26 / 35
26. 王太子の懇願
しおりを挟む
「あなたの学友だった留学中のネヴィル侯爵令嬢も、あなたたちの結婚式のために帰国してくださるそうよ」
「まぁ!本当ですかお母様」
「ええ。久しぶりに会えるわね。ふふ、よかったじゃないの。あなたたちは仲良しですものね」
「本当に久しぶりですわ。きっと驚いているでしょうね、こんなことになっていて……」
「きっと祝福してくれますよ」
一月後に迫ったジェレミー様との結婚式に招待する方々や、式の詳細について、私は母と相談しあっていた。心が浮き立つ。明日は母と一緒に、式の後の祝賀会用のドレスを選びに行く予定だ。ジェレミー様に求婚されて以来、毎日が夢見心地だった。
ついにあと一月後、私はあの人の妻になる。
母と二人で、祝賀会で振る舞うお料理の話などをしていた、その時だった。
「しっ!失礼いたします、奥様……っ。ウェイン王太子殿下がおいででございますっ!フィオレンサお嬢様に、お会いしたいと……」
「……え……っ?」
侍女が息せき切って、居間に飛び込んできてそう言った。私と母は侍女を見つめて固まる。
ウェイン殿下が……?何故、うちに……?
「……突然すまない、フィオレンサ。……驚いただろう」
「……ええ、……はい……」
黒いコートを纏い玄関ホールに立っていたウェイン殿下は、二人きりで大切な話をしたいと仰った。戸惑ったけれど、殿下のこの切羽詰まった目を見るに、よほど大切な用件なのだろう。無理ですと追い返すこともできない。私は自分の部屋に殿下を招き入れた。
「……。」
へ、変な感じ……。
ウェイン殿下が、目の前にいらっしゃる。
ひどく落ち込んだ様子で、私の前に座っていらっしゃる。
こうしてまた、二人きりの時間を過ごす日がやって来るなんて……。
なんだか落ち着かず、そわそわしてしまう。一体何故今さらになって、私に会いに来られたのだろうか。
何を言っていいか分からず、私は向かいに座り、ただ殿下の言葉を待った。
「……。……フィオレンサ……」
「……はい」
「お前に……、今さらどう詫びればいいのか分からない。俺は、どうかしていたんだ……!」
「……え?」
殿下は悔しげに顔を歪めると、頭を抱える。ひどく苦しげな様子だ。
「後悔なんて言葉では言い表せない……。フィオレンサ、俺は……、お前を失ってはいけなかったんだ……!ようやくそれに気付いた……」
「……っ、……な……」
「俺はおかしくなっていたんだ。イルゼの魔性にやられてしまった……。冷静に考えれば分かることなのに……、イルゼがお前を貶める言葉など、全て嘘だと……!真実の愛は、俺とお前との間にしかないのだと」
「で……、殿下……」
「フィオレンサ、あまりにも身勝手なことは重々分かっている。だが……!この先、お前なしの人生を歩んでいく勇気が出ない……!頼む!フィオレンサ。どうかもう一度、お前のその尊き愛を、俺に、俺だけのために注いでくれないか。俺にはやはり、お前しかいない……!俺はもう一度、お前の愛を得たいんだ……!」
殿下の口から、信じがたい言葉が次々と紡がれる。それはあの失恋の苦しみの中、私が願ってやまなかった、私の愛を求める言葉だった。
「……ウェイン殿下……」
ですがもう、遅いのです、殿下。全ては過去のことなのです。私の心はもうあなたから離れ、別の道へと歩き始めたのです。
離れていってしまったあなた様の後ろ姿を、苦しみの中見送って、ただ崩れ落ちて泣いていた私にも、ようやく次の道が開けたところなんです。
なのに、どうして。
今さらになって……。
私は意を決して、口を開いた。
「……もう、どうにもなりませんわ、殿下。あなた様には奥様が、……イルゼ王太子妃がいらっしゃいます。……私にも、もう……」
「フィオレンサ!」
ウェイン殿下は私の言葉を遮ると、立ち上がり、私の元へ歩いてくる。そして、その場に跪いた。
驚く私の手を、殿下はしっかりと両手で握りしめる。
「っ!!で、殿下……っ」
「フィオレンサ……頼む……!お前の力が必要なんだ。あいつでは駄目だ。俺が間違っていた。どうか、俺のたった一度の過ちを許してくれ。お前の愛と知恵を、俺に与えてくれ。フィオレンサ……、ああ、俺の女神よ……!」
「……っ、」
私の手を、折れてしまいそうなほどに強く握りしめる殿下のその手は、汗ばみ震えている。縋りつくように私の手に口づけると、そのままご自分の額に押し当て、まるで私に祈りを捧げるかのように瞳を閉じる。
殿下……、これほどまでに……?
イルゼ王太子妃の悪評は知っていた。最近よく耳にしていたから。王太子妃として学ぶべき勉学を投げ出し、浪費を繰り返し遊びまわっていらっしゃると。……後悔なさっているのだろう。やはり私を選んでおけばよかったと。
かつて人生をかけて愛し抜いた人が、今目の前で苦しんでいる。私を強く求めている。
「……ですが、殿下……」
「……ああ。分かっている。だからといって今さらイルゼと離縁することなどできない。俺が選んでしまった道だ。皆の忠告を無視して結婚し、散々王宮を掻き回したのに、ここで簡単にイルゼと別れれば、俺は完全に周囲の信用を失う。きっと……もう父上にも、見捨てられるだろう……」
「……。」
「……だからこそ、こんな形でしかお前を得る手段を思いつかない。フィオレンサ……、どうか、お願いだ。俺の側妃として王宮に上がり、俺に力を貸してくれ。至らぬ王太子妃を補佐し、俺たち夫婦を助けてほしい……!」
「……え……?」
「まぁ!本当ですかお母様」
「ええ。久しぶりに会えるわね。ふふ、よかったじゃないの。あなたたちは仲良しですものね」
「本当に久しぶりですわ。きっと驚いているでしょうね、こんなことになっていて……」
「きっと祝福してくれますよ」
一月後に迫ったジェレミー様との結婚式に招待する方々や、式の詳細について、私は母と相談しあっていた。心が浮き立つ。明日は母と一緒に、式の後の祝賀会用のドレスを選びに行く予定だ。ジェレミー様に求婚されて以来、毎日が夢見心地だった。
ついにあと一月後、私はあの人の妻になる。
母と二人で、祝賀会で振る舞うお料理の話などをしていた、その時だった。
「しっ!失礼いたします、奥様……っ。ウェイン王太子殿下がおいででございますっ!フィオレンサお嬢様に、お会いしたいと……」
「……え……っ?」
侍女が息せき切って、居間に飛び込んできてそう言った。私と母は侍女を見つめて固まる。
ウェイン殿下が……?何故、うちに……?
「……突然すまない、フィオレンサ。……驚いただろう」
「……ええ、……はい……」
黒いコートを纏い玄関ホールに立っていたウェイン殿下は、二人きりで大切な話をしたいと仰った。戸惑ったけれど、殿下のこの切羽詰まった目を見るに、よほど大切な用件なのだろう。無理ですと追い返すこともできない。私は自分の部屋に殿下を招き入れた。
「……。」
へ、変な感じ……。
ウェイン殿下が、目の前にいらっしゃる。
ひどく落ち込んだ様子で、私の前に座っていらっしゃる。
こうしてまた、二人きりの時間を過ごす日がやって来るなんて……。
なんだか落ち着かず、そわそわしてしまう。一体何故今さらになって、私に会いに来られたのだろうか。
何を言っていいか分からず、私は向かいに座り、ただ殿下の言葉を待った。
「……。……フィオレンサ……」
「……はい」
「お前に……、今さらどう詫びればいいのか分からない。俺は、どうかしていたんだ……!」
「……え?」
殿下は悔しげに顔を歪めると、頭を抱える。ひどく苦しげな様子だ。
「後悔なんて言葉では言い表せない……。フィオレンサ、俺は……、お前を失ってはいけなかったんだ……!ようやくそれに気付いた……」
「……っ、……な……」
「俺はおかしくなっていたんだ。イルゼの魔性にやられてしまった……。冷静に考えれば分かることなのに……、イルゼがお前を貶める言葉など、全て嘘だと……!真実の愛は、俺とお前との間にしかないのだと」
「で……、殿下……」
「フィオレンサ、あまりにも身勝手なことは重々分かっている。だが……!この先、お前なしの人生を歩んでいく勇気が出ない……!頼む!フィオレンサ。どうかもう一度、お前のその尊き愛を、俺に、俺だけのために注いでくれないか。俺にはやはり、お前しかいない……!俺はもう一度、お前の愛を得たいんだ……!」
殿下の口から、信じがたい言葉が次々と紡がれる。それはあの失恋の苦しみの中、私が願ってやまなかった、私の愛を求める言葉だった。
「……ウェイン殿下……」
ですがもう、遅いのです、殿下。全ては過去のことなのです。私の心はもうあなたから離れ、別の道へと歩き始めたのです。
離れていってしまったあなた様の後ろ姿を、苦しみの中見送って、ただ崩れ落ちて泣いていた私にも、ようやく次の道が開けたところなんです。
なのに、どうして。
今さらになって……。
私は意を決して、口を開いた。
「……もう、どうにもなりませんわ、殿下。あなた様には奥様が、……イルゼ王太子妃がいらっしゃいます。……私にも、もう……」
「フィオレンサ!」
ウェイン殿下は私の言葉を遮ると、立ち上がり、私の元へ歩いてくる。そして、その場に跪いた。
驚く私の手を、殿下はしっかりと両手で握りしめる。
「っ!!で、殿下……っ」
「フィオレンサ……頼む……!お前の力が必要なんだ。あいつでは駄目だ。俺が間違っていた。どうか、俺のたった一度の過ちを許してくれ。お前の愛と知恵を、俺に与えてくれ。フィオレンサ……、ああ、俺の女神よ……!」
「……っ、」
私の手を、折れてしまいそうなほどに強く握りしめる殿下のその手は、汗ばみ震えている。縋りつくように私の手に口づけると、そのままご自分の額に押し当て、まるで私に祈りを捧げるかのように瞳を閉じる。
殿下……、これほどまでに……?
イルゼ王太子妃の悪評は知っていた。最近よく耳にしていたから。王太子妃として学ぶべき勉学を投げ出し、浪費を繰り返し遊びまわっていらっしゃると。……後悔なさっているのだろう。やはり私を選んでおけばよかったと。
かつて人生をかけて愛し抜いた人が、今目の前で苦しんでいる。私を強く求めている。
「……ですが、殿下……」
「……ああ。分かっている。だからといって今さらイルゼと離縁することなどできない。俺が選んでしまった道だ。皆の忠告を無視して結婚し、散々王宮を掻き回したのに、ここで簡単にイルゼと別れれば、俺は完全に周囲の信用を失う。きっと……もう父上にも、見捨てられるだろう……」
「……。」
「……だからこそ、こんな形でしかお前を得る手段を思いつかない。フィオレンサ……、どうか、お願いだ。俺の側妃として王宮に上がり、俺に力を貸してくれ。至らぬ王太子妃を補佐し、俺たち夫婦を助けてほしい……!」
「……え……?」
137
お気に入りに追加
4,042
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。


【完結】真実の愛に目覚めたと婚約解消になったので私は永遠の愛に生きることにします!
ユウ
恋愛
侯爵令嬢のアリスティアは婚約者に真実の愛を見つけたと告白され婚約を解消を求められる。
恋する相手は平民であり、正反対の可憐な美少女だった。
アリスティアには拒否権など無く、了承するのだが。
側近を婚約者に命じ、あげくの果てにはその少女を侯爵家の養女にするとまで言われてしまい、大切な家族まで侮辱され耐え切れずに修道院に入る事を決意したのだが…。
「ならば俺と永遠の愛を誓ってくれ」
意外な人物に結婚を申し込まれてしまう。
一方真実の愛を見つけた婚約者のティエゴだったが、思い込みの激しさからとんでもない誤解をしてしまうのだった。

10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?
水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のソフィア・キーグレスは6歳の時から10年間、婚約者のケヴィン・パールレスに尽くしてきた。
けれど、その努力を裏切るかのように、彼の隣には公爵令嬢が寄り添うようになっていて、婚約破棄を提案されてしまう。
悪夢はそれで終わらなかった。
ケヴィンの隣にいた公爵令嬢から数々の嫌がらせをされるようになってしまう。
嵌められてしまった。
その事実に気付いたソフィアは身の安全のため、そして復讐のために行動を始めて……。
裏切られてしまった令嬢が幸せを掴むまでのお話。
※他サイト様でも公開中です。
2023/03/09 HOT2位になりました。ありがとうございます。
本編完結済み。番外編を不定期で更新中です。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m

元平民の義妹は私の婚約者を狙っている
カレイ
恋愛
伯爵令嬢エミーヌは父親の再婚によって義母とその娘、つまり義妹であるヴィヴィと暮らすこととなった。
最初のうちは仲良く暮らしていたはずなのに、気づけばエミーヌの居場所はなくなっていた。その理由は単純。
「エミーヌお嬢様は平民がお嫌い」だから。
そんな噂が広まったのは、おそらく義母が陰で「あの子が私を母親だと認めてくれないの!やっぱり平民の私じゃ……」とか、義妹が「時々エミーヌに睨まれてる気がするの。私は仲良くしたいのに……」とか言っているからだろう。
そして学園に入学すると義妹はエミーヌの婚約者ロバートへと近づいていくのだった……。

婚約解消したはずなのに、元婚約者が嫉妬心剥き出しで怖いのですが……
マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のフローラと侯爵令息のカルロス。二人は恋愛感情から婚約をしたのだったが……。
カルロスは隣国の侯爵令嬢と婚約をするとのことで、フローラに別れて欲しいと告げる。
国益を考えれば確かに頷ける行為だ。フローラはカルロスとの婚約解消を受け入れることにした。
さて、悲しみのフローラは幼馴染のグラン伯爵令息と婚約を考える仲になっていくのだが……。
なぜかカルロスの妨害が入るのだった……えっ、どういうこと?
フローラとグランは全く意味が分からず対処する羽目になってしまう。
「お願いだから、邪魔しないでもらえませんか?」
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる