【完結済】望まれて正妃となったはずなのに、国王は側妃に夢中のようです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売

文字の大きさ
上 下
9 / 84

8.エスカレートする愚行

しおりを挟む
 その夜の夫婦の寝室。
 私はどんな顔をして彼を待っていればいいのか分からなかった。

 ううん、頭では分かっている。平常心を保って、昼間見たことには一切触れなければいい。一番見苦しいのは、取り乱してジェラルド様を責め立てること。殿方の些細な浮気心にいちいち反応して癇癪を起こすのは一国の王妃のあるべき姿ではないもの。

 深呼吸を繰り返しながら、私は国を出る前に母からかけられた言葉を思い返していた。

(…大丈夫よ、お母様。お母様の仰ったとおり、こんな日がやって来てしまったけれど…。覚悟していたことだもの。お母様が事前にああやって話してくださっていたおかげだわ。私は大国の正妃。自信と誇りを持って、自分の役目を果たします)

 本当は、悲しくて不愉快で仕方なかった。
 あんなに愛を囁いて、私のことを可愛い可愛いと、大事にすると言っていたくせに、って。
 ほんの数ヶ月前の結婚式で、末永く睦まじく暮らしていこうと言ってくれたのに。あれは二人きりでずっと、っていう意味じゃなかったのね。
 たった一年さえも持たなかった薄っぺらい愛情が悲しくてやるせないけれど、…しょうがない。大昔から数え切れないほど繰り返されてきた男女のすれ違いよ。私にもその苦労を味わう時が来たってだけ。

 私の役目は、子を成し、その子を国王の後を継ぐ立派な人物に育て上げること。ラドレイヴン王国の繁栄と平和のために働くこと。

 割り切らなくては。

「…………。」



 そう思って覚悟を決めて待っていたのに、その夜、ジェラルド様は二人の寝室に訪れることはなかった。

 そしてその日以降、彼とベッドを共にすることはただの一度もなかったのだった。






 最初は私に対する遠慮があったのか、ジェラルド様も大っぴらに女性を王宮の中に招き入れたりはしていなかった。ただ以前と違って、日中どこかに姿を消してしまっていることが多くなった。
 公務も徐々に疎かになり、ジェラルド様が謁見すべき来客も私が対応することが増えてきた。ジェラルド様が目を通すはずの書類にも代わりに私が確認してサインをすることまであった。

「…ジェラルド様、最近公務に支障が出がちです。日中何をなさっているのですか?何かお忙しい理由があるのですか?」
「いや、お前は気にしなくていい。王妃として俺の代わりにやれることはやっておいてくれ。俺にもいろいろと用事はある。わざわざ話すほどのことではないがな」
「……。」

 歯切れの悪い、全く返事になっていない返事。こちらを見向きもせずに中途半端なことを言うジェラルド様にだんだん腹が立ってきた。



「こんなの…あんまりですわ!あんなに強引にアリア様を妃に迎えておきながら、ものの数ヶ月でこんな風に手のひらを返すような真似をなさるなんて…!カナルヴァーラ王国に対する侮辱でもありますわ!」
「しーっ。リネット、誰もいないからってそんなこと口に出してはダメよ。どこで誰が聞いているかも分からないわ。あなたの気持ちはよく分かるけれど…、隙を見せるようなことをしてはダメ」
「…ですが、アリア様……っ」

 私のために怒ってくれるリネットをたしなめながら、私自身虚しい気持ちが大きかった。私に飽きて他の女性と遊んでいるのは明白だったけれど、公務まで放り出すようになってしまうとは…。

 護衛や侍女たちの気遣わしげな目線も居心地が悪い。数ヶ月前にあんなに豪華な結婚式を挙げ、ひたすら王妃教育に邁進している姿をずっと見守ってくれていた彼ら。今はきっと憐れな女だと思っていることだろう。



 そのうちにジェラルド様は王宮の自分の私室にまで女性を招き入れるようになってしまった。

「ん?どうしたアリア。……ああ、彼女は友人の一人だ。市井の民たちの暮らしぶりについて俺に教えてくれている。ためになるぞ。今度お前にも話して聞かせてやる」
「ふふふ」

 そう紹介された女性の方は楽しそうにクスクス笑うと、ジェラルド様と一緒に部屋の中に消えていくのだった。

(…これではあまりにも目に余るわ。彼らはどう思っているのかしら…)

 見境なく次々と女性たちを部屋に入れはじめた国王に対して、側近らは何も思うことはないのだろうか。ある時私はいつも冷たい態度のカイル・アドラム公爵令息を捕まえて話をしてみることにした。



「…一体何でしょうか、お話というのは。申し訳ありませんが、私は国王陛下から言付かった用事がございますので、あまり時間がありません」

 私の部屋に呼び寄せたカイル様は面倒くさそうに視線を外すと、不機嫌を隠そうともしない態度でそう言った。

「…時間はとらせません。あなたが何も気付いていないはずがないと思うの。…陛下の女性関係よ。下位貴族のご令嬢方のみならず、どこのどなたか身元の知れない女性たちまで、最近では陛下は次々と王宮に招き入れていらっしゃるわ」
「……。」

 そもそも、私が最初にジェラルド様の浮気に気付いた時、この人は彼のすぐそばにいた。最近の状況を分かっていないはずがない。何も感じないのだろうか。それとも…。

 カイル様は、はぁ…と小さくため息をつくと、冷え切った目で私を見ながら答えた。

「だから何だと仰りたいのですか?陛下には陛下のお考えがあってのこと。私ごときが陛下の行動を諌めるようなことはできません。そもそも、何も悪いことをなさっているわけじゃない。陛下は様々な客人たちから市井での生活ぶりや困り事などを聞き出して民たちの暮らしの向上に役立てたいとお考えなのでしょう。…これくらいのことでいちいち目くじらを立てていらしては、一国の王妃など務まりませんよ」

(……な……、何よこの人……!)

 ちょっとあんまりじゃない?陛下を諌めることなどできないとか言いながら、私にはこの態度なの?
 何でここまで嫌われているのかさっぱり分からないけれど、この時私は初めて明確にこの側近に対して怒りを覚えた。
 震える拳をぐっと抑え、私はできるだけ落ち着いた声を出す。

「…このくらいのことと言われても。すでに公務にまで支障が出ている状況だから言っているんです。彼がすべき公務を私がフォローしながら日々をやり過ごしているんですよ。あなた側近でありながら陛下の行動を見ていて何とも思わないの?本当に?」

 カイル様は今度は大きくため息をつくと、眉間に皺を寄せながらそのサラサラの銀髪をかき上げた。

「八つ当たりですか?ご自分が相手にされなくなった腹いせに私に不満をぶつけられても困りますが。お気に召さないのでしたら陛下と直接お話なさったらいかがでしょうか。私は陛下の振る舞いに何の疑問も感じておりませんので。巻き込まれても困ります。……失礼」
「な…………!」

 信じがたいことに、カイル様は言いたいことだけ言うと私の許可を得ることもなくさっさと踵を返して部屋を出て行ってしまったのだった。

「な……、な……、何なんですかあの男!!あの態度!!誰を相手に話しているつもりなんでしょうか!!馬鹿にしてますわ!!キーーーーッ!!」

 私が腹の中で叫んでいた罵詈雑言はリネットが代わりにまき散らしてくれた。それでも彼のあの無礼な態度には怒りが収まらない。

(随分嫌われているようだけど…、こっちもあなたなんか大っ嫌いよ…!)



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」  信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。  私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。 「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」 「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」 「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」  妹と両親が、好き勝手に私を責める。  昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。  まるで、妹の召使のような半生だった。  ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。  彼を愛して、支え続けてきたのに…… 「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」  夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。  もう、いいです。 「それなら、私が出て行きます」  …… 「「「……え?」」」  予想をしていなかったのか、皆が固まっている。  でも、もう私の考えは変わらない。  撤回はしない、決意は固めた。  私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。  だから皆さん、もう関わらないでくださいね。    ◇◇◇◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです。

【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが

ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は 今 更私に婚約破棄を告げる。 ふ〜ん。 いいわ。破棄ね。 喜んで破棄を受け入れる令嬢は 本来の姿を取り戻す。 * 作り話です。 * 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。 * 暇つぶしにどうぞ。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

処理中です...