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28. 誰にも渡さない(※sideラウル)
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(……まさかこんなにも、この子にのめり込んでしまうとは)
ロージエの肌に自らの手を滑らせながら、私は頭の片隅でそんなことを思っていた。
深夜の執務室。まさかこの私が、こんな場所でこんなことをしているなど、誰一人夢にも思わないだろう。気付けばこうなっていた。いつの間にか、私はロージエに身も心も捕われてしまっていたのだ。そして底なし沼に足を突っ込んでしまったかのごとく、どんどん深みに嵌っていく。今さらもう、逃れようがない。いや、逃れたいとさえ思ってはいないのだ。
昔からティファナに苦手意識があり、サリアのような女には嫌悪感さえ持つこの私が、ロージエにだけは悪感情を持たなかった。それどころか、愚鈍で頼りないこの子が捨て犬のように情けない目をしながら私だけを頼ってくることに、どうしようもない優越感と庇護欲が湧いたのだ。ロージエに縋りつかれることで、愛を打ち明けられたことで、とてつもなく高揚した。
(……つまり私は、こういう子が好みのタイプということなのだろうな。自分でも初めて知った……)
「……先日サリアさんにまたお会いしたのですが、少し泣いていらっしゃいましたわ」
「……彼女が? 何故」
ワンピースのボタンを留めながら呟くようにそう言ったロージエに、私は問いかける。するとロージエがポツリポツリと語り出した。
「サリアさん、ティファナ様に会いにヘイワード公爵邸に行かれたのでしょう? ティファナ様から会いにおいでと言われお約束した日にちに行ったのに、ティファナ様の方が失念しておられたそうで。お屋敷にいらっしゃらなかったんだそうです。そのことでラウル様から怒られてしまったと、あんたのせいよと、サリアさんはティファナ様からひどく詰られたそうで……」
「……またそんなことを言っているのか。ティファナめ」
ロージエの話を聞けば聞くほど、ティファナに対する嫌悪感が増していく。本当に、思っていた女とは随分違ったものだ。
「サリアさんが、かわいそうです……」
「……全く。何故君が泣くんだ」
「だ、だって……」
ロージエは私の前で、すぐにこうしてポロポロと涙を零す。仕事で怒られた時もそうだし、私が抱いた後も幸せだと言っては泣く。こうして人に同情しても泣く。
か弱く、そして心優しい子だ。
要領よく巧みに嘘をつきながら公爵家の妻にまでなったティファナや、下心丸出しで媚びまくってくるサリアなどとはまるっきり違う。
縮れた赤毛やそばかすだらけの大して美しくもないその顔さえも、ロージエの何もかもが愛おしくてならなかった。
しかしその日、離れがたくももうさすがに帰らねばという頃になって、ロージエが聞き捨てならないことを言った。
「ラウル様……。私、結婚することになるもしれません」
「……何だって?」
思わずロージエの顔を見ると、彼女は悲しげに目を伏せた。
「もちろん、私の心は永遠にラウル様だけのものですわ。でも……。父が言うのです。とある年老いた田舎の領地の伯爵様が、後妻を探しておられると。お前をその方のところに行かせたいと考えている、と……。うちは男爵家とはいえ、家計は逼迫していますから。私、お金のためにその方に嫁がされることになるかもしれません。そうなればもう、こうして王宮で勤めることも、あなた様にお会いすることもできなくなりますわ」
「……っ、」
彼女の言葉を聞き、私は焦った。冗談じゃない。このロージエを、田舎の年老いた伯爵に譲るなど。私のものだ。ロージエは、私だけのものなのだ。
ふいにロージエが、私の体にしがみつき背中に腕を回してきた。
「……抱きしめてください、ラウル様。私を、ギュッてして……」
「……ロージエ……」
言われるがまま、私は彼女のか細い体を抱きしめた。その肩は小さく震えている。
「……どうして……、真実の愛ほど、実らないものなのでしょうね、ラウル様。私はあなたを、あなただけを、こんなにも愛しているのに。ラウル様に、ティファナ様と離縁する日まで待っていてほしいと言われて、私本当に嬉しかったんです。何年でも、何十年でも、死ぬまででも待つつもりでした。だけどそれはもう……叶いそうもありません……」
「っ! 諦めたようなことを言うな、ロージエ。どうにかする。……どうにかするから……」
「ですが、ラウル様……」
私はそれ以上何も言わせなかった。ロージエの顎を持ち上げ、強引に唇を奪う。
誰にも渡すものか。この子は、ロージエは、その辺の腹黒い令嬢たちとはわけが違う。私の心を唯一包み込み、真実の愛で私を癒してくれる、稀有な女なのだ。唯一無二の、私の愛する女。
この子を逃せば、私は生涯後悔し続けることになるだろう。
「……ティファナとは離縁する。そのために動く。ロージエ、どうかもうしばらく待っていていてくれ。そんな話は絶対に受けるな」
「……ラウル様……っ!」
何の計略も定まってはいなかったが、気付けば私はそう口にしていた。
ロージエの肌に自らの手を滑らせながら、私は頭の片隅でそんなことを思っていた。
深夜の執務室。まさかこの私が、こんな場所でこんなことをしているなど、誰一人夢にも思わないだろう。気付けばこうなっていた。いつの間にか、私はロージエに身も心も捕われてしまっていたのだ。そして底なし沼に足を突っ込んでしまったかのごとく、どんどん深みに嵌っていく。今さらもう、逃れようがない。いや、逃れたいとさえ思ってはいないのだ。
昔からティファナに苦手意識があり、サリアのような女には嫌悪感さえ持つこの私が、ロージエにだけは悪感情を持たなかった。それどころか、愚鈍で頼りないこの子が捨て犬のように情けない目をしながら私だけを頼ってくることに、どうしようもない優越感と庇護欲が湧いたのだ。ロージエに縋りつかれることで、愛を打ち明けられたことで、とてつもなく高揚した。
(……つまり私は、こういう子が好みのタイプということなのだろうな。自分でも初めて知った……)
「……先日サリアさんにまたお会いしたのですが、少し泣いていらっしゃいましたわ」
「……彼女が? 何故」
ワンピースのボタンを留めながら呟くようにそう言ったロージエに、私は問いかける。するとロージエがポツリポツリと語り出した。
「サリアさん、ティファナ様に会いにヘイワード公爵邸に行かれたのでしょう? ティファナ様から会いにおいでと言われお約束した日にちに行ったのに、ティファナ様の方が失念しておられたそうで。お屋敷にいらっしゃらなかったんだそうです。そのことでラウル様から怒られてしまったと、あんたのせいよと、サリアさんはティファナ様からひどく詰られたそうで……」
「……またそんなことを言っているのか。ティファナめ」
ロージエの話を聞けば聞くほど、ティファナに対する嫌悪感が増していく。本当に、思っていた女とは随分違ったものだ。
「サリアさんが、かわいそうです……」
「……全く。何故君が泣くんだ」
「だ、だって……」
ロージエは私の前で、すぐにこうしてポロポロと涙を零す。仕事で怒られた時もそうだし、私が抱いた後も幸せだと言っては泣く。こうして人に同情しても泣く。
か弱く、そして心優しい子だ。
要領よく巧みに嘘をつきながら公爵家の妻にまでなったティファナや、下心丸出しで媚びまくってくるサリアなどとはまるっきり違う。
縮れた赤毛やそばかすだらけの大して美しくもないその顔さえも、ロージエの何もかもが愛おしくてならなかった。
しかしその日、離れがたくももうさすがに帰らねばという頃になって、ロージエが聞き捨てならないことを言った。
「ラウル様……。私、結婚することになるもしれません」
「……何だって?」
思わずロージエの顔を見ると、彼女は悲しげに目を伏せた。
「もちろん、私の心は永遠にラウル様だけのものですわ。でも……。父が言うのです。とある年老いた田舎の領地の伯爵様が、後妻を探しておられると。お前をその方のところに行かせたいと考えている、と……。うちは男爵家とはいえ、家計は逼迫していますから。私、お金のためにその方に嫁がされることになるかもしれません。そうなればもう、こうして王宮で勤めることも、あなた様にお会いすることもできなくなりますわ」
「……っ、」
彼女の言葉を聞き、私は焦った。冗談じゃない。このロージエを、田舎の年老いた伯爵に譲るなど。私のものだ。ロージエは、私だけのものなのだ。
ふいにロージエが、私の体にしがみつき背中に腕を回してきた。
「……抱きしめてください、ラウル様。私を、ギュッてして……」
「……ロージエ……」
言われるがまま、私は彼女のか細い体を抱きしめた。その肩は小さく震えている。
「……どうして……、真実の愛ほど、実らないものなのでしょうね、ラウル様。私はあなたを、あなただけを、こんなにも愛しているのに。ラウル様に、ティファナ様と離縁する日まで待っていてほしいと言われて、私本当に嬉しかったんです。何年でも、何十年でも、死ぬまででも待つつもりでした。だけどそれはもう……叶いそうもありません……」
「っ! 諦めたようなことを言うな、ロージエ。どうにかする。……どうにかするから……」
「ですが、ラウル様……」
私はそれ以上何も言わせなかった。ロージエの顎を持ち上げ、強引に唇を奪う。
誰にも渡すものか。この子は、ロージエは、その辺の腹黒い令嬢たちとはわけが違う。私の心を唯一包み込み、真実の愛で私を癒してくれる、稀有な女なのだ。唯一無二の、私の愛する女。
この子を逃せば、私は生涯後悔し続けることになるだろう。
「……ティファナとは離縁する。そのために動く。ロージエ、どうかもうしばらく待っていていてくれ。そんな話は絶対に受けるな」
「……ラウル様……っ!」
何の計略も定まってはいなかったが、気付けば私はそう口にしていた。
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