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7. 悪夢
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『フィオレンサ、これを君に』
『え……?……まぁ!素敵なブローチですわ……!』
『いつも王妃教育を頑張ってくれている君への褒美だ。感謝しているよ、フィオレンサ』
『殿下……っ』
『はは、これくらいで泣く者があるか』
『……幸せでございます、殿下……。ありがとうございます。一生大切にいたしますわ』
殿下の瞳と同じ色。深い深い青色の宝石の、美しいブローチ。
これは、私が殿下のものであるという証だ。殿下はそう認めてくださっている。そのことがたまらなく嬉しかった。
もっともっと頑張ろう。努力しよう。どんなに辛くも、決して投げ出さない。
殿下の良き妻となるために。殿下に誇りに思っていただけるように。この身の全てを、この方に捧げるんだ。
全ては愛していたからだった。
突如、耐えがたい悲しみが私を襲う。私の瞳から涙が次々と溢れ、胸が引き千切られるかのような苦しみを覚える。私は必死で殿下に縋った。
『殿下……、殿下、違います。信じてください。私は、たとえあなた様が王太子ではなかったとしても、何の肩書きもない、ただの一人の男性であっても、あなたをきっと愛しました。あなただから、愛したのです。嘘じゃない……!優しいあなただから……!』
あなたの妻になりたかったのです。
たった今、私に美しいブローチを贈ってくださったはずの殿下は、私の言葉を聞いた途端、ふん、と私を嘲笑った。
『騙されるものか、悪女め。か弱いふりをして、最後までよく足掻いたものだ。もういい。諦めて俺の決断を受け入れろ。お前が王妃になれる日など永久にやって来ない。用件は以上だ。去れ』
「…………っ!」
目を開くと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。
(……また、殿下の夢を見てしまった……)
重い体を無理矢理起こす。顔中がびしょ濡れだった。
「……。」
私はベッドからゆっくり立ち上がると、化粧台の上の小さな宝石箱の方へ歩いた。見たら余計に苦しくなるだけだと分かっているのに。
そっと蓋を開けると、中には一つだけ。
私の、この世で最も大切な宝物。
「……ふ……、……うぅ……っ」
青いブローチを取り出し、両手で握りしめながら、私はその場に崩れ落ちた。
「……今日は元気がありませんね、フィオレンサ嬢」
「……っ、……ごめんなさい、ジェレミー様」
「いえ、私のことは気になさらず。あなたの体調が優れないのではないかと、心配しているだけですから」
ヒースフィールド侯爵令息は、あの日以来毎週のようにうちの屋敷を訪れては、小一時間ほど私と会話をして帰っていく。
最初は警戒していたけれど、ヒースフィールド侯爵令息と話すのは楽しくて、彼と過ごしているこの短い時間だけは気が楽になっていた。いつも貴族学園に通っていた頃の思い出話で盛り上がる。あの頃のことならば、私たちには共通の話題が多かった。
だけど今日はどうも調子が出ない。今朝方あんな夢を見たせいだ。あの日殿下に突き付けられた別れの言葉を、一日中ずっと引きずっている。
「……。」
私が俯いて黙ってしまったせいか、ヒースフィールド侯爵令息はポツリと呟くように言った。
「……想像を絶する辛さなのでしょうね。あなたは心からウェイン殿下を慕っていらっしゃったから。そんなに簡単には立ち直れないのも、当たり前のことです」
私が暗い原因を察してくれている。せっかくこうして足を運んでくださっているのに、申し訳なくなる。
「……本当に、ごめんなさい、ジェレミー様」
もうこんなに通ってくださらなくて結構なのですよ、と、そう伝えようとした時、
「いえ、……私には長年心から慕う女性がおりますが、その方と心が通じ合ったことはありません。ですから、一度は添い遂げると誓い合った人からの裏切りによる痛みは、経験したことがない。私にはあなたの今の苦しさを本当にはきっと理解できていないのでしょうが……、あなたのためにできることがあれば、何でもします、フィオレンサ嬢」
彼はそう言ったのだった。
『え……?……まぁ!素敵なブローチですわ……!』
『いつも王妃教育を頑張ってくれている君への褒美だ。感謝しているよ、フィオレンサ』
『殿下……っ』
『はは、これくらいで泣く者があるか』
『……幸せでございます、殿下……。ありがとうございます。一生大切にいたしますわ』
殿下の瞳と同じ色。深い深い青色の宝石の、美しいブローチ。
これは、私が殿下のものであるという証だ。殿下はそう認めてくださっている。そのことがたまらなく嬉しかった。
もっともっと頑張ろう。努力しよう。どんなに辛くも、決して投げ出さない。
殿下の良き妻となるために。殿下に誇りに思っていただけるように。この身の全てを、この方に捧げるんだ。
全ては愛していたからだった。
突如、耐えがたい悲しみが私を襲う。私の瞳から涙が次々と溢れ、胸が引き千切られるかのような苦しみを覚える。私は必死で殿下に縋った。
『殿下……、殿下、違います。信じてください。私は、たとえあなた様が王太子ではなかったとしても、何の肩書きもない、ただの一人の男性であっても、あなたをきっと愛しました。あなただから、愛したのです。嘘じゃない……!優しいあなただから……!』
あなたの妻になりたかったのです。
たった今、私に美しいブローチを贈ってくださったはずの殿下は、私の言葉を聞いた途端、ふん、と私を嘲笑った。
『騙されるものか、悪女め。か弱いふりをして、最後までよく足掻いたものだ。もういい。諦めて俺の決断を受け入れろ。お前が王妃になれる日など永久にやって来ない。用件は以上だ。去れ』
「…………っ!」
目を開くと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。
(……また、殿下の夢を見てしまった……)
重い体を無理矢理起こす。顔中がびしょ濡れだった。
「……。」
私はベッドからゆっくり立ち上がると、化粧台の上の小さな宝石箱の方へ歩いた。見たら余計に苦しくなるだけだと分かっているのに。
そっと蓋を開けると、中には一つだけ。
私の、この世で最も大切な宝物。
「……ふ……、……うぅ……っ」
青いブローチを取り出し、両手で握りしめながら、私はその場に崩れ落ちた。
「……今日は元気がありませんね、フィオレンサ嬢」
「……っ、……ごめんなさい、ジェレミー様」
「いえ、私のことは気になさらず。あなたの体調が優れないのではないかと、心配しているだけですから」
ヒースフィールド侯爵令息は、あの日以来毎週のようにうちの屋敷を訪れては、小一時間ほど私と会話をして帰っていく。
最初は警戒していたけれど、ヒースフィールド侯爵令息と話すのは楽しくて、彼と過ごしているこの短い時間だけは気が楽になっていた。いつも貴族学園に通っていた頃の思い出話で盛り上がる。あの頃のことならば、私たちには共通の話題が多かった。
だけど今日はどうも調子が出ない。今朝方あんな夢を見たせいだ。あの日殿下に突き付けられた別れの言葉を、一日中ずっと引きずっている。
「……。」
私が俯いて黙ってしまったせいか、ヒースフィールド侯爵令息はポツリと呟くように言った。
「……想像を絶する辛さなのでしょうね。あなたは心からウェイン殿下を慕っていらっしゃったから。そんなに簡単には立ち直れないのも、当たり前のことです」
私が暗い原因を察してくれている。せっかくこうして足を運んでくださっているのに、申し訳なくなる。
「……本当に、ごめんなさい、ジェレミー様」
もうこんなに通ってくださらなくて結構なのですよ、と、そう伝えようとした時、
「いえ、……私には長年心から慕う女性がおりますが、その方と心が通じ合ったことはありません。ですから、一度は添い遂げると誓い合った人からの裏切りによる痛みは、経験したことがない。私にはあなたの今の苦しさを本当にはきっと理解できていないのでしょうが……、あなたのためにできることがあれば、何でもします、フィオレンサ嬢」
彼はそう言ったのだった。
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