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33. アルバート様の笑顔
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「……本当に大丈夫かい? ティファナ」
結局私の借りた本を持ち馬車のところまでついてきてくださったアルバート様が、心配そうに私に声をかけてくれる。さっきのラウル様とロージエさんの雰囲気を見たことや、今夜私が彼と対峙することに対して気遣ってくれているのだろう。
「ええ! もちろんです。そんなに心配なさらないで、アルバート様。本当に助かりました。本、ありがとうございます」
私は努めて明るい声を出した。アルバート様は私に構っている暇なんかない。隣国の王女殿下との婚約が解消された今、今後のご自身のことだっていろいろと考えなくてはならないだろうし、あのダミアン王太子殿下の教育まで任されたとあっては気の休まる時がないだろう。
けれどアルバート様は私の瞳をジッと見つめながら、真剣な声で言う。
「……無理はしないこと。そして、あまり思いつめるんじゃないよ、ティファナ。もしも思うようにならなかったとしても、……君には俺がついている。忘れないで。俺はいつでも、ティファナの味方だ」
(……アルバート様……)
その温かい言葉に、また涙腺が緩みそうになる。どうしてこの方は、こんなにもずっと変わらず私に優しくしてくれるのだろう。
今でも私のことが、頼りない子どもに見えているのかしら。
これ以上アルバート様に心配をかけてはいけないと、私はこみ上げてくるものをグッと堪えて満面の笑みを作る。
「ふふっ。ダメですね私は。いつまでもこうして“お兄様”に心配をかけてしまって。子どもの頃のままだわ。もっと成長した姿をお見せして、アルバート様に安心していただきたいのに。頑張りますわね、私」
笑顔を見せながらそう言っても、アルバート様はニコリともしない。むしろさっきよりずっと真剣な面持ちになり、噛みしめるようにゆっくりと言った。
「頑張らなくていい。ティファナはもう充分に頑張っているんだから。それと、……俺は君を、もう子どもの頃と同じようには見ていないよ」
「……? ……そう、ですか?」
「ああ」
子どもの頃と同じようには見ていない。
……一応、一端のレディとしては見てくれているってことかしら。ふふ。
「ありがとうございます、アルバート様。……では、本日はこれで」
「ああ。気を付けてお帰り、ティファナ。また会おう。……近いうちに」
「はいっ」
馬車が動き出ししばらくして、小窓からそっと外を覗いてみる。
アルバート様はまだその場に留まって、私の乗っている馬車をジッと見送ってくれていた。
ふいに、子どもの頃のことを思い出す。
王太子殿下の婚約者候補のご令嬢たちと皆で王宮に集まり、勉強会をした後。束の間の休憩時間に庭園に出て、花々を眺めていたっけ。あの時、とても綺麗な蝶がすぐそばに飛んできて、私ははしゃぎながらそばにいたアルバート様に教えた。
『お兄様、見て! 青い蝶よ! すっごく綺麗……!』
そう言うとアルバート様はチラリと蝶を見て、その後私を見つめながら優しく笑った。
『ああ、本当だ。綺麗だね、ティファナ』
(ふふ……。いつも優しかったな、お兄様)
昔から変わらない、あの優しさと笑顔。
(……そういえば、)
アルバート様の笑顔は昔と少し変わった……気がする。
子どもの頃の無邪気な私に見せてくれていた爽やかな笑顔と。
成長した今の私に向けてくれる、あの包み込むような、静かな笑顔。
(……うん。たしかに、私のことを子どもの頃と同じようには見てはいない気がするわ。なんとなく……)
どう言えばいいのかは分からないけれど、記憶の中の“お兄様”の笑顔と比べてみると、今のアルバート様が見せてくれる笑顔の方が、……色っぽい。しっとりしているというか……。
(お互い、あの頃よりもずっと大人になったんだものね)
さっき見送ってくれた時のアルバート様の瞳の色を思い出すと、何だか妙に胸がざわめく。けれど、私はもうアルバート様について考えるのを止めた。
今は他に、考えなくてはいけないことがあるのだから。
(……今夜こそ、ラウル様は私と会話をしてくださるのかしら)
どうにかしてこの夫婦関係を修復したい。そう思う気持ちと、彼が連れて歩いていたあのロージエさんとの関係を察してしまった失望とで、心が乱れる。
揺れる馬車の中、私は一人深いため息をついた。
結局私の借りた本を持ち馬車のところまでついてきてくださったアルバート様が、心配そうに私に声をかけてくれる。さっきのラウル様とロージエさんの雰囲気を見たことや、今夜私が彼と対峙することに対して気遣ってくれているのだろう。
「ええ! もちろんです。そんなに心配なさらないで、アルバート様。本当に助かりました。本、ありがとうございます」
私は努めて明るい声を出した。アルバート様は私に構っている暇なんかない。隣国の王女殿下との婚約が解消された今、今後のご自身のことだっていろいろと考えなくてはならないだろうし、あのダミアン王太子殿下の教育まで任されたとあっては気の休まる時がないだろう。
けれどアルバート様は私の瞳をジッと見つめながら、真剣な声で言う。
「……無理はしないこと。そして、あまり思いつめるんじゃないよ、ティファナ。もしも思うようにならなかったとしても、……君には俺がついている。忘れないで。俺はいつでも、ティファナの味方だ」
(……アルバート様……)
その温かい言葉に、また涙腺が緩みそうになる。どうしてこの方は、こんなにもずっと変わらず私に優しくしてくれるのだろう。
今でも私のことが、頼りない子どもに見えているのかしら。
これ以上アルバート様に心配をかけてはいけないと、私はこみ上げてくるものをグッと堪えて満面の笑みを作る。
「ふふっ。ダメですね私は。いつまでもこうして“お兄様”に心配をかけてしまって。子どもの頃のままだわ。もっと成長した姿をお見せして、アルバート様に安心していただきたいのに。頑張りますわね、私」
笑顔を見せながらそう言っても、アルバート様はニコリともしない。むしろさっきよりずっと真剣な面持ちになり、噛みしめるようにゆっくりと言った。
「頑張らなくていい。ティファナはもう充分に頑張っているんだから。それと、……俺は君を、もう子どもの頃と同じようには見ていないよ」
「……? ……そう、ですか?」
「ああ」
子どもの頃と同じようには見ていない。
……一応、一端のレディとしては見てくれているってことかしら。ふふ。
「ありがとうございます、アルバート様。……では、本日はこれで」
「ああ。気を付けてお帰り、ティファナ。また会おう。……近いうちに」
「はいっ」
馬車が動き出ししばらくして、小窓からそっと外を覗いてみる。
アルバート様はまだその場に留まって、私の乗っている馬車をジッと見送ってくれていた。
ふいに、子どもの頃のことを思い出す。
王太子殿下の婚約者候補のご令嬢たちと皆で王宮に集まり、勉強会をした後。束の間の休憩時間に庭園に出て、花々を眺めていたっけ。あの時、とても綺麗な蝶がすぐそばに飛んできて、私ははしゃぎながらそばにいたアルバート様に教えた。
『お兄様、見て! 青い蝶よ! すっごく綺麗……!』
そう言うとアルバート様はチラリと蝶を見て、その後私を見つめながら優しく笑った。
『ああ、本当だ。綺麗だね、ティファナ』
(ふふ……。いつも優しかったな、お兄様)
昔から変わらない、あの優しさと笑顔。
(……そういえば、)
アルバート様の笑顔は昔と少し変わった……気がする。
子どもの頃の無邪気な私に見せてくれていた爽やかな笑顔と。
成長した今の私に向けてくれる、あの包み込むような、静かな笑顔。
(……うん。たしかに、私のことを子どもの頃と同じようには見てはいない気がするわ。なんとなく……)
どう言えばいいのかは分からないけれど、記憶の中の“お兄様”の笑顔と比べてみると、今のアルバート様が見せてくれる笑顔の方が、……色っぽい。しっとりしているというか……。
(お互い、あの頃よりもずっと大人になったんだものね)
さっき見送ってくれた時のアルバート様の瞳の色を思い出すと、何だか妙に胸がざわめく。けれど、私はもうアルバート様について考えるのを止めた。
今は他に、考えなくてはいけないことがあるのだから。
(……今夜こそ、ラウル様は私と会話をしてくださるのかしら)
どうにかしてこの夫婦関係を修復したい。そう思う気持ちと、彼が連れて歩いていたあのロージエさんとの関係を察してしまった失望とで、心が乱れる。
揺れる馬車の中、私は一人深いため息をついた。
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