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31. 現実逃避(※sideウェイン)
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「失礼いたします」
「っ?!」
誰かが部屋に来るたびに、俺はビクビクと怯えていた。
「王太子妃殿下。紅茶をお持ちいたしました」
メイドが恭しく頭を下げ、イルゼが言いつけていた茶を運んでくる。
「……はぁ」
「ねぇ、最近何なの?あなた。何だかずっとビクビクしてて気持ちが悪いんだけど」
「……うるさい。黙れ」
「はぁ?!」
口を開くな。こっちを見るな。
全てはお前のせいだろうが。呑気に茶なんか啜りやがって。この役立たずの、馬鹿女が。お前さえ俺に誓ったとおりにちゃんと王妃教育を学び、あらゆる知識をフィオレンサ並みに身に付けてくれていれば……、こんなことにはなっていないんだ……!
澄まし返って紅茶を飲んでいるその横っ面を引っ叩きたくなる。分かっている。俺だって悪いんだ。だがもうどうしようもなく、この女が憎い。
俺を騙しやがって。上手いこと王太子妃の座を手にした後は、何の努力もしやしない。こんな女とこれからの長い人生を共にするのかと思うと、吐き気がする。こいつのせいで、フィオレンサは俺から去っていってしまったんだ。
ああ……、どうにかならないだろうか。
この数日間何度も何度も考えたどうにもならないことを、俺はまた頭の中で繰り返す。
フィオレンサは本当に、本気で俺から心が離れてしまっているのか……?どうしても信じられない。そんなこと受け入れられない。子どもの頃からあんなにもひたむきな瞳で、俺を見つめていたではないか。たった一度俺が過ちを犯したからといって、あのフィオレンサが本当に俺を見捨てるだろうか。
(もしかして……、全ては策略なのではないか?俺にもっと反省させ、もっともっと真剣に謝罪をし、自分への愛を乞わせるために……)
これはフィオレンサなりの、俺へのお仕置きなんじゃないか?ジェレミー・ヒースフィールドに協力を頼んで……。あのお方がここまで追いかけてきて、再度私に跪き懇願してきたら、私はあなたと離婚して王宮へ上がります、などと最初から条件つきの結婚をした……。考えられないことではない。ヒースフィールドがあの完璧なフィオレンサを恋い慕っていて言いなりになっている可能性だってあるじゃないか。だとすると……、俺は一刻も早くフィオレンサの元へ向かうべきなんじゃないか。あのブローチを持って。お前なしでは生きていけない、愛しているんだと叫ぶんだ。フィオレンサはそんなロマンティックな演出を望んで……、
「ねぇ!……ねぇってば!!」
「っ!チッ……、何だ!うるさいな!!」
俺が脳内で現実逃避していると、イルゼの金切り声がそれを邪魔してきた。思わず舌打ちしてしまう。
「さっきからずっと呼んでるのに、何ボーッとしてるのよ!本当に私を苛つかせるわねあなたって!外に出たいって言ってるのよ!!部屋に閉じこもってもう何日目だと思っているの?!いい加減うんざりよ!」
「刺繍をしたり本を読んだりしていればいいだろうが!そこに山のように積み上がっているだろう!お前が学ぶべき教材がな!」
「刺繍なんてもう飽き飽きよ!勉強だって退屈でしたくもない!どこにも行かせてくれないのなら、せめてお友達を呼んでお茶会ぐらいさせてよね!」
「……っ!」
こっ、……こいつ……!!
飛びかかって首を締め上げたいぐらいに腹が立つ。俺たちが今置かれている状況が、何故こいつには分からないんだ。
「茶会などさせられるわけがないだろうが!馬鹿か貴様は!!何度も何度も説明しただろう!俺たちは今、目立つ動きをするわけにはいかないんだよ!ただでさえ父上の逆鱗に触れているんだぞ!お前のせいでな!!」
「何が私のせいよ!!」
「この時間に少しでも何かを学ぼうという意志はないのか!せめて言語の一つや二つ……、少しでもマシになって、皆を安心させようとは思わないのか!お前は史上最悪の、不出来な王太子妃なんだぞ!!」
俺の言葉にイルゼが目を吊り上げ、憎悪を込めてこちらを睨みつけてくる。
「失礼なこと言うんじゃないわよ!!あんたこそ名ばかりの王太子のくせして!!そんなに勉強勉強言うんならあんたが私の代わりにやればいいでしょうが!!ほら!!」
「っ!!」
そう叫ぶと、あろうことかイルゼはテーブルの上にあった分厚い教科書を、俺の顔面に向かって投げつけてきたのだ。咄嗟に顔を背けると、その教科書の角が俺のこめかみに直撃した。強烈な痛みが走る。
「貴様……よくも……っ!!」
「きゃぁっ!!」
俺は怒りのあまりイルゼの腕を乱暴に掴んだ。そのまま頬を殴ろうと腕を振り上げた、その時。
「失礼いたします、ウェイン殿下、イルゼ妃殿下、……国王陛下がお呼びでございます」
(───────っ!!)
呼びに来た侍従の声に、ドクッと心臓が痛いほど跳ね上がった。来た……。ついに来てしまった……。急激に腕の力が抜ける。
「こっ、国王陛下が……?……ね、ねぇ、呼び出しよウェイン。大丈夫よね?……ねぇってば」
指先がすうっと冷たくなり、全身から嫌な汗がドッと噴き出す。イルゼの声に返事をする気にもなれなかった。
「っ?!」
誰かが部屋に来るたびに、俺はビクビクと怯えていた。
「王太子妃殿下。紅茶をお持ちいたしました」
メイドが恭しく頭を下げ、イルゼが言いつけていた茶を運んでくる。
「……はぁ」
「ねぇ、最近何なの?あなた。何だかずっとビクビクしてて気持ちが悪いんだけど」
「……うるさい。黙れ」
「はぁ?!」
口を開くな。こっちを見るな。
全てはお前のせいだろうが。呑気に茶なんか啜りやがって。この役立たずの、馬鹿女が。お前さえ俺に誓ったとおりにちゃんと王妃教育を学び、あらゆる知識をフィオレンサ並みに身に付けてくれていれば……、こんなことにはなっていないんだ……!
澄まし返って紅茶を飲んでいるその横っ面を引っ叩きたくなる。分かっている。俺だって悪いんだ。だがもうどうしようもなく、この女が憎い。
俺を騙しやがって。上手いこと王太子妃の座を手にした後は、何の努力もしやしない。こんな女とこれからの長い人生を共にするのかと思うと、吐き気がする。こいつのせいで、フィオレンサは俺から去っていってしまったんだ。
ああ……、どうにかならないだろうか。
この数日間何度も何度も考えたどうにもならないことを、俺はまた頭の中で繰り返す。
フィオレンサは本当に、本気で俺から心が離れてしまっているのか……?どうしても信じられない。そんなこと受け入れられない。子どもの頃からあんなにもひたむきな瞳で、俺を見つめていたではないか。たった一度俺が過ちを犯したからといって、あのフィオレンサが本当に俺を見捨てるだろうか。
(もしかして……、全ては策略なのではないか?俺にもっと反省させ、もっともっと真剣に謝罪をし、自分への愛を乞わせるために……)
これはフィオレンサなりの、俺へのお仕置きなんじゃないか?ジェレミー・ヒースフィールドに協力を頼んで……。あのお方がここまで追いかけてきて、再度私に跪き懇願してきたら、私はあなたと離婚して王宮へ上がります、などと最初から条件つきの結婚をした……。考えられないことではない。ヒースフィールドがあの完璧なフィオレンサを恋い慕っていて言いなりになっている可能性だってあるじゃないか。だとすると……、俺は一刻も早くフィオレンサの元へ向かうべきなんじゃないか。あのブローチを持って。お前なしでは生きていけない、愛しているんだと叫ぶんだ。フィオレンサはそんなロマンティックな演出を望んで……、
「ねぇ!……ねぇってば!!」
「っ!チッ……、何だ!うるさいな!!」
俺が脳内で現実逃避していると、イルゼの金切り声がそれを邪魔してきた。思わず舌打ちしてしまう。
「さっきからずっと呼んでるのに、何ボーッとしてるのよ!本当に私を苛つかせるわねあなたって!外に出たいって言ってるのよ!!部屋に閉じこもってもう何日目だと思っているの?!いい加減うんざりよ!」
「刺繍をしたり本を読んだりしていればいいだろうが!そこに山のように積み上がっているだろう!お前が学ぶべき教材がな!」
「刺繍なんてもう飽き飽きよ!勉強だって退屈でしたくもない!どこにも行かせてくれないのなら、せめてお友達を呼んでお茶会ぐらいさせてよね!」
「……っ!」
こっ、……こいつ……!!
飛びかかって首を締め上げたいぐらいに腹が立つ。俺たちが今置かれている状況が、何故こいつには分からないんだ。
「茶会などさせられるわけがないだろうが!馬鹿か貴様は!!何度も何度も説明しただろう!俺たちは今、目立つ動きをするわけにはいかないんだよ!ただでさえ父上の逆鱗に触れているんだぞ!お前のせいでな!!」
「何が私のせいよ!!」
「この時間に少しでも何かを学ぼうという意志はないのか!せめて言語の一つや二つ……、少しでもマシになって、皆を安心させようとは思わないのか!お前は史上最悪の、不出来な王太子妃なんだぞ!!」
俺の言葉にイルゼが目を吊り上げ、憎悪を込めてこちらを睨みつけてくる。
「失礼なこと言うんじゃないわよ!!あんたこそ名ばかりの王太子のくせして!!そんなに勉強勉強言うんならあんたが私の代わりにやればいいでしょうが!!ほら!!」
「っ!!」
そう叫ぶと、あろうことかイルゼはテーブルの上にあった分厚い教科書を、俺の顔面に向かって投げつけてきたのだ。咄嗟に顔を背けると、その教科書の角が俺のこめかみに直撃した。強烈な痛みが走る。
「貴様……よくも……っ!!」
「きゃぁっ!!」
俺は怒りのあまりイルゼの腕を乱暴に掴んだ。そのまま頬を殴ろうと腕を振り上げた、その時。
「失礼いたします、ウェイン殿下、イルゼ妃殿下、……国王陛下がお呼びでございます」
(───────っ!!)
呼びに来た侍従の声に、ドクッと心臓が痛いほど跳ね上がった。来た……。ついに来てしまった……。急激に腕の力が抜ける。
「こっ、国王陛下が……?……ね、ねぇ、呼び出しよウェイン。大丈夫よね?……ねぇってば」
指先がすうっと冷たくなり、全身から嫌な汗がドッと噴き出す。イルゼの声に返事をする気にもなれなかった。
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