上 下
22 / 74

21. 胸のざわめき(※sideラウル)

しおりを挟む
 翌日、誰も聞いていない時を見計らってクッキーの礼を言うと、ロージエはいつものように口をパクパクと動かしながら真っ赤になって慌てふためいていた。本当に変わった子だ。

 そんなある日、私が各部署へ書類を配ってまわり執務室へ戻ると、ちょうど部屋の中から二人の上官たちが出てきた。

「……ったく、泣けばいいってものじゃないだろう。何なんだあの娘は」
「採用の詳しい経緯は知らんが、コネで入ってきた小娘らしいからな。実力など皆無なのだろう。……しかしこうも我々の足を引っ張るとなると、腹立たしくてならん。さっさと辞めてくれないものかね。全く……!」

 上官たちは眉間に皺を寄せながらブツブツと文句を言い、私の横を通り過ぎていった。ある程度のことは予想しながら、私は執務室の扉を開けた。

「……大丈夫か」
「っ!! ……あ……、」

 案の定、部屋の中にいたのはロージエ一人だった。真っ赤な顔をして涙をポロポロと零している。私の存在に気付くと、その涙を両手でゴシゴシと乱暴に拭った。まるで幼子のようだ。

 ふいに、私の胸が妙な具合にざわめいた。……何だろう、この感覚は。愚鈍なロージエに対する怒りか……? いや、違う。そんな不快な気持ちは、特段感じてはいない。

「……今回は一体何だ。何を叱られていた」

 放っておけず、私は彼女の机に向かうと、俯いて震えているロージエの目の前にある書類の束を取り上げ、ザッと目を通す。

「……まだこの資料もまとめていなかったのか」
「っ! ……す……、すみません……。わ、私……、」

 私の言葉を聞き責められていると感じたのか、ロージエは再び涙をポトリと零し、細い肩を小刻みに震わせはじめた。

「……貸しなさい。今のうちにやってしまおう。私がこの分の資料を全部まとめるから、君はこの一覧表だけ作ってくれ」

 山積みになっている仕事の中から最も簡単なものだけをロージエに任せ、私は書類の束を持ち、自分の席へと戻る。

「っ!! あ、あ、……ありがとう、ございます……っ、ヘイワード様」

 背後からかけられる、縋りつくようなか細い声。
 私の胸が、また妙な具合にジンと痺れた。



 その頃から、ロージエは仕事内容以外のことでも私に話しかけてくるようになった。
 おそるおそるといった具合に、自信なさげな様子で私の顔色を窺いながら、それでも声をかけてくるロージエ。
 何故だか突き放すことができずに言葉を返してやると、ロージエは本当に嬉しそうに瞳を輝かせた。

「あ、あの……、ヘイワード様……。も、もしよろしければ…………」
「……何だ」
「っ!! ……あ、あの、……お、お昼を、ご一緒させていただけませんか……っ」
「……ああ。別に構わない」
「っ!! あ、ありがとうございます……っ!」

 ある日こんな会話を交わして以来、私はロージエと昼食を共にすることが多くなった。大抵は王宮からほど近い場所にある大通りのレストランなどで、私がご馳走してやることが多かった。

 その日もレストランで昼食をとりながら、ふいにロージエが私に尋ねてきた。

「あ、あの……、ヘイワード様は……、ご、ご婚約様が、いらっしゃるのですよね……?」
「……ああ。君にはいないのか?」
「は、はい。私の実家は男爵家とはいえ、かなり貧しいので。……良い方に縁付くのは、きっと難しいと思います」
「……そうなのか」

 ずっと気になっていた。家柄もさほどではない、しかも王宮勤めの文官の仕事がこなせるほどの賢さもない。一体この子はどうやって今の職にありついたのだろう。
 そのことを質問してみようかと思った時、ロージエの方が先に言葉を発した。

「あ、あの、実は私のお友達が、ヘイワード様のご婚約者の方のご家族になられたそうで……。サリアさんという方なのですが」
「……。……ああ……」

 ロージエのその言葉に、思い出したくもない顔が脳裏をよぎり、一気に気持ちが重くなった。
 ティファナの義妹のサリアか。くるくるとゴージャスに縦に巻いたピンクブロンドの長い髪に、金色の瞳。鼻にかかった甲高く甘ったるい声。喋るたびに肩や胸をくねくねと不快に揺らす、落ち着きのない低俗な女。
 先日、ティファナから誘われ初めてふたりで観劇に行ったのだが、その後彼女をオールディスの屋敷まで送り届けた際に偶然出くわしてしまった。案の定ぶりぶりと不気味に揺れ動きながら私の目の前までやって来ては、甘ったれた声で何やら厚かましいことを言っていた。
 私が一番嫌いなタイプの女だ。
 婚約者の家族なのだからたまには会うのも仕方のないことだが、できるなら一生関わりたくはない。

「……君はあのサリア嬢と仲が良いのか。意外だな。全くタイプが違うように思えるのだが。どこで知り合いに?」
「あ、あの、……はっきりとは覚えていないのですが、どなたかのお茶会の席で初めてお会いしたと記憶しています。それ以来、いつの間にか仲良くなって……。時々どこかのお茶会で顔を合わせたり、たまには二人きりで会ってお喋りすることもあります」
「……ほぉ」

 本当に意外だ。
 華やかで派手な見た目。我が強く常に騒がしく、甘ったれた雰囲気のサリア。
 華やかさや美しさとは程遠く、地味で陰気な雰囲気の、愚鈍なロージエ。

(……一体どこに親しくなる要素があるというのだろうか)



 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。

友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。 あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。 ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。 「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」 「わかりました……」 「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」 そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。 勘違い、すれ違いな夫婦の恋。 前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。 四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない

千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。 公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。 そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。 その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。 「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」 と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。 だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

【完結】愛してないなら触れないで

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「嫌よ、触れないで!!」  大金で買われた花嫁ローザリンデは、初夜の花婿レオナルドを拒んだ。  彼女には前世の記憶があり、その人生で夫レオナルドにより殺されている。生まれた我が子を抱くことも許されず、離れで一人寂しく死んだ。その過去を覚えたまま、私は結婚式の最中に戻っていた。  愛していないなら、私に触れないで。あなたは私を殺したのよ。この世に神様なんていなかったのだわ。こんな過酷な過去に私を戻したんだもの。嘆く私は知らなかった。記憶を持って戻ったのは、私だけではなかったのだと――。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2022/01/20  小説家になろう、恋愛日間22位 ※2022/01/21  カクヨム、恋愛週間18位 ※2022/01/20  アルファポリス、HOT10位 ※2022/01/16  エブリスタ、恋愛トレンド43位

処理中です...