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1.ラドレイヴン王国へ

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「見えてきましたよアリア様!あれがラドレイヴン王国の王宮ですわ!すっごーい!なんて大きいのかしら…!腰が抜けそうです私っ!」
「しーっ!分かった、分かったから…!ちょっと落ち着いてよリネット…。ますます緊張しちゃうじゃないの」

 幾日も馬車に揺られてくたびれてしまっていた私と侍女のリネットは、ラドレイヴン国内に入ると二人して途端に目を輝かせた。大きく美しい通りには、煌びやかで高級感のある店、見たことのないスイーツ、そして行き交う人たちのオシャレな格好…。
 …何もかもが、故郷と違う…!

(こ、これが小国と大国の差……)

 私はこれから、この大きな国の母となるんだ…。
 無意識にごくり、と喉を鳴らし、萎縮する心を奮い立たせようとした。だけど…、押し寄せる不安の波に今にも飲まれてしまいそうになる。

 カナルヴァーラという小さな国の王家の末娘として生を受けた私は、両親や兄、姉たちからとても可愛がられ、周りの人々からも大切にされてきた。そして両親によって決められた婚約者である公爵家の嫡男と結婚して、カナルヴァーラ王国の中で人生の最後の日まで暮らしていくのだと、そう思っていた。何の疑問も抱かずに。

 それがまさか、突然こんな大国に嫁ぐことになるなんて。それも、王妃として。

(ジェラルド国王にお会いしたことはほとんどない…。5年前に初めてお目にかかってから、あとは…、うちの建国記念のパーティーで一度ご挨拶したくらい…。ラドレイヴンでの式典に招かれるのは、だいたい両親と兄だったし)

 二人きりでゆっくりと会話したことなんてただの一度もないわ。どんな方なのだろう…。上手くやっていけるのかしら…。そもそも、隣の小国から突然嫁いできた私のことを、ラドレイヴンの王宮の人たちやこの国の国民たちはどう思うかしら。受け入れられるのかなぁ、私…。
 ジェラルド国王の元の婚約者の方が皆から慕われていたのだとしたら、私に悪感情を持つ人だっているかもしれない。
 考えれば考えるほど不安と緊張で軽く吐き気までしてくるほどだった。

「つ……っ、着きますよ!アリア様っ!王宮です!王宮ですよっ!!」

 リネットが興奮して甲高い声を上げる。
 リネットは私より一つ年下の専属侍女で、私がラドレイヴンに嫁ぐと決まった時真っ先に「お供いたします!」と声を上げてくれた子だ。
 気心の知れた彼女が迷いもなくそう言ってくれた時、私がどれほど心強かったか。感謝してもしきれない。こちらの王宮から侍女を伴っての輿入れに許可が降りた時は心底ホッとしたものだ。

 だけど……。

「…ねぇ、お願いだからちょっと落ち着いてってばリネット。もう私……は、吐きそう……」
「っ?!え、えぇっ?!ダメですよアリア様!王妃様が馬車から降りた瞬間にオエェェなんてやっちゃったら一生物笑いの種ですよっ。ほらっ、頑張って!」

 頑張って!じゃないわよ、もう…。



「アリア王妃陛下、お着きでございます」

 こちらの王宮の方にエスコートされて馬車から降りるやいなや、ズラリと並んだ人々が一斉に頭を下げる。
 私とリネットはさっきまで狼狽えてギャアギャア騒いでいたことなどおくびにも出さず、キリッと前を向いて導かれるままに歩いていった。






「よく来てくれたな、アリア。…ようやくお前を得ることができた」

 玉座に肘をつき悠然とこちらを見下ろしているのは、紛れもなくあのジェラルド国王だ。漆黒の髪に、琥珀色の瞳。ニヤリと口角を上げて微笑む姿は、相変わらず少し冷酷な印象を与える。

「この度のご縁をいただきましたこと、心より光栄に存じます。至らぬ身ではございますが、ラドレイヴンとカナルヴァーラ、両国の良き関係維持の継続、そしてこのラドレイヴン王国のますますの発展と平和のために尽力してまいります。どうぞ末永くよろしくお願い申し上げます、陛下」
「こっちへ来い」
「…は、…はい…」

 ジェラルド国王は私の挨拶を遮るようにそう言うと、指先をクイ、と曲げて手招きし、私を呼び寄せた。少し戸惑いつつも、言われた通りに玉座に近づく。

 すると。

「っ!!」

 ジェラルド国王はそば近くまで行った私の手首を突然掴むと、強い力で私の体を引っ張った。そしてそのまま私の腰を引き寄せる。唇が触れあいそうなほどに顔と顔が近付いて、驚いた私は思わず息を止めてしまう。

「…俺がどれほどお前に恋い焦がれていたか。どれほどこの日を待ち望んでいたか、分かるか。…ようやくだ。この5年間、寝ても覚めてもお前のことばかりを想っていたのだぞ、アリア」
「…っ、」

 そう囁きながら、ジェラルド国王は私の頬や耳をゆっくりと撫でる。周囲には何人もの人が控えてこちらを見ているというのに…!は、恥ずかしい……っ。

「俺のことはジェラルドと呼べ」
「は、はい、ジェラルド様」
「そうだ。それから、この王宮内で困ったことがあったらどんな些細なことでも俺に言え。よいな?」
「は、はい。ありがとうございます、ジェラルド様」
「…ふ、可愛いな。……ザーディン」
「はっ」

 ジェラルド国王がふいに一人の男性を呼び寄せた。ザーディンと呼ばれたその男性はすぐさまジェラルド国王の前に進み出る。

「この者はザーディン。宰相だ」
「ザーディン・アドラム公爵です。アリア妃陛下、この度は遠路はるばるよくおいでくださいました。私共も妃陛下をしっかりとお支えして参りますゆえ、どうぞご心配なくお過ごしくださいませ」
「あ、ありがとうございます、アドラム公爵。よろしくお願いいたします」

 ザーディン・アドラム公爵は厳しそうな風貌とは真逆の柔和な表情で優しく微笑みかけてくださった。よかった…。少なくとも宰相には受け入れてもらえているみたい…。

「それから、そこにおります者はジェラルド国王陛下の側近でカイルと申します。私の息子です。カイルもアリア妃陛下のためならばどのようなことでもご助力いたしますので、何かありましたら遠慮なく声をおかけください」

 宰相が指差す方向を見ると、そこには若く美しい容貌の男性が立ち、こちらをじっと見ていた。絹糸のようなサラサラの銀髪に、その髪色を少し暗くしたようなグレーの瞳のその人は、宰相とは真逆の目つきで私を見ている。…つまり、穏やかでも優しくもない、どちらかと敵意がこもっているような…。

「…カイルです。お見知りおきを、妃陛下」

 カイルという名のその人はニコリともせずにそう言った。できるだけ口を開きたくなくて最低限の挨拶だけをしたといった感じだ。

「ええ。こちらこそ。これからよろしくお願いいたします」
「……。」

 私の返事にも反応はない。ただ黙って冷めた目で私を見ると、そのまま目を伏せた。
 その様子を見て、ピンときた。

(…この人には受け入れられてないみたいね)




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