下してくるあの人を見て、それを悟ったの。やっぱりあたしはジェリーの、この王国の王様の一番大事な人にはなれなかったんだって」
「…何故そうなるんだ、マデリーン。馬鹿だな」

 ついにマデリーンは肩を震わせ、シクシクと泣き出した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

処理中です...