【完結済】王妃になりたかったのではありません。ただあなたの妻になりたかったのです。

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8. 愛と人生について

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 ヒースフィールド侯爵令息の目は、至って真剣だった。

「……そうだったのですね……。ジェレミー様にも、想いを寄せる方が……」

 全然知らなかった。
 だからこの方には婚約者がいないのだろうか。でも想いが通じ合ったことはないって……。

「ずっと、その方に片想いを……?」
「ええ、そうなんですよ。女々しいことに、なかなか諦めがつかなくて」

 ヒースフィールド侯爵令息はそう言って、恥ずかしそうに笑った。

(それはそれで、きっと辛いのでしょうね……)

 この人も、恋が上手くいっていないのか。
 そう思うと不思議なことに、今まで以上に親近感が湧いてしまう。

(私たちは、恋の苦しみを抱えた者同士なのね)

 いつも優しくて、礼儀正しく明るいヒースフィールド侯爵令息にも、人知れず辛い思いがあったのだな、と、その優しい微笑みを見つめながら私は思った。





 その日以来、私たちの距離は少しずつ近づきつつあった。私との婚姻を狙っている人ではないのだという安心感が、これまで彼に対してうっすら抱いていた警戒心を解かせたからかもしれない。

 それからも何度か、屋敷の応接間で昔話に花を咲かせる時間を過ごすと、ある日互いの趣味の話になった。私が、観劇が好きだけれどもう随分行っていないという話をすると、じゃあ今度ぜひ一緒に行きましょうと爽やかに言われた。ええ、いいですわね、と私も答え、それをきっかけに外でも会うようになった。

 私とジェレミー様は月に一、二度は舞台を観に行ったり、音楽を聴きに行ったり、新しくできたレストランに出かけてみたりした。



「素敵でしたわ!今日の舞台」
「ええ、ラストシーンは感動しましたね。やはりプロの歌声はすごいなぁ」

 その日も私たちは大きな劇場で観劇をし、その帰り道に互いの感想を言いあいながら、余韻を味わっていた。
 今日の舞台は悲恋ものだった。主人公の女性は、愛を捧げた男性が戦から帰るのを待ち続けるが、その男性は深い傷を負った自分を助け、献身的に介抱してくれた美しい女性に想いを寄せるようになる。結局戦が終わった後も、主人公の元には帰ってこなかった。やがて主人公の女性は、長い間自分のことをひそかに想い続けてくれていた別の男性からの愛を受け入れ、家庭を築く。時を経て、二人は互いのパートナーと一緒に街を歩いている時に、偶然すれ違うのだった。
 ラストはすれ違う瞬間、互いに気付いた二人の胸をよぎる切ない激情を、美しい歌で表したシーンだった。

「私も、思わず涙が出ましたわ。ずっと信じて待ち続けたヒロイン、辛かったでしょうね。別の女性とあんなに幸せそうに歩いてくるかつての恋人と、どんな想いですれ違ったのかと思うと……」

 あのシーンを思い出すだけで、また目に涙が滲んできてしまう。

「そうですね。……だけどあの男は羨ましいな。結局長年の片想いが報われたわけだから」
「ええ……。でも、彼女は本当にあの男性のことを好きになれたのかしら……。私には想像もつかないわ。前に進まなくてはと、自分の心に鞭を打って無理矢理別の男性と寄り添ったような気がしてしまいます。あの男性は、そんな風に自分を選んでもらうことを幸せと思えたのでしょうか」
「ええ、確かに。……でも、いいのですよ、それで」
「……そうでしょうか」
「はい。それでもいいのだと思いますよ。愛は共に過ごした時間の積み重ねでもあると思います。あの二人はこれから人生を共に歩んでいきながら、きっと長い時間をかけて深い愛情で結ばれるのだと思います」
「……なるほど……」

 そうか。そういう考え方もあるのね……。

 舞台の登場人物たちの愛と人生について、私が思いを巡らせていると、ジェレミー様がにっこりと楽しそうに笑った。

「私は羨ましいですよ、長年想い続けたあのヒロインのことを得られた男が。大丈夫です、男があれほど深くヒロインを愛しているのですから、彼女が幸せになれないはずがありませんよ」
「ふふ、そうですわね。愛される女性は幸せですわ」
「ええ、そうです」




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