上 下
13 / 74

12. 思いの丈を

しおりを挟む
 婚約から四ヶ月ほどが経ったその日、私は勇気を出して自分からお手紙を出し、ラウル様を観劇に誘ってみた。いつまでも待っていたところで、向こうから私をどこかに誘ってくれることなど絶対にないのだから。ただ、最低限の義理を果たすといった感じで時折我が家へお茶をしに来るだけ。

「お迎えに来てくださってありがとうございます、ラウル様」
「……いえ。こちらこそお誘いありがとう。……行きましょうか」

 めいっぱいめかしこんできても、ラウル様から私への褒め言葉はやはりない。それでも私は、普段よりさらに完璧に身支度を整えて来てくれたラウル様に、優しく言葉をかけた。

「今日のラウル様は、いつにも増して素敵ですわ」
「ありがとう」
「……」
「……」

 ……気にしない気にしない。私たちは、これから距離を縮めていくんだから。



 お芝居は王道の悲恋ものだったけれど、意外にもラウル様はそれなりに楽しんでくださったようだ。
 お芝居を見た後馬車まで歩きながら、私たちは少し会話を交わした。

「いかがでしたか? ラウル様。今日のお芝居」
「ええ。台詞が随所で美しくてよかった。想いあう二人が互いにその胸の内を隠したまま最後の別れを交わす場面も、とても切なく、あの歌声は素晴らしかったと思います」

 いつもより随分饒舌なラウル様に嬉しくなった私は、頷きながら言葉を返す。

「私も、あのシーンは胸がいっぱいになりましたわ。長年の想いが成就せず、永遠に離れ離れになるなんて……。その悲しみが刺さる歌声でしたわね」

 私の言葉に束の間静かになったラウル様は、前を向いたまま、ふいに私に尋ねた。
 それはラウル様から私への、初めての質問だった。

「あなたは、いかがなのですか。王太子殿下のご婚約者となられるために、幼少の頃から身を粉にして努力なさってきたはずだ。無粋に聞こえるかもしれませんが、その長年の努力は水泡に帰し、私という望まぬ相手の元へ嫁ぐことになってしまった。正直、落胆が大きかったのではないですか」
「……」

(ラウル様……)

 その言葉を聞いて、咄嗟に思った。もしかしたら、ラウル様の態度がこんなにも素っ気ないのは、自分のところへ嫁いでくる女が、それを望んでいないということが気にかかっているのかもしれないと。ヘイワード公爵家嫡男である自分の元に嫁ぐ栄誉を、渋々といった体で受けたかもしれないこちら側の内心を、訝っていらっしゃるのだろうか。

(……ううん。だけどこんなこと、貴族家同士の結婚ではよくあること。誰もが条件ありきで相手を見繕い、叶わなければ次の候補者宅へ打診をする。皆その繰り返しだわ)

 ラウル様の本心は分からないけれど、私は慎重に言葉を選びながら答えた。

「……同じ年頃の他の高位貴族のご令嬢方と同様に、私も、両親に言われるがまま王太子殿下の婚約者という立場を目指していたのは事実です。それが叶えばオールディス侯爵家にとってこの上ない栄誉であることも分かっていたし、両親の期待に応えたくて、がむしゃらに頑張ってまいりました。ですが、私が個人的に王太子殿下に想いを寄せていたわけではございませんし、何一つ悔いは残っておりませんわ」
「……」
「それに、ラウル様。誤解なきように申し上げておきますが、私は決して、あなた様との結婚を嫌だとは思っておりません。むしろ、感謝しているんです。こんな至らぬ私を拾い上げてくださったのが、両親が敬愛するヘイワード公爵家であることを。あなた様と良き夫婦になって、今度こそ、父や天国の母を安心させたいですわ」

 ほんの少しの嘘を織り交ぜながら、私は自分の思いの丈を伝えた。本当は、ラウル様が結婚相手だと聞かされた時は、嫌だなぁとは思ってしまったけれど……。
 ここでそのことまで馬鹿正直に暴露するのは、決して得策ではない。そんなことを聞かされて、たとえ同じ気持ちであったとしても、愉快になる人間はいない。

「ですから、ラウル様。私たち、これまでずっとあまり親しくしてはきませんでしたが、私はこれからあなたのことを、もっとたくさん知りたいのです。少しずつでも心を通わせあって、あなたと仲の良い夫婦になりたい。……そう思っています」

 ラウル様はずっと黙ったまま、前を向いてゆっくりと歩きながら、私の話を聞いてくれていた。そして私が話し終わると、ふとこちらを見て、そしてほんのわずか、微笑んだ。

「……ありがとう、ティファナ嬢」

 名前を呼ばれたのも、初めてだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。

友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。 あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。 ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。 「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」 「わかりました……」 「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」 そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。 勘違い、すれ違いな夫婦の恋。 前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。 四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...