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17.悪くなる待遇
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こうして私はなすすべもなくあの小さな離宮に移されることとなった。
宰相に承諾の返事をするやいなや、私が使っていた身の回りのものが次々運び出され、その日のうちに私の居住は移された。
「…こんなの、あんまりですわ…!一体何なんですかこれは…。陛下は何をお考えはなのでしょうか。常軌を逸してますわ!」
「リネット、いいから黙って。そんなことを大きな声で言うものじゃないわ」
「ですがっ、アリア様…!…こ、こんなのって…。ぜひにと望まれてはるばるカナルヴァーラから嫁いできて、一年も経たずに側妃を迎えられたばかりか王宮から離宮に移されるなど…!アリア様は正妃なのですよ?!こんなの、あんまりですっ」
「分かったから…、もう静かにしなさい。誰が聞いているかも分からないのよ」
涙をボロボロと零しながら震える拳を握りしめているリネットをたしなめる。案内された離宮の部屋は、ついさっきまで住んでいた王宮の部屋に比べるととても小さく質素なものだった。豪華な調度品もなく、あれだけ毎日部屋中に飾られていた花さえも一本もない。
ただ、窓からの眺めだけはよかった。
「…ほら、見てごらんなさいよリネット。中庭の美しい花々がよく見えるわ。素敵じゃない?…バルコニーがあるわね」
私は部屋からバルコニーに出て下を見下ろした。3階のこの部屋からは広い中庭がよく見えて、いい香りも漂ってくる。…風が気持ちいい。
「ふふ。気分転換はいつでもできそうよ。お部屋の花々を見るよりももっと素敵。疲れたらここでお茶をするのも悪くないわね」
「……ァ……、アリア、さま…っ、……ひくっ」
「もうそんなに子どもみたいに泣かないで、リネット。大丈夫だってば。私は変わらず、ここでやるべきことをやるだけよ」
リネットを宥めながら、私は自分の発した言葉にハッとした。
…子ども…。
(…一体どうするつもりなのだろう。何を考えているのかしら、ジェラルド様は…)
私の立場はこれからどうなっていくのだろう。子も授からぬままに、側妃を寵愛する国王から離宮に移され…。
お世継ぎは、あの側妃の方が産むことになるのだろうか。
バルコニーで花の香りのする柔らかい風を浴びながら、私はどうしようもない不安に襲われていた。
その翌日から、与えられた離宮の部屋から王宮へ通って公務をこなす日々が始まった。
相変わらずジェラルド様とは顔を合わせることがない。私は一人で大臣たちとの会議に出席し、来客たちを次々に応対し、あらゆる書類に目を通し、疑問点があればその書類の内容によって管轄する部署の責任者を呼び出し話を聞き、王宮主催で執り行われる様々な行事や会合の手配を行い列席した。
空いた時間があれば書庫から持ち出した本を読み耽り、ここでまた分からないことがあればその分野の専門家を招いて話を聞いたりもした。
立派な王妃でいなければ。
ジェラルド様が公務に戻られるまで、私が王家を、この国を支えていかなければ。
その確固たる思いが私を支えていた。
そして、エルドやリネットをはじめ、私を見守ってくれている優しい人たちの気持ちもまた、私の支えの一つとなっていた。
ところが、離宮に移されてから数週間後のことだった。
「……?何だか今日は侍女たちの姿がほとんど見当たらないわね」
朝起きて身支度を整えた私のところに朝食を運んできてくれたのはリネットだった。もう私は王宮の食堂さえ使わせてもらえていない。理由は、マデリーン妃が嫌がるからだそうだ。私にしかこなせない公務をする時以外は王宮に近づいてほしくないとのこと。呆れてものも言えない。まぁ、どうせいつも一人で食事をしているだけだったし、どこで食べようが私はもう構わないのだけど。むしろこの小さな部屋で人に見られずゆっくり食べる方が落ち着くくらい。
「…それが、アリア様…」
リネットが落ち込んだ表情で言った。
「…今後、アリア様付きの侍女は私ともう1名だけになったそうなんです。…ここの離宮は警備も強固にしてあるし、部屋も狭いし、そんなに大勢の侍女はいらないだろうという陛下のお考えで、アリア様付きだった者のほとんどがマデリーン妃の専属侍女として引き抜かれたようです。そう先ほど、侍女長から…」
「……。……そう」
侍女まで?
私から部屋を奪った次は、身の回りの世話をしてくれていた侍女たちまで連れて行ったっていうの?
一体どちらの発案なんだろう。
ジェラルド様か、マデリーン妃か…。
私はぼんやりと、あの日ジェラルド様のお部屋で対面したマデリーン妃のことを思い出していた。
まるで見せつけるかのようにジェラルド様の腕にしがみつき、敵意むき出しの顔で私を睨みつけたあの人。
(ベレット伯爵家の、マデリーン妃…。…そもそも、ベレット伯爵家ってどういったお家なのかしら)
王都から遠く離れた田舎の領地を運営している貴族だとは聞いている。だけどそこのご令嬢とジェラルド様が、一体どこで知り合ったのだろう。
ジェラルド様はよく平民たちの街へ繰り出しては遊び歩いていたようだけれど、…マデリーン妃とも、街で出会ったのかしら…。
(伯爵家のご令嬢が、ジェラルド様のように夜に平民街にいたと…?それも何だか妙な話ね。かと言って王宮で行われるパーティーなんかでお目にかかったこともないし)
「アリア様」
ふいに声をかけられ、私は我に返って振り返る。そこにはエルドたち護衛騎士が立っていた。
「…エルド」
「アリア様付きの護衛騎士たちはこれまでと変わりません。人数も、担当する者も。…ご安心ください。この離宮が我々騎士団の詰め所に近く、警備の面でより安全なのは本当ですから」
「…ええ。ありがとう、エルド」
徐々に悪くなる待遇に私が不安がっていると思ったのだろう。エルドは私の様子が少しでも違うと感じるとすぐに声をかけてくれるようになっていた。
心配をかけまいと笑顔を作る私に、彼は真剣な面持ちで言葉を重ねる。
「…何があっても、あなた様の御身は我々が必ずお守りいたします」
宰相に承諾の返事をするやいなや、私が使っていた身の回りのものが次々運び出され、その日のうちに私の居住は移された。
「…こんなの、あんまりですわ…!一体何なんですかこれは…。陛下は何をお考えはなのでしょうか。常軌を逸してますわ!」
「リネット、いいから黙って。そんなことを大きな声で言うものじゃないわ」
「ですがっ、アリア様…!…こ、こんなのって…。ぜひにと望まれてはるばるカナルヴァーラから嫁いできて、一年も経たずに側妃を迎えられたばかりか王宮から離宮に移されるなど…!アリア様は正妃なのですよ?!こんなの、あんまりですっ」
「分かったから…、もう静かにしなさい。誰が聞いているかも分からないのよ」
涙をボロボロと零しながら震える拳を握りしめているリネットをたしなめる。案内された離宮の部屋は、ついさっきまで住んでいた王宮の部屋に比べるととても小さく質素なものだった。豪華な調度品もなく、あれだけ毎日部屋中に飾られていた花さえも一本もない。
ただ、窓からの眺めだけはよかった。
「…ほら、見てごらんなさいよリネット。中庭の美しい花々がよく見えるわ。素敵じゃない?…バルコニーがあるわね」
私は部屋からバルコニーに出て下を見下ろした。3階のこの部屋からは広い中庭がよく見えて、いい香りも漂ってくる。…風が気持ちいい。
「ふふ。気分転換はいつでもできそうよ。お部屋の花々を見るよりももっと素敵。疲れたらここでお茶をするのも悪くないわね」
「……ァ……、アリア、さま…っ、……ひくっ」
「もうそんなに子どもみたいに泣かないで、リネット。大丈夫だってば。私は変わらず、ここでやるべきことをやるだけよ」
リネットを宥めながら、私は自分の発した言葉にハッとした。
…子ども…。
(…一体どうするつもりなのだろう。何を考えているのかしら、ジェラルド様は…)
私の立場はこれからどうなっていくのだろう。子も授からぬままに、側妃を寵愛する国王から離宮に移され…。
お世継ぎは、あの側妃の方が産むことになるのだろうか。
バルコニーで花の香りのする柔らかい風を浴びながら、私はどうしようもない不安に襲われていた。
その翌日から、与えられた離宮の部屋から王宮へ通って公務をこなす日々が始まった。
相変わらずジェラルド様とは顔を合わせることがない。私は一人で大臣たちとの会議に出席し、来客たちを次々に応対し、あらゆる書類に目を通し、疑問点があればその書類の内容によって管轄する部署の責任者を呼び出し話を聞き、王宮主催で執り行われる様々な行事や会合の手配を行い列席した。
空いた時間があれば書庫から持ち出した本を読み耽り、ここでまた分からないことがあればその分野の専門家を招いて話を聞いたりもした。
立派な王妃でいなければ。
ジェラルド様が公務に戻られるまで、私が王家を、この国を支えていかなければ。
その確固たる思いが私を支えていた。
そして、エルドやリネットをはじめ、私を見守ってくれている優しい人たちの気持ちもまた、私の支えの一つとなっていた。
ところが、離宮に移されてから数週間後のことだった。
「……?何だか今日は侍女たちの姿がほとんど見当たらないわね」
朝起きて身支度を整えた私のところに朝食を運んできてくれたのはリネットだった。もう私は王宮の食堂さえ使わせてもらえていない。理由は、マデリーン妃が嫌がるからだそうだ。私にしかこなせない公務をする時以外は王宮に近づいてほしくないとのこと。呆れてものも言えない。まぁ、どうせいつも一人で食事をしているだけだったし、どこで食べようが私はもう構わないのだけど。むしろこの小さな部屋で人に見られずゆっくり食べる方が落ち着くくらい。
「…それが、アリア様…」
リネットが落ち込んだ表情で言った。
「…今後、アリア様付きの侍女は私ともう1名だけになったそうなんです。…ここの離宮は警備も強固にしてあるし、部屋も狭いし、そんなに大勢の侍女はいらないだろうという陛下のお考えで、アリア様付きだった者のほとんどがマデリーン妃の専属侍女として引き抜かれたようです。そう先ほど、侍女長から…」
「……。……そう」
侍女まで?
私から部屋を奪った次は、身の回りの世話をしてくれていた侍女たちまで連れて行ったっていうの?
一体どちらの発案なんだろう。
ジェラルド様か、マデリーン妃か…。
私はぼんやりと、あの日ジェラルド様のお部屋で対面したマデリーン妃のことを思い出していた。
まるで見せつけるかのようにジェラルド様の腕にしがみつき、敵意むき出しの顔で私を睨みつけたあの人。
(ベレット伯爵家の、マデリーン妃…。…そもそも、ベレット伯爵家ってどういったお家なのかしら)
王都から遠く離れた田舎の領地を運営している貴族だとは聞いている。だけどそこのご令嬢とジェラルド様が、一体どこで知り合ったのだろう。
ジェラルド様はよく平民たちの街へ繰り出しては遊び歩いていたようだけれど、…マデリーン妃とも、街で出会ったのかしら…。
(伯爵家のご令嬢が、ジェラルド様のように夜に平民街にいたと…?それも何だか妙な話ね。かと言って王宮で行われるパーティーなんかでお目にかかったこともないし)
「アリア様」
ふいに声をかけられ、私は我に返って振り返る。そこにはエルドたち護衛騎士が立っていた。
「…エルド」
「アリア様付きの護衛騎士たちはこれまでと変わりません。人数も、担当する者も。…ご安心ください。この離宮が我々騎士団の詰め所に近く、警備の面でより安全なのは本当ですから」
「…ええ。ありがとう、エルド」
徐々に悪くなる待遇に私が不安がっていると思ったのだろう。エルドは私の様子が少しでも違うと感じるとすぐに声をかけてくれるようになっていた。
心配をかけまいと笑顔を作る私に、彼は真剣な面持ちで言葉を重ねる。
「…何があっても、あなた様の御身は我々が必ずお守りいたします」
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