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63. 婚約発表

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 ────ざわ…………。

 会場にいる人々の困惑の気配が、痛いほどに伝わってくる。
 なぜヘイワード公爵令息の妻となったオールディス侯爵令嬢が、王弟殿下にエスコートされているのだろう。
 そしてなぜ二人は、互いの色を身に着け、こんなにも堂々と笑みを浮かべて歩いているのだろう。
 きっとそう思われているはず。

 けれど。

(……あ、カトリーナ……)

 アルバート様に導かれるままに大広間の中を進んでいると、私たちを見守っている人々の中にカトリーナの姿を認めた。目が合うとカトリーナは素敵な笑顔を見せ、私に目で挨拶をする。
 すると彼女の周りにいたご婦人方、ご令嬢方も、私たちに向かって優しく微笑みながら同じように挨拶をくれた。彼女たちは大して驚いているようにも見えない。……もしかして。

(カトリーナ……、懇意にしている貴族家の人たちに、事前に何か話してくれているのね、きっと)

 私はそう察した。カトリーナのことだ。私がラウル様から受けていた仕打ちや、彼との離縁の話が進んでいること、アルバート様のことなどを、周囲の人たちに先んじて上手く説明してくれていたのかもしれない。
 皆が私たちの婚約を受け入れやすいように……。

(きっとそうだわ。突然ヘイワード公爵令息と離縁して王弟殿下と婚約だなんて、事情を知らない人たちが聞けば、一時的にとはいえ私やオールディス侯爵家がどう思われるか分からない。後々全ての事情が分かるまでに、私たちの悪い印象が広まってしまわないようにと……)

 いつもいつも、カトリーナには助けられてばかりだわ。
 心の中で深く感謝しながら大広間に視線を滑らせた、その時。

 今度は呆然と立ち尽くすラウル様の姿が目に飛び込んできた。ほんの一瞬視線がぶつかり、心臓が跳ねる。
 病にでもかかっているのかと思うほど血色の悪い顔と、目の下にくっきりと浮かぶどす黒いクマ。いつもきっちりと髪型や服装を整えている彼にしては珍しく前髪が乱れ、それが余計に彼を切羽詰まった様子に見せていた。
 まるで何かを訴えるかのように、口を開けたままこちらを凝視している彼。よく見ると、その近くにヘイワード公爵夫妻の姿もあった。夫妻の顔色も決してよくはない。その理由はもちろん分かる。けれど……。
 
(……どうしてラウル様が、あんなにも動揺しているのかしら……)

 自分から言い出したことでしょう?
 私と離縁したかったのよね?
 愛するロージエさんと一緒になりたいんでしょう? そのために私の存在が、邪魔だったのよね?
 あんなに取り乱して、思わず私に手を上げてしまうほど離縁を焦っていたくせに。何をそんなに不安そうにしているの?
 私がアルバート様の元に行くのが想定外だったからかしら……。

 そんなことが頭の中をぐるぐると巡っていた時だった。

「ティファナ」

 隣にいたアルバート様が、エスコートしていない方の手で私の頬にそっと触れ、顔を覗き込んでくる。

「っ!」
「気にしなくていい。もうあの男のことは無視するんだ。……俺にだけ集中して」
「……は、はい」

 アルバート様のその仕草に、周囲の令嬢たちが息を呑む気配が伝わってきた。
 ラウル様から意識を逸らそうと、反対側に顔を向けた時だった。
 今度はそこに、義母とサリアの姿を見つけた。

(……ちょっと……。なんて品のない顔をしてるのかしら)
 
 義母イヴェルと義妹のサリアは、揃って口をあんぐりと開け目を見開き、穴が開くほど私たちを見つめていた。顎が外れるんじゃないかとこちらが心配になるほどだ。
 私と目が合うと、サリアはハッとしたように口を引き結び、鋭い目つきでこちらを睨みつけてくる。その目は血走っているように見えた。……こちらはこちらで、一体何がそんなに気に入らないのかしら。
 けれど、もう彼女たちのことはいい。父も離縁すると言っていたことだし、そうなればもう私たちとは他人だわ。今までだっていい関係を築けていたわけじゃないし、相手にするまでもない。
 私はフイと視線を逸らし、アルバート様の隣を悠然と歩いたのだった。



 その後父を見つけ、軽く言葉を交わす。
 やがて他の王家の方々が入場され、国王陛下の挨拶がはじまった。リデール王国の建国と長い歴史を誇り、そしてこれからの末永い繁栄を願って挨拶は締められ、その後ついに陛下の口から、私たちの婚約について発表があった。

「────そして、今宵は一つ皆に大切な知らせがある。ここにいる王弟アルバート・リデールと、オールディス侯爵家の令嬢ティファナが婚約を結んだ。ティファナ嬢は先日までヘイワード公爵家のラウルと婚姻関係にあったが、諸般の事情により、これまで契約上の白い結婚を貫いてきておった。そして先日、正式に離縁が成立しておる。ヘイワード公爵家、オールディス侯爵家、そして王家での充分な協議の末に決まったことだ。我が王国を支える高潔なる諸君らに、この二人の婚約を祝福してもらいたい」

 国王陛下のその言葉に、大広間からは割れんばかりの拍手が鳴り響いた。皆が満面の笑みを浮かべ、祝福の言葉を口にする。中にはまだまるっきり理解も納得もしていない人たちだっているだろうけれど、この場で異を唱える者など誰もいなかった。彼らもきっと直に、この婚約の裏事情を社交界の誰かから伝え聞くのだろう。

 王家の方々に交じって大広間を見渡す私たちの位置からは、ラウル様やサリアたちの姿は見えなかった。






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