【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中

文字の大きさ
上 下
65 / 78

65. 思い出を辿る

しおりを挟む
「あ……ありがとうございます、旦那様……! 嬉しい……っ」
 
 旦那様が夜遅くにお戻りになった、その翌日。私室に呼ばれ伺うと、そこで信じられないものを手渡された。
 それは、あのエヴェリー伯爵邸に置いてきてしまった、亡き両親の思い出の品々が入った私の大切な宝箱だった。

「君のその笑顔が見られてよかった、ミシェル。手をつけた様子はなかったから大丈夫だとは思うが、一応中を確認してみるといい」

 旦那様はなぜだか私にソファーを勧め、そしてご自分も隣に腰かけた。距離が近くて、ドキドキしてしまう。まるで、先日私が旦那様に過去の全てを打ち明けた日のようだ。
 胸の高鳴りを抑えながら、私はそっと蓋を開ける。中を見た瞬間、込み上げてくる感情で視界が滲んだ。

「……あります、全部……。全部ちゃんと、ここに」
「よかった。……見せてくれるか? 私にも」
「は、はい。その……大したものではないのですが……」
「構わない。君にとって何よりも大切なものなのだろう?」

 旦那様がそう言ってくれるから、私は一つ一つ取り出しては説明していく。こんなものを見て、旦那様が楽しいのかは分からないけれど……。

「これは、小さい頃に私が髪につけていたリボンや花飾りです。毎朝母が私に、今日はどれがいい? と聞いて選ばせてくれて、その日の気分で変えていました。どれもお気に入りで、これらを見ていると、母が私の髪を梳いて結ってくれていた、あの優しい手の感触を思い出すんです……」
「そうか。優しい母上だったんだな。お会いしてみたかった。君がこんなにも朗らかで優しい女性に成長したのは、ご両親の愛情の賜物だろう」
「……旦那様……」

 気のせいだろうか。なんだか……旦那様の私を見つめる瞳が、以前よりさらに柔らかく、慈愛に満ちたものになっている気がする。

(私の境遇を知って、同情してくださっているからかしら。本当にどこまでもお優しい方なんだな……)

 ジッとこちらを見つめてくる旦那様に照れていると、彼は箱の中で綺麗に折り畳まれた数枚の紙に興味を示した。

「……それは? ご両親からの手紙か何かかい?」
「あ、これは……恥ずかしいのですが……」

 そう言って私は、古くなった紙たちを破れてしまわないよう慎重に開いていく。
 そこには、父が描いたいくつかの動物の絵の隣に、小さな私が同じように描こうとした動物らしきものの絵や、父が書いた文字の隣に、こちらも私が真似して書いた文字のようなのたくった線が並んでいた。
 旦那様はそれらの紙きれを手に取ると、無言のまままじまじと見つめている。恥ずかしくて頬がじんわりと熱を帯びた。

「父が私に、よく絵や文字を教えてくれていたんです。母が亡くなり、伯父の……エヴェリー伯爵家の使いの人に連れて行かれるとなった時に、何か思い出の品物を持っていきたくて。急かされながら慌ててかき集めたものの中に、そんな小さな頃に描いていた紙きれも入っていました。なんだか捨てられずに、以来ずっと宝箱の中に……。くだらないものに見えると思いますが……」

 言い訳がましくそう言うと、旦那様はきっぱりと否定する。

「まさか。これのどこがくだらないものか。……父君の隣に座ってたどたどしい手つきで絵や文字を描いている幼い君の姿が目に浮かぶようだ。想像するだけで、愛らしくてたまらない。……見せてくれてありがとう、ミシェル。ずっと大切にとっておいて、また私に見せておくれ」
「……旦那様……」

 この方はどうして、こんなにも優しいのだろう。ただの使用人の一人のために、こんなに親身になり、心を砕いてくださって。

「……旦那様、この形見の品を取り戻すためだけに、わざわざエヴェリー伯爵邸まで出向いてくださったのですよね……? 感謝してもしきれません。こんな些細なものたちでも、私にとっては何より大切な宝物ですから。……本当に、ありがとうございます」

 私がそう伝えると、旦那様は目を細めて私の髪をそっと撫でた。

「当然のことだ。私は君のためならば何でもする男だぞ。これからは何かあれば、遠慮なく私を頼ってほしい。君の笑顔が見られるのならば、それに勝る喜びなど私にはないのだから」
「……」

 ねぇ、こんな雇用主が、他にいる……?
 このお屋敷で働いている人たちは、皆何かあるたびに旦那様からこんな風に守られて生活しているの……?
 
(穏やかでいい人たちばかりだとは思っていたけれど、これほど大きな旦那様の愛情に包まれているのなら、それも納得だわ……)

「他には? 君とご両親の思い出の品々を、もっと私に教えておくれ」
「あ、はい。……これは、六歳の誕生日の時に母が作ってくれた手作りのブローチで……」

 旦那様の底知れぬ包容力に舌を巻きながら、私はそれからしばらくの間、ずっと自分だけのものだった思い出たちを旦那様に披露していったのだった。




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます

衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。 婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。 シェリーヌは16年過ごした国を出る。 生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。 第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。 第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。28日の更新で完結します。

処理中です...