【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売

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2. 気まずい空間

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 それでもこの婚約がうちにとって非常にプラスになるものであるのは間違いない。彼のことを生理的に受け付けないので別の人に変えてください、なんてとても言えない。ヘイワード公爵家は由緒正しい立派なお家柄。広大な領地に、莫大な資産。順調な領地経営。親同士の相性も抜群。オールディス侯爵家にとっては非常に良い縁なのだ。
 しかも私は、両親の期待に応えることができなかった。あれほど望まれていたのに、王太子殿下の婚約者の座を得ることができなかったのだ。せめてこの婚約だけは、上手くいくように頑張らなくちゃ。
 ……そうは思うのだけど……。ああ、よりによって、この人かぁ……と落胆する気持ちが拮抗している。この人と一生を共にするのか。辛い。向こうも同様にがっかりしていることが分かるから、ますます辛い。

 だけど、こうと決まった以上駄々をこねたって仕方がない。貴族の娘として、この状況で私にできることはただ一つ。

 今日この時から、ラウル様との長年の溝をできる限り埋め、無事結婚までこぎつけ、つつがない結婚生活を送ること。やがてはヘイワード公爵家の後継ぎを産み、夫を支え、ヘイワード公爵夫人として立派にその責務を成し遂げること。

 ……一つじゃないわね。やるべきことだらけ。これからの長い人生、試練の連続だわ。……頑張らなきゃ。私に他の選択肢なんてないのだから。

 ……よしっ。

 すっかり黙り込んでしまったラウル様を前にして、私はひそかに気合いを入れた。そして静かに息を吸い込み、極めて優しい笑みを浮かべる。

「まさかあなた様と婚約することになるとは、驚きましたわ。父もとても喜んでおりました。敬愛するヘイワード公爵と夫人とのご縁も、ますます深くなると」

 なんとなくぼんやりした様子で俯き加減だったラウル様も、気を取り直したように笑顔を作り直して言った。

「……ええ。私の両親も、あなたの家とのご縁を結ぶことができてホッとしているようです」
「……」

 それだけ言って再び黙ってしまう。話を繋がなくてはと、私はまた慌てて口を開いた。

「それは嬉しいですわ。私たちは昔からよく顔を合わせていたわりには、あまりお話をしてきませんでしたものね。よかったらこれからラウル様のことを、いろいろと教えてくださいませ。私のことも、何でもお話ししますわね」
「……ありがとう」
「……」

 いや、ちょっと待ってよ。
 もう少し何か喋ってくれてもいいんじゃないの?
 あまりにもそっけない態度に、私は少し不快な気持ちになった。どうやら彼はまだ、私と同じようにこの婚約に対して前向きな気持ちにはなれないでいるらしい。

(……まぁ、私もまだ完全に前向きなわけでも、受け入れられたわけでもないものね。仕方ないか。お互い徐々に変わっていくしかないわよね……)

 露骨に不機嫌な態度をとるわけでも、会話を無視されるわけでもない。私は君との結婚など絶対に嫌だと拒絶されているわけでもない。一応向こうも、このまま私と結婚することを拒むつもりはないのだろうから。
 何を考えているのかは、さっぱり分からないけれど。

 それから十分ほどだろうか、私の方から何度か話題を振り、ラウル様との会話を盛り上げようと試みた。互いに違う学園を卒業していたから、学園時代の生活や勉強について尋ねてみたり、どんなことをするのが好きなのか、交友関係は、領地の仕事はどのようなことを任されているのか、などなど、思いつく限り話しかけた。ラウル様は王宮で文官の仕事もなさっているから、そのことについて質問したりもしてみた。あらゆる話題で何とかコミュニケーションをとろうと頑張った。
 だけどラウル様の返事は大抵一言二言で終わってしまい、しかも向こうから私に対して何かを質問されることはない。話が全然広がらず気まずいまま、「では、そろそろ失礼します」と言って彼は帰っていったのだった。
 これからよろしくとか、仲良くやっていこうとか、そんな前向きな言葉はついに一言も告げられなかった。



 ラウル様が帰り、ぐったりと気疲れした私はすぐに屋敷の二階にある自室に上がった。そのまま重い足をずるずると引きずるようにしてソファーにたどり着くと、はしたなくもドカッと勢いよく体重を預けた。まさに崩れ落ちる、というやつだ。

 ……疲れた……。
 思わず両手で顔を覆い、深くため息をつく。気が重い。先が思いやられる。
 私の結婚生活は、どんなものになるのだろうか。
 今日のラウル様の態度を見ていると、そんな不安でいっぱいになる。

 その時だった。

「お義姉さま、ラウル様はもうお帰りになったの?」
「……サリア」

 ふいに鈴を振ったような高い声が聞こえ、私は扉の方に目を向けた。
 そこに立って部屋の中を覗き込んでいたのは、義妹のサリアだった。




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