上 下
17 / 84

16.離宮へ

しおりを挟む
「突然そんなことを言われても…、…受け入れられません。陛下はどちらにいらっしゃるのです?」

 部屋を出て行けという突然の宣告に、頭が真っ白になった。けれどここで言われるがまま離宮になど行けるはずがない。後ろで侍女たちが息を呑む中、私は精一杯気持ちを奮い立たせ侍従たちにそう尋ねた。

「は…、陛下は…、マデリーン妃と外出中にございまして…」
「……。では宰相閣下を呼んでください」 

 話が全然違う。ジェラルド様の素行をたしなめてくれるはずじゃなかったの?
 なぜ側妃を迎えた翌日に私がこの部屋から追い出されることになるの?
 一体何がどうなっているのか。ジェラルド様と話ができないのなら、宰相と話すしかない。






「…アリア妃陛下におかれましては誠にご立腹であること、重々承知してございます…。どうお詫びすればいいやら…。弁明のしようがありません」

 悄気返った表情で私の部屋までやって来た宰相のアドラム公爵は肩を落としてそう言った。

「陛下は今回お迎えになったマデリーン妃に、それは深くご執心のようで、私の言葉などお耳にも入らぬご様子…。今は陛下の側妃殿への熱が冷めるのを待つしかございますまい」
「だとしても、なぜ私がこの部屋を出ていかなければならないのですか。しかも、なぜ離宮へ…?」
「は…、実はその、マデリーン妃が耐えられないと泣いて訴えたそうでございまして…」
「……え?何をです?」

 マデリーン妃が訴えた?
 陛下の意向ではないの?

「マデリーン妃は、アリア妃陛下が国王陛下と夫婦の寝室を挟んですぐ隣に居住していらっしゃることが我慢ならないと…。嫁いできたばかりで心細いのだから、今はご自分だけに向き合ってほしいと泣きながら懇願されたようでございます。…要は、陛下とアリア妃陛下が夜をご一緒に過ごされることがお嫌なようで。そして陛下はそのマデリーン妃の申し出を受け入れられたと」
「……な……、」

 何、それ…。
 そんな理由で、正妃の私が部屋から、王宮から追い出されてあの離宮へ移らなければならないの…?そんなのあまりにも馬鹿げてる。

 私は我知らず立ち上がっていた。

「……納得が、いきません…。陛下…、陛下と話をさせてください。それまではここを動きません」
「どうぞ、お気をお静めくださいませ妃陛下。…いや、こんなのはほんの一時のこと。私も考えたのですが、…むしろ今だけは、妃陛下がここを離れ離宮に移るのは得策なのではないかと思うのです」
「な、なぜですか…?」
「マデリーン妃は我が強く、気が短くていらっしゃるようです。このままアリア妃陛下が陛下の隣の部屋に住まい、夫婦の寝室を使い続けるとなると、激昂したあの方がどんな行動に出るかも分かりません。先代国王の時にも正妃様を狙った側妃の襲撃がありました。護衛に金を握らせ囲い込んだつもりになって、夜間に部屋に侵入し殺害しようと企てたのです。…幸いにも、正妃様の護衛は金に目が眩んで任務を放り出したりはしませんでしたので、侵入しようとした刺客はその場で捕縛されましたが」
「……。」
「今回のこの件のように、…非常に畏れ多い言葉ではございますが、あのお方が短絡的に動きアリア妃陛下の身に危険が及ぶことも考えられます。ですから…」
「失礼いたします、アリア妃陛下、発言をお許しいただけますか」

 その時、宰相の言葉を遮るようにして私の後ろに立っていたエルドが口を挟んだ。

「…ええ。構わないわ」
「ありがとうございます。…宰相閣下、妃陛下の護衛筆頭として言わせていただきます。妃陛下のことは我々専属護衛らが、命に代えてもお守りいたします。刺客を部屋に侵入させるような真似は決してさせません。妃陛下が居住を移す事態は避けられないでしょうか。正妃様が離宮へ移されるなど、あんまりです。宰相閣下のご進言であれば、陛下も聞き入れてくださるのでは…?」

(…エルド……)

 私のことを思いやってわざわざ口を挟んでくれたエルドの心遣いに、また胸がじんわりと温かくなった。
 けれどアドラム公爵は眉間に皺を寄せ、咳払いをすると言った。

「…エルド殿。貴殿が口を挟むことではない。陛下の決定に口を出すつもりか。いくら騎士団長ファウラー侯爵のご子息とはいえ、出過ぎた真似をするのなら貴殿の進退にも関わるぞ」

(……っ!)

 厳しく釘を刺す物言いに緊張した私は、慌てて口を挟む。

「エルドは私の身を案じてくれているだけです。私の護衛たちはそれだけ自分たちの役目に心血を注いでくれているということですわ。…宰相殿のお考えはよく分かりました」
「…は…、過去には側妃の方々の諍いで、紅茶に毒を仕込まれたり、部屋の中に毒蛇を放たれたりと命に関わる事件が幾度もございました。…陛下もじきにマデリーン妃への熱が冷める日が来るはずです。それまでは、アリア妃陛下の御身を守るためにも指示通り離宮に移られるのも良策かと。あそこならば騎士団の詰め所もすぐそばで、人の出入りの多いここよりも警備はより強固にすることができますでしょう。ここから距離も近いですし、ご公務に差し支えもございません」
「……。」

 上手く丸め込もうとされている気がした。ここで私が意地になってこの部屋を離れないと言い出すとアドラム公爵にとっても面倒なのだろう。板挟みだものね。

「陛下のご気分を害すことのないよう、ご様子を見ながら時間をかけてゆっくりと言い含めてまいります。どうぞ妃陛下におかれましてはお心安らかにお過ごしいただきますよう…。私めにお任せくださいませ」

 …心安らかになんて、過ごせるわけがない。
 この人に任せて大丈夫なのだろうか。
 本当にジェラルド様の行動を諌めて、せめて公務だけでも真面目に取り組んでいただけるように導いてくれるのかしら。

 私の中に少し、宰相に対する不信感のようなものが芽生えた。
 だけどもう、これ以上駄々をこねても決定事項が覆ることがないというのは分かった。

「……分かりました。離宮へ移ります」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

側妃のお仕事は終了です。

火野村志紀
恋愛
侯爵令嬢アニュエラは、王太子サディアスの正妃となった……はずだった。 だが、サディアスはミリアという令嬢を正妃にすると言い出し、アニュエラは側妃の地位を押し付けられた。 それでも構わないと思っていたのだ。サディアスが「側妃は所詮お飾りだ」と言い出すまでは。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】さようなら、王子様。どうか私のことは忘れて下さい

ハナミズキ
恋愛
悪女と呼ばれ、愛する人の手によって投獄された私。 理由は、嫉妬のあまり彼の大切な女性を殺そうとしたから。 彼は私の婚約者だけど、私のことを嫌っている。そして別の人を愛している。 彼女が許せなかった。 でも今は自分のことが一番許せない。 自分の愚かな行いのせいで、彼の人生を狂わせてしまった。両親や兄の人生も狂わせてしまった。   皆が私のせいで不幸になった。 そして私は失意の中、地下牢で命を落とした。 ──はずだったのに。 気づいたら投獄の二ヶ月前に時が戻っていた。どうして──? わからないことだらけだけど、自分のやるべきことだけはわかる。 不幸の元凶である私が、皆の前から消えること。 貴方への愛がある限り、 私はまた同じ過ちを繰り返す。 だから私は、貴方との別れを選んだ。 もう邪魔しないから。 今世は幸せになって。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 元サヤのお話です。ゆるふわ設定です。 合わない方は静かにご退場願います。 R18版(本編はほぼ同じでR18シーン追加版)はムーンライトに時間差で掲載予定ですので、大人の方はそちらもどうぞ。 24話か25話くらいの予定です。

処理中です...