上 下
28 / 84

27.噂話(※sideエルド)

しおりを挟む
「……。……はぁ…」

 アリア様がおられる離宮の外、中庭の咲き乱れる花々を目の前に、俺はもう何度目かのため息をついていた。

 何日も経つというのに、いまだにあの日のことを思い出しては悶々としている。

 めまいを起こし真っ青な顔になったアリア妃陛下を、思わずこの腕に抱き上げてしまった。
 許可もなく勝手にその体に触れ、あろうことか抱き上げて部屋まで運ぶなど…、きっと無礼な男だと思われたことだろう。
 しかも……、

(……美しかったな、アリア様の瞳…)

 激しい独占欲と庇護欲に急かされるようにしっかりと抱え、あのか細い体をベッドまで運び、衝撃を与えないようにと気遣いながらそのままアリア様をゆっくりと寝かせた。

 決してわざとではない。だけど抱きかかえていたお体をベッドに優しく寝かせるためには、どうしても一瞬ああいう体勢になるしかなかった。
 顔を背けておけばよかったものを……あんな至近距離からあの方の紫色の瞳を見つめてしまい、そしてしっかり目が合ってしまった。

 心臓が口から飛び出すかと思った。

 透き通るほど白い肌はとても滑らかで、驚いたように俺を見つめながら薄く開いたピンク色の唇は愛らしく、その吐息さえ感じられそうだった。

 瞬時に我に返り慌てて自分の体を起こしたけれど、動揺を気取られはしなかっただろうか。

 俺の中に芽生えはじめているこの身の程知らずの恋心を、もしもアリア様に知られてしまったら…、俺はきっと専属護衛の任を解かれるだろう。下手すれば解雇だ。

「……はぁ……クソ……」
「どうしたんですエルドさん。そんなどんよりした顔して」
「…ダグラスか」

 ふいに声をかけられ顔を上げると、同じくアリア様の専属護衛を務めているダグラスが詰め所の方から歩いてくるところだった。

「代わりますよ。休憩なさってください。エルドさんただでさえ全然休みを取られないんですから…。大丈夫なんすか?」
「ああ、いや、全く問題ない」
「ここは俺が見張ってますから、一旦食事休憩取ってくださいよ。ついでに仮眠も。…目の下、クマできてますよ」
「…ん、ああ、そうだな。…じゃあ、ここは頼む」
「了解です!」

 ダグラスが張り切ってそう返事をしたので、俺は一旦離宮を離れて騎士団詰め所に向かった。確かに休憩は大事だ。いくら俺でも、毎日四六時中ずっとアリア様のそばについていられるわけじゃない。飯も食わなきゃならないし、睡眠も必要だ。

(…だが本音は、もう片時もおそばを離れたくない…)

 丸一日の休日なんかいらなかった。
 必要最低限の栄養と睡眠だけ取って体を休める時間があればそれで充分だった。

 あの健気な美しい人を、他の誰よりも一番近くで見守っていたい。俺は強くそう思うようになっていた。






 詰め所に戻ると、一眠りする前に食堂へ向かった。
 だが入り口付近まで来たところで中にいた他の騎士たちの会話が聞こえてきて、俺の足はピタリと止まる。

「もうどうしようもないなあれは…」
「陛下はすっかりあの豊満な体の側妃様に骨抜きらしいからな。何でも言いなりだとよ、あの陛下がだぜ?」
「正妃様はこれからどうなるんだ…?あんな小さな離宮に追いやられて、公務の時だけ王宮に駆り出されてんだろ?わざわざデイヴィス侯爵令嬢との婚約を解消してまで迎えた人だったのになぁ…」
「しょうがないんじゃないか。だってもうあの方が嫁いでこられてから一年経つんだ。御子を授からなかったんじゃあ切り捨てられるのも無理はないさ」
「いや、だがたったの一年だろ?まだ。そのくらいの期間子どもができない夫婦なんて世の中ザラにいるじゃないか。何年もできないならまだしもさぁ…」
「高位貴族の婦人方の間でも、陛下の側妃様への執着ぶりが話題になっているらしいぞ。この分だと世継ぎを産むのは側妃の方になりそうだと踏んで、すでに側妃との付き合いを密にしている者たちもいるようだ」
「だが、カナルヴァーラとの今後の付き合いもあるだろう。こんな露骨に冷遇してても大丈夫なものか」
「ここであの方がどんな生活をしてるかなんて向こうのお国の人には分からないだろ。もし向こうの王家の方が訪ねてこられる機会があれば、その時は王宮内に急拵えの正妃様用の部屋でも作るんじゃないか?もしくはその時だけ側妃様をあの部屋から追い出しとくとか…」
「お可哀相になぁ正妃様。あんなに若くて美人なのに…。陛下のあの溺愛っぷりがこうもあっさり終わってしまうとは」
「なぁ。俺が代わりに可愛がってやりたいよ」

 ギャハハハ…と下卑た笑い声が聞こえてきた瞬間激しい怒りが湧き上がり、俺は食堂に踏み込んだ。

「黙れ!!不敬が過ぎるぞ貴様ら!!」
「っ!!…エ、エルドさん…」
「あ…、い、いや、俺たちはただ…っ、」
「正妃様に対して敬愛の気持ちがない者はこの王国騎士団に務める資格はない!二度と今のような下劣な会話はするな。次はないと思え。今度今のようなくだらぬ会話を耳にすれば、即刻王家に報告し処罰を与えてもらう」
「……っ、」
「も…っ、申し訳ありませんでした…っ」

 くだらぬ噂話をしていた団員たちは顔を強張らせて食堂を出て行った。怒りが収まらず、握りしめた拳が小刻みに震えた。

 きっと王宮中で今のような陰口が囁かれているのだろう。アリア様は何も悪くない。こんな状況におかれても、あの方はただご自分のなすべきことを日々精一杯やっておられるだけだ…。

 一体どんな気持ちで…。

 あの美しい人の胸の内を思い、どうしようもない悔しさが込み上げた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

処理中です...