32 / 35
32. 国王陛下からの宣告(※sideウェイン)
しおりを挟む
「ね、ねぇ……、一体何の用かしら。私、怒られると思う?……ねぇってば」
「うるさい。頼むから黙っててくれ。何も話しかけるな」
心に余裕など一切ない今、イルゼの声は聞きたくもない。国王陛下の私室に向かいながら、俺は必死で言い訳を考えた。
……だがもう、何も思いつかない……。
「……失礼いたします、父上」
「入れ」
父の部屋に入ると、そこには俺の弟である第二王子のサイラスと、その婚約者のアシーナ・コルベック侯爵令嬢がいた。
(……っ、)
ますます嫌な予感がする。
サイラスは何とも言えない顔で俺を見、アシーナは侮蔑を隠そうともしない表情で俺とイルゼを一瞥すると、ツンと前を向いた。
俺はここに来てようやく覚悟を決めた。いや、決めるしかなかった。
(……大丈夫だ。別に犯罪を犯したわけではない。王家への反逆を企てたわけでも、国が傾くほどの大損害を出したわけでもない。まさか、殺されることなどあるはずもないしな……。王太子の任は、元々俺には荷が重すぎたんだ……)
ここは優秀な弟とこの婚約者に全てを譲り、俺たちは今後王宮の片隅で大人しく生きるんだ。できる限り父上を刺激しないように。慎ましく静かに過ごしていれば、そのうち弟に代替わりする日が来る。この温和な弟ならば、俺を悪いようにはしないだろう。
それまでの辛抱だ。今はどんな沙汰が下ろうとも、黙って受け入れるしかない。
そんなことをぐるぐると考えていると、父が低い声を出した。
「お前たちを呼んだのは、今後のお前たちの身の振り方について伝えるためだ。まず、ウェイン。お前の王位継承権を剥奪し、このサイラスを王太子とする。……異論はないな?」
「……はい、父上」
やはり来た。当然だろう。異論はないななどと仰ったが、はなから俺に文句など言わせるつもりはないのだ、父上は。
「サイラス、アシーナよ。今話したとおりだ。これからのことは、頼んだぞ」
「承知いたしました、陛下」
「拝命いたしました、陛下。ディンスティアラ王国のため、全身全霊で励んでまいります」
二人が恭しく返事をするのを穏やかな眼差しで見届けた父上は、まるで別人のように冷酷な表情で、俺をギロリと睨みつけた。
「ウェインよ、貴様はそこの女が王家に嫁いできて以来散々重ねた浪費による損失を、せめても埋め合わせてもらうこととする」
「……っ、……は……」
イルゼの方を見もしないで“そこの女”と冷たく言い放った父上は、俺に向かってそう言った。
(損失を、埋め合わせる……?いや、イルゼの度を超えた浪費を咎められるのは、もちろん分かるが……)
俺に一体何をせよと仰っておいでなのか。言いようのない不安がよぎる。
俺は父の言葉の続きを待った。
「お前たち夫婦には、旧モンクリーフ男爵領へ行ってもらう。かの地を管理し、豊かにして利益を上げてみせよ。もうお前たちに出来ることといったら、そのくらいのことだろう。すぐに出立の準備をせよ」
「……は、…………え?」
旧、モンクリーフ男爵領……?
すぐには思い浮かばず、俺はグルグルと頭を回転させた。
(──────っ!!ま、まさか……っ)
そして思い当たった瞬間、全身から血の気が引いた。
没落し、数十年前にすでに廃爵されているかつてのモンクリーフ男爵家の領土であった地。痩せ細った土地が広がるその場所は王国の最北端に位置し、男爵家が手放した後は王家管轄の地となっている。
だが、まさか、あそこへ……?あんな寂れた何もない、作物もまともに育たないようなところへ……?!
俺に、これからそこで生きていけと……?!
「ちっ、父上……っ」
どうかご容赦を。お許しください父上。違うんです。俺はたった一度……、人生の岐路において、たった一度判断を誤っただけ。それだけなのです。今後はイルゼに浪費など一切させません。むしろもうこうなった以上、離縁して実家に戻してしまえばいい……!俺だけならば、この王宮に残ってやれることはたくさんあるはず……、王太子となったサイラスを、その手足となってそばで助けてやることも……!
溢れるほどの許しを請う言葉が、頭の中に次々に浮かんでくる。しかしそれらの言葉を発することは許されなかった。
俺を睨みつける父の目が、それを許さなかった。
「去れ、ウェインよ」
それが父からの最後の言葉だった。
「うるさい。頼むから黙っててくれ。何も話しかけるな」
心に余裕など一切ない今、イルゼの声は聞きたくもない。国王陛下の私室に向かいながら、俺は必死で言い訳を考えた。
……だがもう、何も思いつかない……。
「……失礼いたします、父上」
「入れ」
父の部屋に入ると、そこには俺の弟である第二王子のサイラスと、その婚約者のアシーナ・コルベック侯爵令嬢がいた。
(……っ、)
ますます嫌な予感がする。
サイラスは何とも言えない顔で俺を見、アシーナは侮蔑を隠そうともしない表情で俺とイルゼを一瞥すると、ツンと前を向いた。
俺はここに来てようやく覚悟を決めた。いや、決めるしかなかった。
(……大丈夫だ。別に犯罪を犯したわけではない。王家への反逆を企てたわけでも、国が傾くほどの大損害を出したわけでもない。まさか、殺されることなどあるはずもないしな……。王太子の任は、元々俺には荷が重すぎたんだ……)
ここは優秀な弟とこの婚約者に全てを譲り、俺たちは今後王宮の片隅で大人しく生きるんだ。できる限り父上を刺激しないように。慎ましく静かに過ごしていれば、そのうち弟に代替わりする日が来る。この温和な弟ならば、俺を悪いようにはしないだろう。
それまでの辛抱だ。今はどんな沙汰が下ろうとも、黙って受け入れるしかない。
そんなことをぐるぐると考えていると、父が低い声を出した。
「お前たちを呼んだのは、今後のお前たちの身の振り方について伝えるためだ。まず、ウェイン。お前の王位継承権を剥奪し、このサイラスを王太子とする。……異論はないな?」
「……はい、父上」
やはり来た。当然だろう。異論はないななどと仰ったが、はなから俺に文句など言わせるつもりはないのだ、父上は。
「サイラス、アシーナよ。今話したとおりだ。これからのことは、頼んだぞ」
「承知いたしました、陛下」
「拝命いたしました、陛下。ディンスティアラ王国のため、全身全霊で励んでまいります」
二人が恭しく返事をするのを穏やかな眼差しで見届けた父上は、まるで別人のように冷酷な表情で、俺をギロリと睨みつけた。
「ウェインよ、貴様はそこの女が王家に嫁いできて以来散々重ねた浪費による損失を、せめても埋め合わせてもらうこととする」
「……っ、……は……」
イルゼの方を見もしないで“そこの女”と冷たく言い放った父上は、俺に向かってそう言った。
(損失を、埋め合わせる……?いや、イルゼの度を超えた浪費を咎められるのは、もちろん分かるが……)
俺に一体何をせよと仰っておいでなのか。言いようのない不安がよぎる。
俺は父の言葉の続きを待った。
「お前たち夫婦には、旧モンクリーフ男爵領へ行ってもらう。かの地を管理し、豊かにして利益を上げてみせよ。もうお前たちに出来ることといったら、そのくらいのことだろう。すぐに出立の準備をせよ」
「……は、…………え?」
旧、モンクリーフ男爵領……?
すぐには思い浮かばず、俺はグルグルと頭を回転させた。
(──────っ!!ま、まさか……っ)
そして思い当たった瞬間、全身から血の気が引いた。
没落し、数十年前にすでに廃爵されているかつてのモンクリーフ男爵家の領土であった地。痩せ細った土地が広がるその場所は王国の最北端に位置し、男爵家が手放した後は王家管轄の地となっている。
だが、まさか、あそこへ……?あんな寂れた何もない、作物もまともに育たないようなところへ……?!
俺に、これからそこで生きていけと……?!
「ちっ、父上……っ」
どうかご容赦を。お許しください父上。違うんです。俺はたった一度……、人生の岐路において、たった一度判断を誤っただけ。それだけなのです。今後はイルゼに浪費など一切させません。むしろもうこうなった以上、離縁して実家に戻してしまえばいい……!俺だけならば、この王宮に残ってやれることはたくさんあるはず……、王太子となったサイラスを、その手足となってそばで助けてやることも……!
溢れるほどの許しを請う言葉が、頭の中に次々に浮かんでくる。しかしそれらの言葉を発することは許されなかった。
俺を睨みつける父の目が、それを許さなかった。
「去れ、ウェインよ」
それが父からの最後の言葉だった。
211
お気に入りに追加
4,042
あなたにおすすめの小説


妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

[完結]君に好きだと伝えたい〜婚約破棄?そうですか、貴方に愛を返せない私のせいですね〜
日向はび
恋愛
表情は動かず、愛の言葉は囁けない。そんな呪いをかけられた伯爵令嬢の元に愛する人から婚約破棄の手紙がとどく。さらに彼は腹違いの妹と恋をしているという。絶望しながらも、全ては自分の責任と別れを決意した令嬢は愛するひとに別れを告げるために彼の家へ訪れる。そこで煌めくナイフの切っ先を目にした彼女は、愛する人を守るためその身をナイフの前に曝け出すのだった。

10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?
水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のソフィア・キーグレスは6歳の時から10年間、婚約者のケヴィン・パールレスに尽くしてきた。
けれど、その努力を裏切るかのように、彼の隣には公爵令嬢が寄り添うようになっていて、婚約破棄を提案されてしまう。
悪夢はそれで終わらなかった。
ケヴィンの隣にいた公爵令嬢から数々の嫌がらせをされるようになってしまう。
嵌められてしまった。
その事実に気付いたソフィアは身の安全のため、そして復讐のために行動を始めて……。
裏切られてしまった令嬢が幸せを掴むまでのお話。
※他サイト様でも公開中です。
2023/03/09 HOT2位になりました。ありがとうございます。
本編完結済み。番外編を不定期で更新中です。

幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~
希猫 ゆうみ
恋愛
ダウエル伯爵家の令嬢レイチェルはコルボーン伯爵家の令息マシューに婚約の延期を言い渡される。
離婚した幼馴染、ブロードベント伯爵家の出戻り令嬢ハリエットの傍に居てあげたいらしい。
反発したレイチェルはその場で婚約を破棄された。
しかも「解放してあげるよ」と何故か上から目線で……
傷付き怒り狂ったレイチェルだったが、評判を聞きつけたメラン伯爵夫人グレース妃から侍女としてのスカウトが舞い込んだ。
メラン伯爵、それは王弟クリストファー殿下である。
伯爵家と言えど王族、格が違う。つまりは王弟妃の侍女だ。
新しい求婚を待つより名誉ある職を選んだレイチェル。
しかし順風満帆な人生を歩み出したレイチェルのもとに『幼馴染思いの優しい(笑止)』マシューが復縁を希望してきて……
【誤字修正のお知らせ】
変換ミスにより重大な誤字がありましたので以下の通り修正いたしました。
ご報告いただきました読者様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
「(誤)主席」→「(正)首席」

【完結】婚約者?勘違いも程々にして下さいませ
リリス
恋愛
公爵令嬢ヤスミーンには侯爵家三男のエグモントと言う婚約者がいた。
先日不慮の事故によりヤスミーンの両親が他界し女公爵として相続を前にエグモントと結婚式を三ヶ月後に控え前倒しで共に住む事となる。
エグモントが公爵家へ引越しした当日何故か彼の隣で、彼の腕に絡みつく様に引っ付いている女が一匹?
「僕の幼馴染で従妹なんだ。身体も弱くて余り外にも出られないんだ。今度僕が公爵になるって言えばね、是が非とも住んでいる所を見てみたいって言うから連れてきたんだよ。いいよねヤスミーンは僕の妻で公爵夫人なのだもん。公爵夫人ともなれば心は海の様に広い人でなければいけないよ」
はて、そこでヤスミーンは思案する。
何時から私が公爵夫人でエグモンドが公爵なのだろうかと。
また病気がちと言う従妹はヤスミーンの許可も取らず堂々と公爵邸で好き勝手に暮らし始める。
最初の間ヤスミーンは静かにその様子を見守っていた。
するとある変化が……。
ゆるふわ設定ざまああり?です。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる