3 / 74
2. 気まずい空間
しおりを挟む
それでもこの婚約がうちにとって非常にプラスになるものであるのは間違いない。彼のことを生理的に受け付けないので別の人に変えてください、なんてとても言えない。ヘイワード公爵家は由緒正しい立派なお家柄。広大な領地に、莫大な資産。順調な領地経営。親同士の相性も抜群。オールディス侯爵家にとっては非常に良い縁なのだ。
しかも私は、両親の期待に応えることができなかった。あれほど望まれていたのに、王太子殿下の婚約者の座を得ることができなかったのだ。せめてこの婚約だけは、上手くいくように頑張らなくちゃ。
……そうは思うのだけど……。ああ、よりによって、この人かぁ……と落胆する気持ちが拮抗している。この人と一生を共にするのか。辛い。向こうも同様にがっかりしていることが分かるから、ますます辛い。
だけど、こうと決まった以上駄々をこねたって仕方がない。貴族の娘として、この状況で私にできることはただ一つ。
今日この時から、ラウル様との長年の溝をできる限り埋め、無事結婚までこぎつけ、つつがない結婚生活を送ること。やがてはヘイワード公爵家の後継ぎを産み、夫を支え、ヘイワード公爵夫人として立派にその責務を成し遂げること。
……一つじゃないわね。やるべきことだらけ。これからの長い人生、試練の連続だわ。……頑張らなきゃ。私に他の選択肢なんてないのだから。
……よしっ。
すっかり黙り込んでしまったラウル様を前にして、私はひそかに気合いを入れた。そして静かに息を吸い込み、極めて優しい笑みを浮かべる。
「まさかあなた様と婚約することになるとは、驚きましたわ。父もとても喜んでおりました。敬愛するヘイワード公爵と夫人とのご縁も、ますます深くなると」
なんとなくぼんやりした様子で俯き加減だったラウル様も、気を取り直したように笑顔を作り直して言った。
「……ええ。私の両親も、あなたの家とのご縁を結ぶことができてホッとしているようです」
「……」
それだけ言って再び黙ってしまう。話を繋がなくてはと、私はまた慌てて口を開いた。
「それは嬉しいですわ。私たちは昔からよく顔を合わせていたわりには、あまりお話をしてきませんでしたものね。よかったらこれからラウル様のことを、いろいろと教えてくださいませ。私のことも、何でもお話ししますわね」
「……ありがとう」
「……」
いや、ちょっと待ってよ。
もう少し何か喋ってくれてもいいんじゃないの?
あまりにもそっけない態度に、私は少し不快な気持ちになった。どうやら彼はまだ、私と同じようにこの婚約に対して前向きな気持ちにはなれないでいるらしい。
(……まぁ、私もまだ完全に前向きなわけでも、受け入れられたわけでもないものね。仕方ないか。お互い徐々に変わっていくしかないわよね……)
露骨に不機嫌な態度をとるわけでも、会話を無視されるわけでもない。私は君との結婚など絶対に嫌だと拒絶されているわけでもない。一応向こうも、このまま私と結婚することを拒むつもりはないのだろうから。
何を考えているのかは、さっぱり分からないけれど。
それから十分ほどだろうか、私の方から何度か話題を振り、ラウル様との会話を盛り上げようと試みた。互いに違う学園を卒業していたから、学園時代の生活や勉強について尋ねてみたり、どんなことをするのが好きなのか、交友関係は、領地の仕事はどのようなことを任されているのか、などなど、思いつく限り話しかけた。ラウル様は王宮で文官の仕事もなさっているから、そのことについて質問したりもしてみた。あらゆる話題で何とかコミュニケーションをとろうと頑張った。
だけどラウル様の返事は大抵一言二言で終わってしまい、しかも向こうから私に対して何かを質問されることはない。話が全然広がらず気まずいまま、「では、そろそろ失礼します」と言って彼は帰っていったのだった。
これからよろしくとか、仲良くやっていこうとか、そんな前向きな言葉はついに一言も告げられなかった。
ラウル様が帰り、ぐったりと気疲れした私はすぐに屋敷の二階にある自室に上がった。そのまま重い足をずるずると引きずるようにしてソファーにたどり着くと、はしたなくもドカッと勢いよく体重を預けた。まさに崩れ落ちる、というやつだ。
……疲れた……。
思わず両手で顔を覆い、深くため息をつく。気が重い。先が思いやられる。
私の結婚生活は、どんなものになるのだろうか。
今日のラウル様の態度を見ていると、そんな不安でいっぱいになる。
その時だった。
「お義姉さま、ラウル様はもうお帰りになったの?」
「……サリア」
ふいに鈴を振ったような高い声が聞こえ、私は扉の方に目を向けた。
そこに立って部屋の中を覗き込んでいたのは、義妹のサリアだった。
しかも私は、両親の期待に応えることができなかった。あれほど望まれていたのに、王太子殿下の婚約者の座を得ることができなかったのだ。せめてこの婚約だけは、上手くいくように頑張らなくちゃ。
……そうは思うのだけど……。ああ、よりによって、この人かぁ……と落胆する気持ちが拮抗している。この人と一生を共にするのか。辛い。向こうも同様にがっかりしていることが分かるから、ますます辛い。
だけど、こうと決まった以上駄々をこねたって仕方がない。貴族の娘として、この状況で私にできることはただ一つ。
今日この時から、ラウル様との長年の溝をできる限り埋め、無事結婚までこぎつけ、つつがない結婚生活を送ること。やがてはヘイワード公爵家の後継ぎを産み、夫を支え、ヘイワード公爵夫人として立派にその責務を成し遂げること。
……一つじゃないわね。やるべきことだらけ。これからの長い人生、試練の連続だわ。……頑張らなきゃ。私に他の選択肢なんてないのだから。
……よしっ。
すっかり黙り込んでしまったラウル様を前にして、私はひそかに気合いを入れた。そして静かに息を吸い込み、極めて優しい笑みを浮かべる。
「まさかあなた様と婚約することになるとは、驚きましたわ。父もとても喜んでおりました。敬愛するヘイワード公爵と夫人とのご縁も、ますます深くなると」
なんとなくぼんやりした様子で俯き加減だったラウル様も、気を取り直したように笑顔を作り直して言った。
「……ええ。私の両親も、あなたの家とのご縁を結ぶことができてホッとしているようです」
「……」
それだけ言って再び黙ってしまう。話を繋がなくてはと、私はまた慌てて口を開いた。
「それは嬉しいですわ。私たちは昔からよく顔を合わせていたわりには、あまりお話をしてきませんでしたものね。よかったらこれからラウル様のことを、いろいろと教えてくださいませ。私のことも、何でもお話ししますわね」
「……ありがとう」
「……」
いや、ちょっと待ってよ。
もう少し何か喋ってくれてもいいんじゃないの?
あまりにもそっけない態度に、私は少し不快な気持ちになった。どうやら彼はまだ、私と同じようにこの婚約に対して前向きな気持ちにはなれないでいるらしい。
(……まぁ、私もまだ完全に前向きなわけでも、受け入れられたわけでもないものね。仕方ないか。お互い徐々に変わっていくしかないわよね……)
露骨に不機嫌な態度をとるわけでも、会話を無視されるわけでもない。私は君との結婚など絶対に嫌だと拒絶されているわけでもない。一応向こうも、このまま私と結婚することを拒むつもりはないのだろうから。
何を考えているのかは、さっぱり分からないけれど。
それから十分ほどだろうか、私の方から何度か話題を振り、ラウル様との会話を盛り上げようと試みた。互いに違う学園を卒業していたから、学園時代の生活や勉強について尋ねてみたり、どんなことをするのが好きなのか、交友関係は、領地の仕事はどのようなことを任されているのか、などなど、思いつく限り話しかけた。ラウル様は王宮で文官の仕事もなさっているから、そのことについて質問したりもしてみた。あらゆる話題で何とかコミュニケーションをとろうと頑張った。
だけどラウル様の返事は大抵一言二言で終わってしまい、しかも向こうから私に対して何かを質問されることはない。話が全然広がらず気まずいまま、「では、そろそろ失礼します」と言って彼は帰っていったのだった。
これからよろしくとか、仲良くやっていこうとか、そんな前向きな言葉はついに一言も告げられなかった。
ラウル様が帰り、ぐったりと気疲れした私はすぐに屋敷の二階にある自室に上がった。そのまま重い足をずるずると引きずるようにしてソファーにたどり着くと、はしたなくもドカッと勢いよく体重を預けた。まさに崩れ落ちる、というやつだ。
……疲れた……。
思わず両手で顔を覆い、深くため息をつく。気が重い。先が思いやられる。
私の結婚生活は、どんなものになるのだろうか。
今日のラウル様の態度を見ていると、そんな不安でいっぱいになる。
その時だった。
「お義姉さま、ラウル様はもうお帰りになったの?」
「……サリア」
ふいに鈴を振ったような高い声が聞こえ、私は扉の方に目を向けた。
そこに立って部屋の中を覗き込んでいたのは、義妹のサリアだった。
416
お気に入りに追加
1,899
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
※本編はマリエルの感情がメインだったこともあってマリエル一人称をベースにジュリウス視点を入れていましたが、番外部分は基本三人称でお送りしています。
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
旦那様、離婚してくださいませ!
ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。
まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。
離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。
今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。
夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。
それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。
お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに……
なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!
私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜
みおな
恋愛
大好きだった人。
一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。
なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。
もう誰も信じられない。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる