【完結済】王妃になりたかったのではありません。ただあなたの妻になりたかったのです。

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最終話. 妻への想い・前編(※sideジェレミー)

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 ベッドの上で生まれたばかりの我が息子を抱く、愛おしい妻。

 元々気品溢れる美しさの持ち主ではあったが、愛のこもった瞳で腕の中の赤ん坊を見つめているその姿は、まるで聖母そのものだ。

 結婚してもう何年も経つというのに、私はいまだにこうして妻に見とれてしまう。子どもの頃から今でもずっと、私は妻に恋い焦がれている。

「みちてー。ねぇおかあたま!あたちにもみちてー」
「ふふ、はいはい。……ほら、よく見てリゼット。あなたの弟のハビエルよ。優しくしてあげてね」
「かあいー」

 2歳になったばかりの娘リゼットは、妻の抱く赤ん坊を見て可愛いと言う。そう言うお前もとても可愛いんだよ、リゼット。
 結婚してから、私の宝物が次々に増えていく。

「……体は辛くないかい?フィオレンサ」

 出産という大仕事を終えて間もない妻の体を、私は気遣う。無理はしてほしくない。

「ええ、大丈夫よ。あなたこそ、お仕事の方は……」
「ああ、問題ないよ。君が普段からしっかり書類を捌いてくれていたからね。充分やっていけてる。領地の仕事のことは何も気にせず、今はゆっくり休んでおくれ。……ありがとう、フィオレンサ」

 私は妻の額に、優しくキスをした。






 私が初めてフィオレンサに出会ったのは、幼き日、母に連れられて行った茶会の場だった。
 同じ年頃の、小さな可愛い娘。その愛らしさは天使のようで、私は彼女から目が離せなかった。緊張してあまり話せずにいた私に、ニコニコしながらたくさん話しかけてくれた。今思えば、大人しい彼女なりに一生懸命私を気遣ってくれていたのだろう。屈託なく笑うその表情を、今でもはっきりと覚えている。
 そのフィオレンサが王太子殿下の婚約者であると知った時のショックは、計り知れなかった。辛くてたまらず、幼い私は密かに部屋で涙を拭ったものだった。



 貴族学園に通っていた頃の日々は、まさに夢のようだった。数年間、あのフィオレンサと同じ場所で共に学べたのだ。より一層美しく成長した彼女の姿は、いつも多くの生徒たちの目を引いていた。だが他のどの男たちよりも、私が一番熱い視線で見つめていたと断言できる。

 もちろん、それは秘めた想いではあったけれど。

 大それたことを望んでいたわけではなかった。彼女はこの王国の王太子殿下の婚約者。私などには高嶺の花なのだ。
 苦しいほどの恋慕の情を胸に秘めたまま、私はさりげなく彼女と親しくなり、他の学友たちも交えながら共に勉強するようになった。幸いなことに、我々の勉強会に王太子殿下が参加することはほとんどなかったから、目の前で睦まじい二人の姿を見せつけられるという地獄は味わわずに済んだ。

 私の人生に与えられた、束の間の至福の時間。
 自分の学園生活を、私はそのように思っていた。



 だから王太子殿下が突然フィオレンサとの婚約を破棄し、貴族学園で出会ったイルゼ・バトリー子爵令嬢と結婚された時は、愕然とした。

 一体何故だ?何があったのか。
 フィオレンサ……、フィオレンサは大丈夫なのだろうか。

 彼女が、ずっと一途にひたむきに王太子殿下を愛していたことは、よく分かっていた。私が密かに彼女を見つめている時、彼女の視線の先には、常に殿下の姿があったのだから。胸の疼きを抱えながらも、私は真摯な愛を注ぐその姿に感動すら覚えたものだった。殿下を見つめるフィオレンサの美しい姿は、まさに女神そのものだったのだから。

 そのフィオレンサが、王太子殿下から婚約を破棄された。

 そのことが耳に入ったその日、私は考えるより先にブリューワー公爵家を目指した。ただの学園時代の友人でしかない私が、こんな時に真っ先に駆けつけるのもおかしな話だったろう。だが、彼女が心配でじっとしていられなかった。傍にいてあげたい。私のことなど彼女は少しも望んではいないだろうが、それでも彼女の元に向かわずにはいられなかったのだ。

 けれど、なかなか彼女に会うことはかなわなかった。憔悴しきっているらしく、起き上がることもできずにいるのだという。
 私は王太子殿下を心の底から憎んだ。あのフィオレンサに、こんな苦しみを味わわせるなど……!ご自分がどれほど果報者であったのかが分からないのか。あれほど愛され、尽くされて、彼女の愛と賢さに支えられて生きてきたくせに。何故こんな非道な真似ができるのか……!!

 しつこいと自分でも分かっていながら、私は度々ブリューワー公爵家を訪問した。こんなに何度も押しかけたら、きっとご迷惑だろう。だが、あと一度だけ、もしかしたら今日こそ一目だけでも会えるかもしれないから、あと一度だけ……。そう思いながら、何度も通った。
 しかしブリューワー公爵も公爵夫人も、私を咎めることはなさらなかった。

「すまないね、ジェレミー殿。何度も来てくれているというのに。娘はいまだに寝込んだままなのだよ、まったく……」
「いえ、こちらこそ、度々押しかけてしまい、申し訳ありません、ブリューワー公爵。……どうか体を大事にと、お伝えください」
「ありがとう。……君に感謝しているよ」

 ブリューワー公爵は、そんな優しい言葉さえかけてくださったのだ。



 ようやく彼女が起き上がれるようになり、私たちは久方ぶりの対面を果たした。病みやつれた姿が痛々しかった。二人で会話をする時間が少しずつ長くなり、彼女の顔に笑顔が見られるようになった頃には、心底ホッとした。 
 さりげなく外出に誘い、もっと彼女を楽しませようと努力した。観劇しながら瞳を輝かせるその美しい横顔をそっと盗み見ては、胸が震えるほどの喜びを感じた。

 その時の私に、下心は一切なかった。フィオレンサさえ元気になってくれれば、それで充分だと思っていた。



 だがそうして二人で何度も出かけるようになったある日、彼女から「もうこうして二人で頻繁に出かけるのは止めよう。また時折皆で会えればいい」という旨の言葉を告げられた。

 私は激しくショックを受けた。最近はとても楽しそうにしてくれていると思っていたが……、やはり私が誘うのは迷惑だったのだろうか。
 だがそれを尋ねると、彼女は言った。

「……ジ、ジェレミー様には、想いを寄せる方がいらっしゃるのでしょう?その方のためにお時間を使った方がいいと思いまして……」
「……え」
「ジェレミー様はとても素敵な方ですわ。あなたと一緒に過ごす時間が増えれば、もしかしたらその方も、あなたに想いを寄せてくれるかもしれませんもの」
「……っ、」

 私はそんなに鈍感な方ではない。その時の彼女の表情を見て、自分が嫌われているわけではないと確信した。いや、むしろ……。

 強引なのはよくない。彼女の心の傷は、まだほとんど癒えてはいないのだから。だが今このチャンスを逃せば、私が自分の想いを伝えられる日が来るかどうかも分からないのだ。

 私は欲を出し、一歩踏み込んだ。

 いくつかの言葉で彼女の気持ちを確認しながら、勇気を出して伝えた。

「……いつか、あなたが私を心から想ってくださるようになったら、」

 私は彼女の両手を優しくそっと握った。

「っ?!」
「その時は、私と結婚して下さい。あなたの愛を得られる日まで、私はこれからもずっとあなたを愛し続けますから」
「……。…………は、」

 あの時のフィオレンサの顔……、可愛かったな。今思い出してもニヤけてしまう。目を真ん丸に見開いて、ポカンとした表情で私を見つめていた。そのうちみるみる頬が赤く染まり、困ったような顔をして俯いてしまったのだった。




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