上 下
50 / 64

50.怖いし恥ずかしいしもう

しおりを挟む
 どれだけの時間そうして抱き合っていたのだろう。
 耳に、首筋に、アヴァン殿下の熱い唇が何度も押し当てられ、私は目を閉じ夢見心地のままその愛撫を受け入れていた。

 ゆっくりと二人の体が離れ、殿下が確かめるように私の顔を正面から見つめる。

 その瞬間、

「────っ!……何だ、これは。怪我をしたのか?リア」
「っ、あ……」

 すっかり忘れていた。そうだ。頬の傷を隠すためにガーゼをつけていたんだっけ。さらに部屋に入った時までは、それを隠すようにすっぽりと深くベールを被っていたから、殿下もようやく今気付いたといったかんじだ。

(ど、どうしよう……。何て言ってごまかそうかしら……)

「見せろ」
「っ!」

 ふと見上げた殿下の美しいお顔が、これまでに見たことがないほど険しいものになっていて、思わず怯んでしまう。こ、怖い……。

 ビクビクと怯えている間に、アヴァン殿下は私の頬のガーゼを取ってしまった。傷跡を見た途端、殿下の瞳に冷気が走る。

(……え?待って……。本当に怖いんですけど……)

「……何だこれは。誰にやられた」
「っ!!……あ、……えっと……」

 聞き取りづらいほどに低い、唸るような声。

 ち、ちょっと待って……。

 ついさっきまで、再会の熱い抱擁に酔い幸せをたっぷりと味わっていたというのに、今の殿下はその余韻さえ微塵も感じられないほどに、冷え切った目で私の瞳を見据えている。

 いや、正確にはその奥にいる、私の頬に傷をつけた、……まだ見ぬ私の、母を……?

「あの、……ね……」
「……。」
「……ねこ……。み、港に、おりましたの。……その、猫が」
「……。」
「そっ、……それで、その猫を……」
「リア」
「はいっ!」
「もういい。止めろ」

 これが王族の威厳というものだろうか。真正面から殿下のこの強い瞳に射ぬかれると、心の奥底まで見透かされているようで、ろくに嘘もつけない。恐ろしすぎて。

「……俺はこれまでお前の事情を聞かずにいた。話したくない過去もあるのだろうし、詮索すまいと思っていた」
「……で……、」
「だがもう無理だ。何もかも話してもらう。一体お前は何を抱えているのだ、リア。何故、俺と離れている間にこんな目に遭う」
「……殿下……」
「俺の目の届かぬところでお前が他者から傷付けられるようなことは、絶対にあってはならない。……分かっているのか、リア。俺がどれほどお前のことを大切に思っているのかを。この国の、イェスタルア王国の王太子であるこの俺が誰よりも大切にしている女が、かすり傷一つ負うことは許されないのだ」
「……っ、……アヴァン殿下……」

 熱い視線に捉えられ、身動きさえできない。

「お前の抱えている事情は、俺が全て引き受ける。……リア、何もかもを俺に委ね、生涯俺のそばにいろ。……いいな」
「……は、い、……殿下……」
「……愛している、リア。俺を信じ、俺のことだけを見ていろ」
「……はい、殿下。……わ、私も、……あなた様を、心からお慕い申し上げております……」
「……その言葉が聞きたかった」
「……っ!」

 ようやく少し表情を和らげた殿下に、ふいにまた強く抱きしめられたかと思うと、私の唇は殿下の熱い唇に塞がれた。嵐のように激しく情熱的なその口づけに翻弄されながらも、私は自分の想いを重ねるように応えていく。夢中で首筋にしがみつくと、殿下はより一層私をきつく抱き、私たちの体はわずかな隙間もなくぴったりと重なり合った。甘い香りと、あまりにも激しく与えられる熱に酔い、足の力がカクリと抜けてしまいそうになる。そんな私の腰を殿下はしっかりと片腕で抱きかかえるようにしながら、私の口内に舌先を滑り込ませ、絡めてくる。その情熱に体中が火照り、汗ばんでくるほどだった。



 その時。



 殿下の熱い口づけに夢中で応えている私の横を、何かがふわっ、と通り過ぎていく気がした。人の気配がする。

(……?)

 気になって薄く目を開けてチラリと横を見ると、前に見た殿下の側近と思われる眼鏡をかけた男性が、淡々とした表情で通り過ぎて行き、私の後ろにあるドアからすうっと音もなく出て行った。

「っ?!!」

 え?……えっ?!えっ?!
 ちょっと待って……、いいい、いつからいたの?まさか……、


 ……ずっと見てた?!


 わ、私が、この部屋に現れた時から?!殿下の腕に抱きしめられて、だ、抱き返して、そっ、その後、傷口のことでお説教されて、……あ、あ、愛の、……愛の告白をされて、それに応えて、そして、今っ、……キ……、

(……や、……もう無理……)

 勝手に二人きりだと思い込んでいたら、実はずっとこの部屋のどこかにいたらしい側近の方が見ていたのだという事実に気付いた私は、燃え上がるほど一気に体温が上がった。全身茹で上がったようになり、殿下の激しい口づけを受けながら体中の力が抜けていったのだった。
 気が遠くなりそうになったその瞬間、ふいにさっきの殿下の言葉を思い出す。

(……ん?……“王太子”?)




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

悪役令嬢が行方不明!?

mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。 ※初めての悪役令嬢物です。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

邪魔者というなら私は自由にさせてもらいますね

影茸
恋愛
 これまで必死に家族の為に尽くしてきた令嬢セルリア。  しかし彼女は婚約者を妹に渡すよう言われてしまう。  もちろん抵抗する彼女に、家族どころか婚約者さえ冷たく吐き捨てる。  ──妹の幸せを祈れない邪魔者、と。  しかし、家族も婚約者も知る由もなかった。  今までどれだけセルリアが、自分達の為に貢献してきたか。  ……そして、そんな彼女が自分達を見限ればどうなるかを。  これはようやく自由を手にした令嬢が、幸せに気づくまでの物語。 ※試験的にタイトル付け足しました。

処理中です...