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38.違和感(※sideルゼリエ)

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「…………。」

 数週間ぶりにようやく届いた妹からの手紙を読み終えた俺の胸の内に、形容しがたい違和感が生じた。

 これまでの手紙にはいつも、アリアの日々の生活に関する内容がいくつか書かれていた。当たり障りのないことばかりだったが、息災にやっているのだと分かって安心できるようなものばかりだった。王妃教育は順調に進み無事修得したとか、ラドレイヴンの王宮には大きな中庭があり、季節ごとの花々がとても美しくて癒やされるとか、最近はそこのガゼボがお気に入りでよく休憩しているとか…。
 ジェラルド陛下に言及していることはあまりなかったけれど、書く手紙は全て検閲を受けた後に発送されるだろうから、王家の方々に関する内容は控えているだけだろうと思っていた。

 だが……。

(おかしいな…。アリアは筆まめだ。俺が手紙を送れば間を置かずに返事をくれていたのに。ようやく久しぶりの手紙が届いたかと思えば、内容も…)

 これまでとは全然違う。何枚にも渡り日々の生活や目新しい発見について報告してくれていたのに、今日届いた手紙はたった一枚に数行だけ、それもごく浅い内容だった。



“ 親愛なるルゼリエお兄様

 お返事が遅くなってしまいごめんなさい。

 皆元気にしているようで安心しました。こちらのこともご心配なく。私は大丈夫です。

 お父様やお母様、セシリーお姉様、ロレッタお姉様によろしくお伝えください。お兄様もお体に気を付けて。

            アリアより ”



「…………。」

 随分淡々としている。
 体調が悪いのを隠しているのか…?よほど忙しいのか、もしくは何も書くことがなかったのか。…いや、書けないような何かがあるのだろうか…。

 気になって仕方がない。

 このカナルヴァーラ王国の中で、名門公爵家の嫡男と結婚し穏やかに暮らしていくはずだった末の妹。それがある日突然隣の大国の国王陛下から正妃として嫁いでくるようにとの要請があった。
 我がカナルヴァーラはラドレイヴンに比べればはるかに小国。今の友好的な国際関係を維持していくためには、無下にするわけにもいかなかった。
 アリアは優秀だが気弱で大人しく、控えめすぎる性格だ。大国の王妃という大役が、あの子に務まるのか…、背負う責任に伴うストレスは大きいだろう。ずっと心配でならず、あの子が嫁いでいってからも度々手紙のやり取りはしていた。本人の元に届くまでにはあちらの国の文官たちから検閲されるであろうことを思えば大した内容は書けなかったが、それでもアリアの筆跡で返事が来るとホッとしたものだ。父も母も、同じ気持ちであの子の無事を日々祈っている。

(…どうにかして、アリアの状況を確認できればいいのだが。今のところあちらの王宮に招かれるような国際的な式典の予定はないが…)

 仮にも隣国から嫁いだ王女だ。ひどい扱いを受けていることはないだろうが、俺は妙に胸騒ぎがしてならなかった。

 その時、侍従が俺の部屋に入ってきた。

「失礼いたします、ルゼリエ殿下。陛下がお呼びでございます」
「…そうか」
「はい。ファルレーヌ王国のユリシーズ第一王子殿下がお越しになっているとのことで、ルゼリエ殿下もご挨拶に来られるようにと」
「…ユリシーズ殿下が?…そうか、そういえばそんな話を父がしていたな…」

 数日前の夕食の席で、ユリシーズ殿下から近日中に訪問するという旨の手紙を受け取ったと父が話していた。俺はすぐに立ち上がると鏡の前に行き、侍従の持ってきた上着に袖を通して身だしなみを整えた。






「やあ、これはこれは。ご無沙汰しておりますルゼリエ殿下」
 
 謁見の間に顔を出した俺の姿を見た途端、ファルレーヌ王国の第一王子は屈託のない笑顔を見せた。その圧倒的なオーラがなければ街を歩いている庶民の好青年と何ら変わりない気さくさだ。昔から何度も親交があり歳も近い俺とは旧友のように接してくれる。

「ご無沙汰しております、ユリシーズ殿下。お元気そうでよかった」
「殿下は先日ラドレイヴン王国にも立ち寄ったそうだぞ」

 玉座に座っている父が開口一番そう言った。

「そうですか…、ラドレイヴンに…。殿下の行動力を見習わなければいけませんね。いつも近隣の国々を機敏に飛び回っておられる」
「はは。いやなに、勉強や視察を兼ねてと言いながら半分趣味みたいなものですよ。各国の大使たちと交流を深めておいて何も損はありませんからね。アリア妃陛下にもまめな外交をお勧めしておきましたよ」
「っ!…そうですか、アリアに…。わざわざ助言までいただくとは。気にかけてくださってありがとうございます。…どうでしたか?妹の様子は」

 ラドレイヴンに立ち寄ったと父が言った時からもしやとは思っていたが、やはりユリシーズ殿下は王宮に立ち寄りアリアと顔を合わせたようだ。俺はつい妹の様子を聞いてしまう。涼しい顔をしている父も、内心では気になって仕方がないはずだ。

「はは。いや、助言というほどのものでは。ただ、ラドレイヴンのジェラルド国王の元婚約者であられたご令嬢は、外交官長であられたお父上の助力の下、諸外国との友好関係強化に力を入れておられたので…。せっかくかの方が築き上げられたその地盤ですから、アリア妃陛下が引き継いでくださればより求心力のある素晴らしい王妃陛下になられるだろうと思ったのです」
「…お心遣い、感謝いたします殿下」

 俺は心から礼を述べた。まだまだ未熟な妹をこうして支えてくれる人がいることは非常に心強い。
 しかし、ニコニコしていたユリシーズ殿下の顔色が次の瞬間わずかに曇った。


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