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28.周囲の変化
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あの茶会の日から、私の心は乱れに乱れていた。
(…一体どうしてしまったというの。しっかりするのよ私。私は…、この大国の正妃なのよ。あんな風にエルドに気遣ってもらえたからって、いつまでもこんなに…胸を高鳴らせているなんて、おかしいわ)
夫のいる身でありながら。
しかもその夫は、この国の王。いくらまるっきり夫婦として過ごす時間がなくなったとはいえ、私があの人の妃であることに変わりはない。
それなのに……
めまいを起こしてふらつく私を、エルドは抱きかかえて離宮の部屋まで運んでくれた。大切な壊れものを扱うかのように、とても優しく。そしてベッドの上にそっと降ろされた時……、
「……っ、」
何度も思い出しては頬が熱を持つ。エルドの顔がほんの一瞬、すごく近くにあって、その柔らかな金髪の先が私の頬にサラリと触れた。
(……ああ、ダメ。こんなこといつまでも思い出してる場合じゃない)
エルドの面影を無理矢理頭の中から追い出そうと、私は首を左右にブンブンと振った。
「?……どうなさいました?アリア様。大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よリネット。…宰相閣下からのお返事はまだ?」
アドラム公爵と話がしたくて面会の申込みをしていたけれど、いつまで経っても返事が来ない。
先日のマデリーン妃の茶会での立ち居振る舞いについて、きちんとジェラルド様から苦言を呈していただきたい。今後もあんなことが続くようでは王家の威信に関わる。それに…、あの人のことをもっとよく知っておきたくなった。行儀作法の全くなっていない挙動、あけすけなものの言い方、それに、あの後の茶会の席での会話では、彼女がこの王国や近隣諸国の事情についてまるっきり理解していないことまで明るみになった。
一体あの方はどういう人なのか。
ベレット伯爵家についても、宰相ならば知っているはずだと思った。
「それが…、昨日から何度か伝言を頼んでいるのですが、一向にお返事がなくて…。…お忙しいのでしょうか。それにしたって、正妃様からのお呼び出しを無視するなんて無礼ですわよね」
「……。」
おかしい。
王宮にいた頃、私がアドラム公爵を呼び出せばいつでもすぐに顔を出してくれていたし、手が離せない時でもこの時間に伺いますと人づてに伝言をくれていた。
私が離宮に移って以来、ジェラルド様どころか宰相のアドラム公爵ともまともに顔を合わせていない。公務のために王宮に行っても、まるで私を避けているかのように出会うことがないのだから不自然だわ。
侍女の数も減らされ、離宮にいる時はほとんど他の人と接することもない。
公務のために王宮に行っても、国王陛下にも宰相にも会えない。
(まるで…存在を無視されているみたいだわ)
「…ならばもういいわ。こちらから出向きます」
「アッ、アリア様…」
離宮に移ってからも公務だけは日々こなしているけれど、これじゃまるで仕事だけを押し付けられている体の良い雑用係のようだ。
私は身支度を整えると、その足で王宮へ向かった。
部屋を出ると、控えていたエルドたち護衛がこちらを見た。
「出られますか、アリア様」
「え、ええ。…執務室に行くわ」
「承知いたしました」
そう答えるとエルドとあと数名が黙ってついてくる。
(…声が、上擦っちゃった…)
いまだに動揺している自分が恥ずかしく、私は目一杯平静を装って歩いた。
執務室に行き、私宛の書簡が溜まっていないかを確認する。昨日片付けて以降はほとんど新しいものがなかった。
手元の書類に目を落としていると、顔なじみの文官たちがまた新たな書類を持ってきた。
「…ご確認お願いします、妃陛下」
「ええ。ところであなた、宰相閣下がどこにいるか知っている?」
「…さぁ。分かりかねます」
「そう…」
「失礼いたします」
文官たちは淡々とそう言うと、執務室を出て行った。
(……?)
何だろう。妙によそよそしかったような…。
最近、何となく感じることがあった。ここに来て以来毎日のように顔を合わせていた侍女や文官、大臣たちの中にも、急にそっけなくなった人たちがいる。私が離宮に移ってからだ。
「失礼いたします、妃陛下。こちらにお目通しをお願いします」
考え込んでいると、また別の文官が書類を届けに来た。
(…これは…)
それは国営の新規事業の立ち上げに関する書類で、さすがに私が勝手に決裁をするわけにもいかなかった。
(いよいよアドラム公爵かジェラルド様とお話しなくてはね)
私は執務室を出て、ひとまずどちらかを探そうと思った。
(…ジェラルド陛下は、お部屋にいらっしゃるのかしら…)
夫となったはずの人なのに、もうどれだけの間会話を交わしていないだろう。何なら顔さえ見ていない。
妙な緊張を感じつつ、私はジェラルド様の私室を目指した。
(…一体どうしてしまったというの。しっかりするのよ私。私は…、この大国の正妃なのよ。あんな風にエルドに気遣ってもらえたからって、いつまでもこんなに…胸を高鳴らせているなんて、おかしいわ)
夫のいる身でありながら。
しかもその夫は、この国の王。いくらまるっきり夫婦として過ごす時間がなくなったとはいえ、私があの人の妃であることに変わりはない。
それなのに……
めまいを起こしてふらつく私を、エルドは抱きかかえて離宮の部屋まで運んでくれた。大切な壊れものを扱うかのように、とても優しく。そしてベッドの上にそっと降ろされた時……、
「……っ、」
何度も思い出しては頬が熱を持つ。エルドの顔がほんの一瞬、すごく近くにあって、その柔らかな金髪の先が私の頬にサラリと触れた。
(……ああ、ダメ。こんなこといつまでも思い出してる場合じゃない)
エルドの面影を無理矢理頭の中から追い出そうと、私は首を左右にブンブンと振った。
「?……どうなさいました?アリア様。大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よリネット。…宰相閣下からのお返事はまだ?」
アドラム公爵と話がしたくて面会の申込みをしていたけれど、いつまで経っても返事が来ない。
先日のマデリーン妃の茶会での立ち居振る舞いについて、きちんとジェラルド様から苦言を呈していただきたい。今後もあんなことが続くようでは王家の威信に関わる。それに…、あの人のことをもっとよく知っておきたくなった。行儀作法の全くなっていない挙動、あけすけなものの言い方、それに、あの後の茶会の席での会話では、彼女がこの王国や近隣諸国の事情についてまるっきり理解していないことまで明るみになった。
一体あの方はどういう人なのか。
ベレット伯爵家についても、宰相ならば知っているはずだと思った。
「それが…、昨日から何度か伝言を頼んでいるのですが、一向にお返事がなくて…。…お忙しいのでしょうか。それにしたって、正妃様からのお呼び出しを無視するなんて無礼ですわよね」
「……。」
おかしい。
王宮にいた頃、私がアドラム公爵を呼び出せばいつでもすぐに顔を出してくれていたし、手が離せない時でもこの時間に伺いますと人づてに伝言をくれていた。
私が離宮に移って以来、ジェラルド様どころか宰相のアドラム公爵ともまともに顔を合わせていない。公務のために王宮に行っても、まるで私を避けているかのように出会うことがないのだから不自然だわ。
侍女の数も減らされ、離宮にいる時はほとんど他の人と接することもない。
公務のために王宮に行っても、国王陛下にも宰相にも会えない。
(まるで…存在を無視されているみたいだわ)
「…ならばもういいわ。こちらから出向きます」
「アッ、アリア様…」
離宮に移ってからも公務だけは日々こなしているけれど、これじゃまるで仕事だけを押し付けられている体の良い雑用係のようだ。
私は身支度を整えると、その足で王宮へ向かった。
部屋を出ると、控えていたエルドたち護衛がこちらを見た。
「出られますか、アリア様」
「え、ええ。…執務室に行くわ」
「承知いたしました」
そう答えるとエルドとあと数名が黙ってついてくる。
(…声が、上擦っちゃった…)
いまだに動揺している自分が恥ずかしく、私は目一杯平静を装って歩いた。
執務室に行き、私宛の書簡が溜まっていないかを確認する。昨日片付けて以降はほとんど新しいものがなかった。
手元の書類に目を落としていると、顔なじみの文官たちがまた新たな書類を持ってきた。
「…ご確認お願いします、妃陛下」
「ええ。ところであなた、宰相閣下がどこにいるか知っている?」
「…さぁ。分かりかねます」
「そう…」
「失礼いたします」
文官たちは淡々とそう言うと、執務室を出て行った。
(……?)
何だろう。妙によそよそしかったような…。
最近、何となく感じることがあった。ここに来て以来毎日のように顔を合わせていた侍女や文官、大臣たちの中にも、急にそっけなくなった人たちがいる。私が離宮に移ってからだ。
「失礼いたします、妃陛下。こちらにお目通しをお願いします」
考え込んでいると、また別の文官が書類を届けに来た。
(…これは…)
それは国営の新規事業の立ち上げに関する書類で、さすがに私が勝手に決裁をするわけにもいかなかった。
(いよいよアドラム公爵かジェラルド様とお話しなくてはね)
私は執務室を出て、ひとまずどちらかを探そうと思った。
(…ジェラルド陛下は、お部屋にいらっしゃるのかしら…)
夫となったはずの人なのに、もうどれだけの間会話を交わしていないだろう。何なら顔さえ見ていない。
妙な緊張を感じつつ、私はジェラルド様の私室を目指した。
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