【完結済】望まれて正妃となったはずなのに、国王は側妃に夢中のようです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売

文字の大きさ
上 下
15 / 84

14.健気な王妃(※sideエルド)

しおりを挟む
 王国騎士団長を務めている父から、ジェラルド国王陛下がお迎えになる王妃様の護衛筆頭に就くよう命じられた時は、特別な感慨もなかった。

 王宮内ではあまりいい感情を持つ者のいなかった、国王陛下のこの結婚。陛下の長年の婚約者であられたコーデリア・デイヴィス侯爵令嬢は素晴らしい女性であったし、またその父君であるデイヴィス侯爵は王宮の外交官長として誠実に務め、人望も厚かった。

 それなのに先代国王陛下が崩御されるやいなや、即位したジェラルド国王はそのデイヴィス侯爵家をポイ捨てするように婚約を解消し、突然隣国カナルヴァーラのアリア王女を正妃にすると宣言したのだ。
 重鎮たちは混乱し、王宮内は大騒ぎとなった。まだ見ぬアリア王女についてはそこかしこで悪い噂話が聞かれるようになった。ジェラルド国王が学生の頃カナルヴァーラに留学された時に王女に誑かされたに違いない、幼少の頃からの婚約者がいる陛下に言い寄るなどロクなものじゃなかろう、カナルヴァーラの陰謀だ、我が国を乗っ取ることを企んでいるに違いない……



 結局ジェラルド国王の固い意志を曲げることは誰にもできず、デイヴィス侯爵は王宮を去り、渦中のカナルヴァーラの王女は我が国の王妃として迎え入れられた。

「エルド・ファウラーです。アリア妃陛下、お目にかかれて光栄に存じます」
「こちらこそ。どうぞよろしく」
「……。」

 挨拶をする俺に優しく微笑むその人は、確かに美しかった。見事なピンクブロンドの長い巻き毛は惚れ惚れするほど艷やかで、深い紫色の瞳は慈愛に満ちて見えた。柔和で整った顔立ちは精巧な人形のように綺麗で、そのたおやかな雰囲気は人を安心させる。きっと大切に育てられてきたのだろうと感じさせた。



 王宮に到着された最初の日の夕食を、アリア様は一人で食堂でとられた。
 陛下もせめて最初の夜ぐらい、食事の席を共にしてさしあげてもいいのではないか。どことなく寂しそうにナイフを動かす妃陛下の後ろ姿を見ながら、俺はそんなことを思った。しょんぼりとしたそのか細い姿からは、国王を誑かしこの国の実権を握ろうなどとあくどいことを考えているような雰囲気は微塵も感じられなかった。
 
 だが、そんなことは正直どうでもいい。
 この方が見かけ通りの穏やかな優しい人物だろうと、噂通りの狡猾であざとい小悪魔だろうと、王妃は王妃だ。俺の使命はこの方に危険が及ばぬよう守り抜くこと。それだけだ。



 最初はそう冷静に、客観的に見ていた。



 ジェラルド国王のアリア様への溺愛ぶりは目に余るほどだった。よほど恋焦がれていたのであろう、嫁いできたことが嬉しくてたまらない様子だった。ところ構わず時を選ばず、アリア様の元へやって来ては撫でまわし、頬や額に口づけを落とし、労りの言葉をかけていた。そして側近のアドラム公爵令息に急かされて公務に戻っていく。周囲の者たちは目のやり場に困るほどだった。
 アリア様も居心地悪そうに、されるがまま身を任せていた。

 しかしその蜜月もあっという間に終わりを迎えた。

 ジェラルド国王は、やはりあの女好きの先代のご子息だ。血は争えない、というやつだろう。数ヶ月経つ頃にはあんなにもご執心だったアリア様に見向きもしなくなり、他の女性を王宮に招き入れはじめたのだ。

 アリア様が最初にその現場を目撃した時、俺もそばにいた。

 その日もアリア様はお一人で公務を取りしきり、来客の応対が終わってしばらくした後、休憩をかねて中庭に行こうとしていた。俺はすぐに後を追う。この頃すでにジェラルド国王は公務をさぼりがちになっており、王妃教育を終えたばかりのアリア様はほとんど毎日のように一人で公務に勤しんでいた。

 見知らぬ異国の地に突然やって来てまだ一年も経っていない。そんな中で唯一頼りにしていたはずのジェラルド国王は、一体どこで何をしているのかなかなか一緒に過ごす時間も取れなくなっている。さぞや心細い思いをなさっていることだろう。俺はそう思うようになっていた。
 だがアリア様は表向き一切弱音を吐くこともなくひたすら真面目に勉強や公務に取り組んでおり、噂されていたようなあざとい女性にはとても見えなかった。

(…人の噂話など本当にアテにならぬものだな)

 懸命でひたむき。そんな言葉がしっくりくる彼女の日々の生活ぶりに、俺はこの時すでに好感を抱いていた。この人ならば、我が国を良い方向へ導く素晴らしい王妃であってくれるだろうという予感があった。



 そんなアリア様が、ジェラルド国王の浮気現場を目撃してしまった。



 王宮の建物を出て、陛下とおぼしき人影を追うアリア様。何となく嫌な予感はしていたが、止めることもできずに俺は後を追った。

 アリア様の後ろにいた俺や侍女にもはっきりと見えてしまった。
 陛下が膝の上に女性を乗せ、口づけを交わしているところが。

 アリア様のか細い後ろ姿は凍りついたように動かなくなり、その衝撃を思いやって俺の心は痛んだ。
 さほど間を置かず、奥の方から陛下の側近のアドラム公爵令息が顔を出し、アリア様は慌てて建物の陰に隠れこちらにくるりと体を向けた。その顔は蒼白だった。

「……ア、……アリア、さま……」
「……っ、…見ちゃいけないものを見てしまったわね。二人とも、このことは誰にも秘密よ」
「…アリア様…」
「しっ。…さ、今日はもう戻りましょう。中庭はまた今度ね」

 オロオロする侍女に気丈に微笑んでみせると、アリア様は静かにその場を離れた。

(…お可哀相に。大国を背負って一人で必死に頑張っていらっしゃるのに、……今どれほど傷付いておられるか)

 若く純真な女性にとって、夫となった男の裏切りは大きなショックだろう。
 彼女はどう見ても、他の女にこの座を奪われてたまるものかという気概を見せ強く立ち向かっていくような図太いタイプには思えない。

 ピンクブロンドの艷やかな髪を靡かせながら、小さな背中を凛と伸ばして歩くその後ろ姿に、見ているこちらの胸が苦しくなった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが

ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は 今 更私に婚約破棄を告げる。 ふ〜ん。 いいわ。破棄ね。 喜んで破棄を受け入れる令嬢は 本来の姿を取り戻す。 * 作り話です。 * 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。 * 暇つぶしにどうぞ。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

処理中です...