【完結済】王妃になりたかったのではありません。ただあなたの妻になりたかったのです。

鳴宮野々花@書籍2冊発売中

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21. 衝撃(※sideウェイン)

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 気が重い。
 恥じ入るということがないのだろうか、このイルゼは。
 自分が周囲からどんな目で見られているのか、それを全く意識していないのだろうか。

 身支度が出来てイルゼを部屋に迎えに行った俺は、愕然とした。

 信じられないことに、イルゼはきらびやかなラメがたくさん入った、目が痛くなるほど真っ赤なドレスを着ていたのだ。幾重にも襞が重なり大きく膨らんだ、血で染め上げたようなそのドレスは、間違いなく会場中の誰よりも目立つであろう。もちろん、悪目立ちだが。頭、耳、首、手首、指……、あらゆるところにジャラジャラと宝石のついたアクセサリーをつけている。

「……いくら何でも張り切りすぎだろう。主役はお前ではないんだぞ。今夜はステイシーの帰国を祝うパーティーなんだ。もう少し抑えてくれ」

 たまらず俺は苦言を呈した。

「はぁ?!何よそれ!じゃあ王女殿下以外は皆壁と同化してろとでも言うつもり?!せっかくのパーティーなんだから、着飾って場を盛り上げた方がいいに決まってるじゃないの!!何なのよあなた!私のやることなすこと、次々に揚げ足とって……!ひ、……ひどいわ……っ!」

 しまった。イルゼがいじけモードに入りそうだ。まもなくパーティーが始まるというのに。

「……分かったよ、悪かった、ごめん。さ、もう行こう」
「何よそれ?!どうでもいいんでしょう私のことなんか!!こんなに美しくしているのに、優しい褒め言葉ひとつさえ言ってくれないのね!!」
「…………綺麗だよ」

 もう何もかも、どうでもいいような気分だった。






 着飾った高位貴族たちが、次々に会場にやって来る。皆品があり、礼を欠かない美しい振る舞いだ。さすがに洗練されている。
 こうなってくると、イルゼの無様な立ち居振る舞いが余計に際立ってしまう。

「頼むよイルゼ。ここで、俺の横で大人しくしておいてくれよ」
「しつこい。もう言わないで」

 俺が前を向いたまま小声でそう言うと、イルゼも口角を上げ、前を向いたまま言い返してくる。ムカッときたが、ここで喧嘩を始めるわけにはいかない。会場中の貴族たちが、こちらをチラチラと見ているのだ。



 何人もの挨拶を受けながら、俺は見るともなしにぼんやりと入り口の方を見ていた。
 
 すると、



「──────っ!」



 そこに突然、フィオレンサが現れたのだ。



 控えめだが、とても繊細で美しい水色のドレスを身に纏った、かつての俺の婚約者が、ふわりと妖精のようにふいにそこに現れ、俺の視界に飛び込んできた。
 少しも変わらぬ気品と美しさ。懐かしいその姿に、俺の胸は愛おしさでいっぱいになる。

(ああ、俺のフィオレンサ……!やはり俺には、フィオレンサしかいない……。離れて時を過ごし、こうして今再びあの姿を目にして、改めて気付いた。俺は彼女を失ってはいけなかったんだ……!)

 淡くきらめく優しい色合いのそのドレスは、フィオレンサによく似合っていた。さすがはフィオレンサだ。自分を最も魅力的に、品良く見せる術を心得ている。イルゼとは大違いだ……。

(……ん?……誰だ、フィオレンサの隣にいるのは)

 広間に入り、微笑みをたたえながらゆっくりと前へ進むフィオレンサの隣に、男がいる。その顔には見覚えがあった。ジェレミー・ヒースフィールド侯爵令息。貴族学園でよくフィオレンサたちと共に勉強していた、あの侯爵家の息子だ。何故あの男が、フィオレンサをエスコートしているのだ……?

 その時、近くにいた婦人たちの話し声が耳に届いた。

「まぁ、やっぱりご一緒にいらっしゃったわよ。ほら、ブリューワー公爵令嬢と、噂の……」
「ええ、ヒースフィールド侯爵家の、末のご令息ですわね。最近お二人で睦まじく過ごしていらっしゃるところをよく目撃されているとか。ふふ」
「とてもお似合いじゃございませんの。ご覧になって、ブリューワー公爵令嬢の、あのお幸せそうなお顔」
「ヒースフィールド侯爵令息こそ、あんなに愛おしげに見つめていらっしゃるわよ、フィオレンサ嬢のことを。ふふ、微笑ましいわ」
「では間違いなさそうですわね、あのお二人が婚約間近という噂は……」
「ええ、王妃陛下主催のパーティーにお二人でいらっしゃったということは、もちろん……」
「よかったじゃございませんの。ブリューワー公爵令嬢もあの時はお辛い思いをされたでしょうが、あんな素敵な方と一緒になられるのならば」
「ブリューワー公爵も夫人も、さぞやお喜びでしょうね」

(……っ!!な……、何だと……?!)

 そんな。まさか。フィオレンサが……、あの男と、婚約間近だと……?!

 知らなかった。フィオレンサにそんな親しい相手ができていたなんて。自分たちのことに手一杯で、周りのことなど気にかける余裕がなかった。まさか、そんな噂があったとは……。

 俺はフィオレンサとヒースフィールド侯爵令息の姿を、呆然と見つめていた。




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