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15. 突然の変化
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そして翌週、式の前に最後に会いにきてくださった時のラウル様も、前回と同じように優しかった。ラウル様はどうしてもサリアに会いたくないらしく、いつも学院から帰ってきていないくらいの時間を狙ってやって来る。義妹が不愉快な思いをさせてしまって、本当に申し訳ない……。
少しお茶をして帰っていくラウル様を、玄関ホールまで見送る。
「じゃあ、ティファナ。今日はこれで。式の日はこちらの準備を整えたら、君の控え室まで迎えに行くから。待っていておくれ」
そんなラウル様の優しい言葉に、自然と笑みが漏れる。
「ええ、ありがとう。嬉しいわ。よろしくお願いしますわね」
そう答えて微笑みあい、そのまま別れたのだ。
それから、たった一週間。結婚式当日。
彼は別人のように変わってしまっていた。
新婚初夜の、ヘイワード公爵邸に準備された、私たち夫婦の寝室で。
夜着を着てベッドサイドに腰かけていた私に向かって、ラウル様は、まるであの日サリアに見せたような冷たい目で私を見下ろし、言い放ったのだ。
「……最初に言っておく。この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることは、今後一切ない。君のような女性を好きになることなどないからだ。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。君もそのつもりでいてくれ。時が来れば、離縁しよう」
「…………は?」
思わず呆けたような声が出た。……一体この人は、何を言ってるのかしら。
ラウル様は、そのまま身を翻し寝室を出て行こうとする。呆然としていた私だったけれど、その行動に我に返り、慌てて彼の背中に声をかける。
「お……、お待ちください! ラウル様! 一体何なのですか」
「……」
彼はドアの前で渋々といった様子で歩みを止める。けれど振り返ることすらしない。私は立ち上がり、彼のそばまで歩み寄った。
「と、突然そのようなことを仰られましても、納得がいきません。どうなさったのです? 私には、あなたからそんな風に冷たく突き放される理由が分かりません。だって……、つい先週まで、あなたはとても優しくて……、」
「それは知らなかったからだ。君という人間の本性を」
「……え……?」
そう言いながら少し振り返ったラウル様の瞳は冷たく、まるで氷の手で心臓を握りつぶされるような衝撃を覚えた。……なぜ? たった一週間で、どうしてこんなに変わってしまったの……?
再び凍りつく私に、ラウル様は言い放った。
「自分の胸に手を当ててよく考えてみるといい。何故私が君を見限ったのか、これまで自分がどんな行いをしてきたか。……見抜けなかったことが悔やまれる。もう少しでも早く知っていれば、他の手段があったはずなのに」
「……ラ……、ラウル、さま……?」
本当に分からない。この人が言っている言葉の意味が。
胸に手を当てて考えろと言われても、私には本当に、何も思い当たるふしがない。何かを、誤解されてる……?
「私が何も知らないと思っていたのだろう。……実際、上手く騙された私にも落ち度はあるが。君は狡猾で、薄汚い人間だ。心底軽蔑するよ」
「……っ!」
理由も分からないままに、次々と放たれる鋭い刃のような言葉の数々。足がガクガクと震えはじめたのは、屈辱のためか、ショックからか、自分でも分からない。自然と涙が滲んできた。
「……あんまりです、ラウル様。そんなひどいことを言われるような心当たりは一切ございませんわ。せめて、きちんと理由をお話しください。それでなくては、万が一あなたが何かを誤解なさっているのだとしても、弁明のしようさえないじゃありませんか」
必死で訴える私の言葉を、ラウル様は鼻で笑った。
「……残念だったな。私はもう騙されない。君の淑女然とした姿にも、その姑息な涙にも。……私は、自分の信じると決めた人を信じるのみだ。信じるに値する人だけをな」
それだけ言い捨てると、ラウル様は今度こそドアを開け、寝室を出て行ってしまった。
「…………。何なの、一体……」
これが今現実に起こっていることとは、とても信じられなかった。婚約が決まって以降、あれほど努力を重ねてようやく互いに優しく会話を交わせるまでになっていたのに。
たった一週間の間に、一体何が起こったの……?
気付けば私は、床にへたり込んでいた。涙が一粒、ポタリと夜着に落ちる。
頑張ってきたのに。王太子殿下との婚約は叶わなくとも、ヘイワード公爵令息と良き夫婦になることで、父にも、天国の母にも安心してもらいたいと思って頑張ってきたのに。そしてラウル様を支え、良き妻になろうと、そう心に決めていたのに。
(……また、ダメになっちゃった)
「……、……ふ……、」
一度嗚咽が漏れると、もう駄目だった。心が壊れたかのように、次から次へと涙が溢れて止まらない。
私は床に座り込んだまま、無様な泣き声を必死で堪えながら、止めどなく涙を流し続けた。
少しお茶をして帰っていくラウル様を、玄関ホールまで見送る。
「じゃあ、ティファナ。今日はこれで。式の日はこちらの準備を整えたら、君の控え室まで迎えに行くから。待っていておくれ」
そんなラウル様の優しい言葉に、自然と笑みが漏れる。
「ええ、ありがとう。嬉しいわ。よろしくお願いしますわね」
そう答えて微笑みあい、そのまま別れたのだ。
それから、たった一週間。結婚式当日。
彼は別人のように変わってしまっていた。
新婚初夜の、ヘイワード公爵邸に準備された、私たち夫婦の寝室で。
夜着を着てベッドサイドに腰かけていた私に向かって、ラウル様は、まるであの日サリアに見せたような冷たい目で私を見下ろし、言い放ったのだ。
「……最初に言っておく。この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることは、今後一切ない。君のような女性を好きになることなどないからだ。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。君もそのつもりでいてくれ。時が来れば、離縁しよう」
「…………は?」
思わず呆けたような声が出た。……一体この人は、何を言ってるのかしら。
ラウル様は、そのまま身を翻し寝室を出て行こうとする。呆然としていた私だったけれど、その行動に我に返り、慌てて彼の背中に声をかける。
「お……、お待ちください! ラウル様! 一体何なのですか」
「……」
彼はドアの前で渋々といった様子で歩みを止める。けれど振り返ることすらしない。私は立ち上がり、彼のそばまで歩み寄った。
「と、突然そのようなことを仰られましても、納得がいきません。どうなさったのです? 私には、あなたからそんな風に冷たく突き放される理由が分かりません。だって……、つい先週まで、あなたはとても優しくて……、」
「それは知らなかったからだ。君という人間の本性を」
「……え……?」
そう言いながら少し振り返ったラウル様の瞳は冷たく、まるで氷の手で心臓を握りつぶされるような衝撃を覚えた。……なぜ? たった一週間で、どうしてこんなに変わってしまったの……?
再び凍りつく私に、ラウル様は言い放った。
「自分の胸に手を当ててよく考えてみるといい。何故私が君を見限ったのか、これまで自分がどんな行いをしてきたか。……見抜けなかったことが悔やまれる。もう少しでも早く知っていれば、他の手段があったはずなのに」
「……ラ……、ラウル、さま……?」
本当に分からない。この人が言っている言葉の意味が。
胸に手を当てて考えろと言われても、私には本当に、何も思い当たるふしがない。何かを、誤解されてる……?
「私が何も知らないと思っていたのだろう。……実際、上手く騙された私にも落ち度はあるが。君は狡猾で、薄汚い人間だ。心底軽蔑するよ」
「……っ!」
理由も分からないままに、次々と放たれる鋭い刃のような言葉の数々。足がガクガクと震えはじめたのは、屈辱のためか、ショックからか、自分でも分からない。自然と涙が滲んできた。
「……あんまりです、ラウル様。そんなひどいことを言われるような心当たりは一切ございませんわ。せめて、きちんと理由をお話しください。それでなくては、万が一あなたが何かを誤解なさっているのだとしても、弁明のしようさえないじゃありませんか」
必死で訴える私の言葉を、ラウル様は鼻で笑った。
「……残念だったな。私はもう騙されない。君の淑女然とした姿にも、その姑息な涙にも。……私は、自分の信じると決めた人を信じるのみだ。信じるに値する人だけをな」
それだけ言い捨てると、ラウル様は今度こそドアを開け、寝室を出て行ってしまった。
「…………。何なの、一体……」
これが今現実に起こっていることとは、とても信じられなかった。婚約が決まって以降、あれほど努力を重ねてようやく互いに優しく会話を交わせるまでになっていたのに。
たった一週間の間に、一体何が起こったの……?
気付けば私は、床にへたり込んでいた。涙が一粒、ポタリと夜着に落ちる。
頑張ってきたのに。王太子殿下との婚約は叶わなくとも、ヘイワード公爵令息と良き夫婦になることで、父にも、天国の母にも安心してもらいたいと思って頑張ってきたのに。そしてラウル様を支え、良き妻になろうと、そう心に決めていたのに。
(……また、ダメになっちゃった)
「……、……ふ……、」
一度嗚咽が漏れると、もう駄目だった。心が壊れたかのように、次から次へと涙が溢れて止まらない。
私は床に座り込んだまま、無様な泣き声を必死で堪えながら、止めどなく涙を流し続けた。
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