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16.離宮へ
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「突然そんなことを言われても…、…受け入れられません。陛下はどちらにいらっしゃるのです?」
部屋を出て行けという突然の宣告に、頭が真っ白になった。けれどここで言われるがまま離宮になど行けるはずがない。後ろで侍女たちが息を呑む中、私は精一杯気持ちを奮い立たせ侍従たちにそう尋ねた。
「は…、陛下は…、マデリーン妃と外出中にございまして…」
「……。では宰相閣下を呼んでください」
話が全然違う。ジェラルド様の素行をたしなめてくれるはずじゃなかったの?
なぜ側妃を迎えた翌日に私がこの部屋から追い出されることになるの?
一体何がどうなっているのか。ジェラルド様と話ができないのなら、宰相と話すしかない。
「…アリア妃陛下におかれましては誠にご立腹であること、重々承知してございます…。どうお詫びすればいいやら…。弁明のしようがありません」
悄気返った表情で私の部屋までやって来た宰相のアドラム公爵は肩を落としてそう言った。
「陛下は今回お迎えになったマデリーン妃に、それは深くご執心のようで、私の言葉などお耳にも入らぬご様子…。今は陛下の側妃殿への熱が冷めるのを待つしかございますまい」
「だとしても、なぜ私がこの部屋を出ていかなければならないのですか。しかも、なぜ離宮へ…?」
「は…、実はその、マデリーン妃が耐えられないと泣いて訴えたそうでございまして…」
「……え?何をです?」
マデリーン妃が訴えた?
陛下の意向ではないの?
「マデリーン妃は、アリア妃陛下が国王陛下と夫婦の寝室を挟んですぐ隣に居住していらっしゃることが我慢ならないと…。嫁いできたばかりで心細いのだから、今はご自分だけに向き合ってほしいと泣きながら懇願されたようでございます。…要は、陛下とアリア妃陛下が夜をご一緒に過ごされることがお嫌なようで。そして陛下はそのマデリーン妃の申し出を受け入れられたと」
「……な……、」
何、それ…。
そんな理由で、正妃の私が部屋から、王宮から追い出されてあの離宮へ移らなければならないの…?そんなのあまりにも馬鹿げてる。
私は我知らず立ち上がっていた。
「……納得が、いきません…。陛下…、陛下と話をさせてください。それまではここを動きません」
「どうぞ、お気をお静めくださいませ妃陛下。…いや、こんなのはほんの一時のこと。私も考えたのですが、…むしろ今だけは、妃陛下がここを離れ離宮に移るのは得策なのではないかと思うのです」
「な、なぜですか…?」
「マデリーン妃は我が強く、気が短くていらっしゃるようです。このままアリア妃陛下が陛下の隣の部屋に住まい、夫婦の寝室を使い続けるとなると、激昂したあの方がどんな行動に出るかも分かりません。先代国王の時にも正妃様を狙った側妃の襲撃がありました。護衛に金を握らせ囲い込んだつもりになって、夜間に部屋に侵入し殺害しようと企てたのです。…幸いにも、正妃様の護衛は金に目が眩んで任務を放り出したりはしませんでしたので、侵入しようとした刺客はその場で捕縛されましたが」
「……。」
「今回のこの件のように、…非常に畏れ多い言葉ではございますが、あのお方が短絡的に動きアリア妃陛下の身に危険が及ぶことも考えられます。ですから…」
「失礼いたします、アリア妃陛下、発言をお許しいただけますか」
その時、宰相の言葉を遮るようにして私の後ろに立っていたエルドが口を挟んだ。
「…ええ。構わないわ」
「ありがとうございます。…宰相閣下、妃陛下の護衛筆頭として言わせていただきます。妃陛下のことは我々専属護衛らが、命に代えてもお守りいたします。刺客を部屋に侵入させるような真似は決してさせません。妃陛下が居住を移す事態は避けられないでしょうか。正妃様が離宮へ移されるなど、あんまりです。宰相閣下のご進言であれば、陛下も聞き入れてくださるのでは…?」
(…エルド……)
私のことを思いやってわざわざ口を挟んでくれたエルドの心遣いに、また胸がじんわりと温かくなった。
けれどアドラム公爵は眉間に皺を寄せ、咳払いをすると言った。
「…エルド殿。貴殿が口を挟むことではない。陛下の決定に口を出すつもりか。いくら騎士団長ファウラー侯爵のご子息とはいえ、出過ぎた真似をするのなら貴殿の進退にも関わるぞ」
(……っ!)
厳しく釘を刺す物言いに緊張した私は、慌てて口を挟む。
「エルドは私の身を案じてくれているだけです。私の護衛たちはそれだけ自分たちの役目に心血を注いでくれているということですわ。…宰相殿のお考えはよく分かりました」
「…は…、過去には側妃の方々の諍いで、紅茶に毒を仕込まれたり、部屋の中に毒蛇を放たれたりと命に関わる事件が幾度もございました。…陛下もじきにマデリーン妃への熱が冷める日が来るはずです。それまでは、アリア妃陛下の御身を守るためにも指示通り離宮に移られるのも良策かと。あそこならば騎士団の詰め所もすぐそばで、人の出入りの多いここよりも警備はより強固にすることができますでしょう。ここから距離も近いですし、ご公務に差し支えもございません」
「……。」
上手く丸め込もうとされている気がした。ここで私が意地になってこの部屋を離れないと言い出すとアドラム公爵にとっても面倒なのだろう。板挟みだものね。
「陛下のご気分を害すことのないよう、ご様子を見ながら時間をかけてゆっくりと言い含めてまいります。どうぞ妃陛下におかれましてはお心安らかにお過ごしいただきますよう…。私めにお任せくださいませ」
…心安らかになんて、過ごせるわけがない。
この人に任せて大丈夫なのだろうか。
本当にジェラルド様の行動を諌めて、せめて公務だけでも真面目に取り組んでいただけるように導いてくれるのかしら。
私の中に少し、宰相に対する不信感のようなものが芽生えた。
だけどもう、これ以上駄々をこねても決定事項が覆ることがないというのは分かった。
「……分かりました。離宮へ移ります」
部屋を出て行けという突然の宣告に、頭が真っ白になった。けれどここで言われるがまま離宮になど行けるはずがない。後ろで侍女たちが息を呑む中、私は精一杯気持ちを奮い立たせ侍従たちにそう尋ねた。
「は…、陛下は…、マデリーン妃と外出中にございまして…」
「……。では宰相閣下を呼んでください」
話が全然違う。ジェラルド様の素行をたしなめてくれるはずじゃなかったの?
なぜ側妃を迎えた翌日に私がこの部屋から追い出されることになるの?
一体何がどうなっているのか。ジェラルド様と話ができないのなら、宰相と話すしかない。
「…アリア妃陛下におかれましては誠にご立腹であること、重々承知してございます…。どうお詫びすればいいやら…。弁明のしようがありません」
悄気返った表情で私の部屋までやって来た宰相のアドラム公爵は肩を落としてそう言った。
「陛下は今回お迎えになったマデリーン妃に、それは深くご執心のようで、私の言葉などお耳にも入らぬご様子…。今は陛下の側妃殿への熱が冷めるのを待つしかございますまい」
「だとしても、なぜ私がこの部屋を出ていかなければならないのですか。しかも、なぜ離宮へ…?」
「は…、実はその、マデリーン妃が耐えられないと泣いて訴えたそうでございまして…」
「……え?何をです?」
マデリーン妃が訴えた?
陛下の意向ではないの?
「マデリーン妃は、アリア妃陛下が国王陛下と夫婦の寝室を挟んですぐ隣に居住していらっしゃることが我慢ならないと…。嫁いできたばかりで心細いのだから、今はご自分だけに向き合ってほしいと泣きながら懇願されたようでございます。…要は、陛下とアリア妃陛下が夜をご一緒に過ごされることがお嫌なようで。そして陛下はそのマデリーン妃の申し出を受け入れられたと」
「……な……、」
何、それ…。
そんな理由で、正妃の私が部屋から、王宮から追い出されてあの離宮へ移らなければならないの…?そんなのあまりにも馬鹿げてる。
私は我知らず立ち上がっていた。
「……納得が、いきません…。陛下…、陛下と話をさせてください。それまではここを動きません」
「どうぞ、お気をお静めくださいませ妃陛下。…いや、こんなのはほんの一時のこと。私も考えたのですが、…むしろ今だけは、妃陛下がここを離れ離宮に移るのは得策なのではないかと思うのです」
「な、なぜですか…?」
「マデリーン妃は我が強く、気が短くていらっしゃるようです。このままアリア妃陛下が陛下の隣の部屋に住まい、夫婦の寝室を使い続けるとなると、激昂したあの方がどんな行動に出るかも分かりません。先代国王の時にも正妃様を狙った側妃の襲撃がありました。護衛に金を握らせ囲い込んだつもりになって、夜間に部屋に侵入し殺害しようと企てたのです。…幸いにも、正妃様の護衛は金に目が眩んで任務を放り出したりはしませんでしたので、侵入しようとした刺客はその場で捕縛されましたが」
「……。」
「今回のこの件のように、…非常に畏れ多い言葉ではございますが、あのお方が短絡的に動きアリア妃陛下の身に危険が及ぶことも考えられます。ですから…」
「失礼いたします、アリア妃陛下、発言をお許しいただけますか」
その時、宰相の言葉を遮るようにして私の後ろに立っていたエルドが口を挟んだ。
「…ええ。構わないわ」
「ありがとうございます。…宰相閣下、妃陛下の護衛筆頭として言わせていただきます。妃陛下のことは我々専属護衛らが、命に代えてもお守りいたします。刺客を部屋に侵入させるような真似は決してさせません。妃陛下が居住を移す事態は避けられないでしょうか。正妃様が離宮へ移されるなど、あんまりです。宰相閣下のご進言であれば、陛下も聞き入れてくださるのでは…?」
(…エルド……)
私のことを思いやってわざわざ口を挟んでくれたエルドの心遣いに、また胸がじんわりと温かくなった。
けれどアドラム公爵は眉間に皺を寄せ、咳払いをすると言った。
「…エルド殿。貴殿が口を挟むことではない。陛下の決定に口を出すつもりか。いくら騎士団長ファウラー侯爵のご子息とはいえ、出過ぎた真似をするのなら貴殿の進退にも関わるぞ」
(……っ!)
厳しく釘を刺す物言いに緊張した私は、慌てて口を挟む。
「エルドは私の身を案じてくれているだけです。私の護衛たちはそれだけ自分たちの役目に心血を注いでくれているということですわ。…宰相殿のお考えはよく分かりました」
「…は…、過去には側妃の方々の諍いで、紅茶に毒を仕込まれたり、部屋の中に毒蛇を放たれたりと命に関わる事件が幾度もございました。…陛下もじきにマデリーン妃への熱が冷める日が来るはずです。それまでは、アリア妃陛下の御身を守るためにも指示通り離宮に移られるのも良策かと。あそこならば騎士団の詰め所もすぐそばで、人の出入りの多いここよりも警備はより強固にすることができますでしょう。ここから距離も近いですし、ご公務に差し支えもございません」
「……。」
上手く丸め込もうとされている気がした。ここで私が意地になってこの部屋を離れないと言い出すとアドラム公爵にとっても面倒なのだろう。板挟みだものね。
「陛下のご気分を害すことのないよう、ご様子を見ながら時間をかけてゆっくりと言い含めてまいります。どうぞ妃陛下におかれましてはお心安らかにお過ごしいただきますよう…。私めにお任せくださいませ」
…心安らかになんて、過ごせるわけがない。
この人に任せて大丈夫なのだろうか。
本当にジェラルド様の行動を諌めて、せめて公務だけでも真面目に取り組んでいただけるように導いてくれるのかしら。
私の中に少し、宰相に対する不信感のようなものが芽生えた。
だけどもう、これ以上駄々をこねても決定事項が覆ることがないというのは分かった。
「……分かりました。離宮へ移ります」
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