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8. ティファナへの秘めた想い(※sideアルバート)
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(……本当に、ますます綺麗になったな。驚いた)
ティファナとカトリーナ嬢に背を向け歩き出した俺は、ようやく深い息をついた。まだ心臓が暴れている。
十も年下の彼女に、こうも激しく心を乱されてしまうとは。
たった今目に焼き付けたティファナの愛らしい笑顔を思い浮かべながら、俺は自分の不運さを呪った。
国王の弟である俺は、王太子が誕生して数年経った頃から、ティファナと顔を合わせる機会はたびたびあった。王太子と同じ年にこの世に生を受けた侯爵家の娘であるティファナが、王太子の婚約者候補の一人に名を連ねたからだ。
両親とともに、頻繁に王宮にやって来るようになったティファナ。幼少の頃から、俺は彼女のことを愛らしい子だなとは思っていた。
透き通るホワイトブロンドの、絹糸のような髪。陶器のような滑らかな白い肌に、深く澄んだ紫色の瞳はアメジストを彷彿とさせた。よく言葉を交わすようになったのは、俺が15歳、ティファナが5歳の頃だったろうか。明るく愛嬌のあるティファナは、俺のことをお兄さま、お兄さまと可愛らしい声で呼んでは懐いてくれた。
王弟殿下に対して失礼だから、そのような呼び方はお止めなさいとティファナを叱るオールディス侯爵夫人に、このままで構わないと言ったのは俺だった。
「まだ幼いのだから、お兄様と呼んでくれていいんだよ。年頃になれば自然と変わるさ。な?」
そう言って頭を撫でてやると、ティファナは頬を桃色に染めてクスクスと笑っていた。本当に可愛かった。
その頃から特別な感情があったわけではない。……いや、違うな。王宮に出入りしていた同じ年頃の、他の貴族家の娘たちに比べれば、たしかに俺はティファナを特別に可愛がってはいた。あの子は俺のことが大好きだったし、懐いてくれる様子はとても愛らしかった。だけどそれは別に恋愛感情などではなかった。
それなのに。
年々美しく、侯爵令嬢らしい気品と教養を兼ね備え立派に成長していくティファナの姿を見かけるたびに、この胸が疼くようになったのは、一体いつからだっただろうか。ティファナはひたむきで、真面目な子だった。年月が経つにつれ、王太子の婚約者はエーメリー公爵家のカトリーナ嬢に決まるであろう雰囲気が濃厚になってきて、他の候補者の令嬢たちは明らかにやる気を失っていっていた。王妃陛下が主催する茶会や、その他様々な催し事で王宮に姿を見せる令嬢たちから、かつてのギラギラとした熱が徐々に薄れていく様子がありありと見てとれた。カトリーナ嬢が非常に優秀だったからだ。同じように優秀な令嬢が他に数人いたとしても、同レベルであれば、やはり国内で最も格式高い公爵家の令嬢が王太子妃の座に収まることは、ごく自然な流れであった。
しかし、ティファナだけは最後まで諦めていなかった。ご両親であるオールディス侯爵夫妻の期待と願いをひしひしと感じていたのだろう。学院にも通っていたというのに、休日には婚約者候補者たちが使用を許可されていた王宮内のだだっ広い図書館に入り浸るようにして日々勉強を重ね、王妃陛下が主催する令嬢たちの茶会でも、誰より真剣に王妃陛下の話を聞いていたらしい。ある時王妃陛下がそのことをポツリと褒めていたのを耳にしたことがある。あの子の真面目さと集中力はすごいと。
王太子の婚約者となるべく血の滲むような努力を重ねるティファナの姿を見て、胸がチクリと痛むようになってきたのは、いつからだったろうか。
あの子があんなにも努力しているのは、王太子の妃となるためなのだ。その事実が、俺の心をひそかに曇らせるようになっていた。けれど、もちろんそんな内心を表に出すわけにはいかない。言いようのない焦燥や胸の痛みを抱えたまま、俺は時折王宮ですれ違うティファナとの挨拶や世間話を楽しんでいた。
しかしその束の間のひとときに、この胸がますます激しくかき乱され、ときめきを覚えるようになっていき、俺は困り果てていた。年々美しくなっていくティファナの微笑みは、俺の心を翻弄していた。
「ごきげんよう、お兄様」
王宮ですれ違うたびに、そう挨拶をして微笑みかけてくれるティファナを見ると思わず赤面しそうになり、平常心を保つのに苦労するようになっていった。
みっともなく動揺するのは止めろ。ティファナにとって、俺はあくまで“お兄様”なんだ。十も年上の王弟が、自分に心を寄せているなどと彼女が察してしまったら、一体どう思われることか。
「……ああ、ティファナか。また図書館に来ていたのかい? 本当に、君はよく頑張るね」
心臓が狂ったように暴れていることなどおくびにも出さず、俺は年上の余裕を見せるかのように静かに微笑みを返したものだ。
ティファナとカトリーナ嬢に背を向け歩き出した俺は、ようやく深い息をついた。まだ心臓が暴れている。
十も年下の彼女に、こうも激しく心を乱されてしまうとは。
たった今目に焼き付けたティファナの愛らしい笑顔を思い浮かべながら、俺は自分の不運さを呪った。
国王の弟である俺は、王太子が誕生して数年経った頃から、ティファナと顔を合わせる機会はたびたびあった。王太子と同じ年にこの世に生を受けた侯爵家の娘であるティファナが、王太子の婚約者候補の一人に名を連ねたからだ。
両親とともに、頻繁に王宮にやって来るようになったティファナ。幼少の頃から、俺は彼女のことを愛らしい子だなとは思っていた。
透き通るホワイトブロンドの、絹糸のような髪。陶器のような滑らかな白い肌に、深く澄んだ紫色の瞳はアメジストを彷彿とさせた。よく言葉を交わすようになったのは、俺が15歳、ティファナが5歳の頃だったろうか。明るく愛嬌のあるティファナは、俺のことをお兄さま、お兄さまと可愛らしい声で呼んでは懐いてくれた。
王弟殿下に対して失礼だから、そのような呼び方はお止めなさいとティファナを叱るオールディス侯爵夫人に、このままで構わないと言ったのは俺だった。
「まだ幼いのだから、お兄様と呼んでくれていいんだよ。年頃になれば自然と変わるさ。な?」
そう言って頭を撫でてやると、ティファナは頬を桃色に染めてクスクスと笑っていた。本当に可愛かった。
その頃から特別な感情があったわけではない。……いや、違うな。王宮に出入りしていた同じ年頃の、他の貴族家の娘たちに比べれば、たしかに俺はティファナを特別に可愛がってはいた。あの子は俺のことが大好きだったし、懐いてくれる様子はとても愛らしかった。だけどそれは別に恋愛感情などではなかった。
それなのに。
年々美しく、侯爵令嬢らしい気品と教養を兼ね備え立派に成長していくティファナの姿を見かけるたびに、この胸が疼くようになったのは、一体いつからだっただろうか。ティファナはひたむきで、真面目な子だった。年月が経つにつれ、王太子の婚約者はエーメリー公爵家のカトリーナ嬢に決まるであろう雰囲気が濃厚になってきて、他の候補者の令嬢たちは明らかにやる気を失っていっていた。王妃陛下が主催する茶会や、その他様々な催し事で王宮に姿を見せる令嬢たちから、かつてのギラギラとした熱が徐々に薄れていく様子がありありと見てとれた。カトリーナ嬢が非常に優秀だったからだ。同じように優秀な令嬢が他に数人いたとしても、同レベルであれば、やはり国内で最も格式高い公爵家の令嬢が王太子妃の座に収まることは、ごく自然な流れであった。
しかし、ティファナだけは最後まで諦めていなかった。ご両親であるオールディス侯爵夫妻の期待と願いをひしひしと感じていたのだろう。学院にも通っていたというのに、休日には婚約者候補者たちが使用を許可されていた王宮内のだだっ広い図書館に入り浸るようにして日々勉強を重ね、王妃陛下が主催する令嬢たちの茶会でも、誰より真剣に王妃陛下の話を聞いていたらしい。ある時王妃陛下がそのことをポツリと褒めていたのを耳にしたことがある。あの子の真面目さと集中力はすごいと。
王太子の婚約者となるべく血の滲むような努力を重ねるティファナの姿を見て、胸がチクリと痛むようになってきたのは、いつからだったろうか。
あの子があんなにも努力しているのは、王太子の妃となるためなのだ。その事実が、俺の心をひそかに曇らせるようになっていた。けれど、もちろんそんな内心を表に出すわけにはいかない。言いようのない焦燥や胸の痛みを抱えたまま、俺は時折王宮ですれ違うティファナとの挨拶や世間話を楽しんでいた。
しかしその束の間のひとときに、この胸がますます激しくかき乱され、ときめきを覚えるようになっていき、俺は困り果てていた。年々美しくなっていくティファナの微笑みは、俺の心を翻弄していた。
「ごきげんよう、お兄様」
王宮ですれ違うたびに、そう挨拶をして微笑みかけてくれるティファナを見ると思わず赤面しそうになり、平常心を保つのに苦労するようになっていった。
みっともなく動揺するのは止めろ。ティファナにとって、俺はあくまで“お兄様”なんだ。十も年上の王弟が、自分に心を寄せているなどと彼女が察してしまったら、一体どう思われることか。
「……ああ、ティファナか。また図書館に来ていたのかい? 本当に、君はよく頑張るね」
心臓が狂ったように暴れていることなどおくびにも出さず、俺は年上の余裕を見せるかのように静かに微笑みを返したものだ。
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