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30.激昂
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「ねぇ、あなたさっきから何なの?黙って聞いていればいい気になって」
私とジェラルド様との会話に、突然マデリーン妃が割って入ってきた。でもその両腕はジェラルド様にがっちりと巻き付けたままで、彼にしなだれかかっている。
「…口を挟まないでください、マデリーン妃。今私は陛下と大切なお話をしています」
「ジェリーが嫌がってるじゃない!…ねぇジェリー、どうしてこの人がこの部屋に来るの?あたし嫌だって言ってたじゃない。王宮に立ち入ってほしくないって。そしたらあなたが、公務をしに来ているだけだからここには来ないって」
(……は……?)
「それなのにわざわざ国王の私室にまで踏み込んできてあたしたちの時間を邪魔するなんて…。あたし嫌よこの人!早く追い出して!」
「…アリア。今は客人も来ているし、マデリーンも不快に思っている。とにかくここを出ろ。話はまた後日だ」
ジェラルド様は完全に側妃の言いなりらしい。“客人”と呼ばれた品のない身なりの女性たちは私の方を見ながらクスクスと含み笑いをしている。その馬鹿にしたような視線にますます嫌悪感が増す。
「残念ながら、出て行くわけにはまいりません。陛下、あなた様の決裁が必要な書類があるのです。私一人の判断では片付けられない仕事もありますわ。公務に戻ってください」
今までの私だったら、きっとこの人にこんな口の聞き方はしなかった。だけどこのあまりにも怠惰でみっともない国王陛下の姿を目の当たりにし、激しい怒りが私を後押しした。ジェラルド様を執務室に連れ出すまでここから一歩も動かないぞという気持ちにまでなっていた。
だけどジェラルド様は大きく舌打ちをして私を怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ!!なんだ貴様のその態度は!!隣国の王女だから何を言っても許されると調子に乗っているのなら浅ましい考えだ。それとも、何か?俺が側妃を娶り自分への寵愛がなくなったことが悔しくてたまらないのか?欲求不満が顔に滲み出ているぞ」
(……っ!!)
マデリーン妃と女性たちが吹き出し、ニヤニヤと笑っている。…ここまで愚弄されるとは。
「…私の話を聞いてくださっていましたか?陛下。公務に戻ってほしいとお願いしているんです。ご自分が恥ずかしくはないのですか。見ているこちらは情けなくてとても恥ずかしいです」
熱くなりすぎているのは、頭の片隅では分かっていた。だけど引き下がるつもりはない。
「き…、貴様……っ!」
次の瞬間、ジェラルド様はマデリーン妃の腕を振り払って立ち上がり、私に向かってズカズカと歩いてきてその腕を大きく振り上げた。
「……っ!」
(殴られる……!)
覚悟をして目を閉じた、その時だった。
「お止めください!!…陛下、どうかお気を静めてください」
「……っ!」
(エルド……ッ)
素早い動きで私の前に立ち塞がり、私を庇うようにジェラルド様に対峙したのはエルドだった。
「何のつもりだ貴様!俺は国王だぞ!…そこを退け!」
「いいえ、私の役目は妃陛下の御身をお守りすること。妃陛下に危害を加えるおつもりならば、私はここを一歩も動きません」
「……何だと…?」
ジェラルド様の目つきが変わった。私の背中に冷や汗が浮く。
(ダメ、このままではエルドが……っ)
私がエルドを庇おうとした、その時だった。
「失礼いたします、陛下。……おや?これは一体……、何の騒ぎですかな?」
(……っ!)
そこにふいに現れたのは、宰相であるアドラム公爵だった。
よかった、いいタイミングで来てくれた…!
「…アリアが俺に対して生意気な口をきくようになった。こんな女ではなかったはずなのだがな。実に不快だ。俺の寵愛を自分から取られたものだから、マデリーンのことをよく思っていないからだろう」
「…ですから、違います。宰相閣下、私の独断では捌けない書類が出てきています。陛下に公務にお戻りいただきたいと、そうお願いにきたのです。もうここ数ヶ月、私だけで執務を行っているような状態ですわ」
「はあ、はあ、なるほど…。言い分はよく分かります、陛下、妃陛下。ですがどうか、ここは一旦落ち着いてくださいませ」
……なぜ?
なぜ陛下の言い分も分かると…?いや、おかしいでしょ。私は遊び回っているこの人に国王としての責務を果たせと言っているだけ。それをこの人は私が側妃への嫉妬心から生意気なことを言い出したとお門違いな文句をつけてきている。
私はまじまじとアドラム公爵の顔を見た。
「妃陛下…、陛下の決裁が必要な書類に関しましては、今後は一旦私めがお預かりいたしますので…。どうぞこちらへお越しになることはお控えいただければと」
「……。あなたも全然捕まらなかったので、致し方なくです。何度も呼び出しましたよ、宰相閣下」
アドラム公爵の言い回しに不快感を覚えながらも、私は静かに答えた。ひとまずジェラルド様のエルドへの怒りが逸れたらしいことはよかったけれど。
「は、申し訳ございません。何分私も立て込んでおりまして…。どうか妃陛下、執務室へお戻りください。陛下にとっては側妃様とのお時間も大切なものでございますので」
耳を疑った。
宰相までもがジェラルド様のこの振る舞いを許容しているように聞こえたからだ。……なぜ?
「宰相閣下…、私が陛下に公務をしてほしいと進言するのは、そんなにもおかしいことでしょうか。宰相閣下は陛下のこの現状をどうお考えで?」
私が詰め寄ると、アドラム公爵は信じられない発言をした。
「はぁ…、大変申し上げにくいのですが……、妃陛下が御子を授からなかった以上、側妃様との間に御子を成し世継ぎをお作りになることもまた、陛下の最も大切な責務にございます」
「…………っ、」
私とジェラルド様との会話に、突然マデリーン妃が割って入ってきた。でもその両腕はジェラルド様にがっちりと巻き付けたままで、彼にしなだれかかっている。
「…口を挟まないでください、マデリーン妃。今私は陛下と大切なお話をしています」
「ジェリーが嫌がってるじゃない!…ねぇジェリー、どうしてこの人がこの部屋に来るの?あたし嫌だって言ってたじゃない。王宮に立ち入ってほしくないって。そしたらあなたが、公務をしに来ているだけだからここには来ないって」
(……は……?)
「それなのにわざわざ国王の私室にまで踏み込んできてあたしたちの時間を邪魔するなんて…。あたし嫌よこの人!早く追い出して!」
「…アリア。今は客人も来ているし、マデリーンも不快に思っている。とにかくここを出ろ。話はまた後日だ」
ジェラルド様は完全に側妃の言いなりらしい。“客人”と呼ばれた品のない身なりの女性たちは私の方を見ながらクスクスと含み笑いをしている。その馬鹿にしたような視線にますます嫌悪感が増す。
「残念ながら、出て行くわけにはまいりません。陛下、あなた様の決裁が必要な書類があるのです。私一人の判断では片付けられない仕事もありますわ。公務に戻ってください」
今までの私だったら、きっとこの人にこんな口の聞き方はしなかった。だけどこのあまりにも怠惰でみっともない国王陛下の姿を目の当たりにし、激しい怒りが私を後押しした。ジェラルド様を執務室に連れ出すまでここから一歩も動かないぞという気持ちにまでなっていた。
だけどジェラルド様は大きく舌打ちをして私を怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ!!なんだ貴様のその態度は!!隣国の王女だから何を言っても許されると調子に乗っているのなら浅ましい考えだ。それとも、何か?俺が側妃を娶り自分への寵愛がなくなったことが悔しくてたまらないのか?欲求不満が顔に滲み出ているぞ」
(……っ!!)
マデリーン妃と女性たちが吹き出し、ニヤニヤと笑っている。…ここまで愚弄されるとは。
「…私の話を聞いてくださっていましたか?陛下。公務に戻ってほしいとお願いしているんです。ご自分が恥ずかしくはないのですか。見ているこちらは情けなくてとても恥ずかしいです」
熱くなりすぎているのは、頭の片隅では分かっていた。だけど引き下がるつもりはない。
「き…、貴様……っ!」
次の瞬間、ジェラルド様はマデリーン妃の腕を振り払って立ち上がり、私に向かってズカズカと歩いてきてその腕を大きく振り上げた。
「……っ!」
(殴られる……!)
覚悟をして目を閉じた、その時だった。
「お止めください!!…陛下、どうかお気を静めてください」
「……っ!」
(エルド……ッ)
素早い動きで私の前に立ち塞がり、私を庇うようにジェラルド様に対峙したのはエルドだった。
「何のつもりだ貴様!俺は国王だぞ!…そこを退け!」
「いいえ、私の役目は妃陛下の御身をお守りすること。妃陛下に危害を加えるおつもりならば、私はここを一歩も動きません」
「……何だと…?」
ジェラルド様の目つきが変わった。私の背中に冷や汗が浮く。
(ダメ、このままではエルドが……っ)
私がエルドを庇おうとした、その時だった。
「失礼いたします、陛下。……おや?これは一体……、何の騒ぎですかな?」
(……っ!)
そこにふいに現れたのは、宰相であるアドラム公爵だった。
よかった、いいタイミングで来てくれた…!
「…アリアが俺に対して生意気な口をきくようになった。こんな女ではなかったはずなのだがな。実に不快だ。俺の寵愛を自分から取られたものだから、マデリーンのことをよく思っていないからだろう」
「…ですから、違います。宰相閣下、私の独断では捌けない書類が出てきています。陛下に公務にお戻りいただきたいと、そうお願いにきたのです。もうここ数ヶ月、私だけで執務を行っているような状態ですわ」
「はあ、はあ、なるほど…。言い分はよく分かります、陛下、妃陛下。ですがどうか、ここは一旦落ち着いてくださいませ」
……なぜ?
なぜ陛下の言い分も分かると…?いや、おかしいでしょ。私は遊び回っているこの人に国王としての責務を果たせと言っているだけ。それをこの人は私が側妃への嫉妬心から生意気なことを言い出したとお門違いな文句をつけてきている。
私はまじまじとアドラム公爵の顔を見た。
「妃陛下…、陛下の決裁が必要な書類に関しましては、今後は一旦私めがお預かりいたしますので…。どうぞこちらへお越しになることはお控えいただければと」
「……。あなたも全然捕まらなかったので、致し方なくです。何度も呼び出しましたよ、宰相閣下」
アドラム公爵の言い回しに不快感を覚えながらも、私は静かに答えた。ひとまずジェラルド様のエルドへの怒りが逸れたらしいことはよかったけれど。
「は、申し訳ございません。何分私も立て込んでおりまして…。どうか妃陛下、執務室へお戻りください。陛下にとっては側妃様とのお時間も大切なものでございますので」
耳を疑った。
宰相までもがジェラルド様のこの振る舞いを許容しているように聞こえたからだ。……なぜ?
「宰相閣下…、私が陛下に公務をしてほしいと進言するのは、そんなにもおかしいことでしょうか。宰相閣下は陛下のこの現状をどうお考えで?」
私が詰め寄ると、アドラム公爵は信じられない発言をした。
「はぁ…、大変申し上げにくいのですが……、妃陛下が御子を授からなかった以上、側妃様との間に御子を成し世継ぎをお作りになることもまた、陛下の最も大切な責務にございます」
「…………っ、」
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