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63. 伯爵夫妻の焦り(※sideロイド)
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私の言葉に、応接間は水を打ったように静まり返った。目の前のエヴェリー伯爵はまるで魂を抜かれたかのように、私を見つめたままポカンと口を開けている。見苦しい。
するとそのタイミングで、エヴェリー伯爵夫人が颯爽と現れた。
「失礼いたしますわ。ごきげんよう、ハリントン公爵閣下。ようこそおいでくださいましたわ! 先日は大変失礼を……。うちの不出来な身内が、閣下に大変なご迷惑をおかけしておりますことを、心よりお詫び申し上げますわ」
伯爵夫人は入ってくるなり高らかにそうのたまうと、踊るような足取りで我々のそばまでやって来た。何をそんなに張り切っているのか。趣味の悪い香水の匂いがきつい。
「……コリーン」
「あの虚言癖の小娘の言い分など、どうぞお信じにならないでくださいませね。体調不良など、自作自演も含まれていますのよ。きっと公爵閣下の同情を引こうと、自ら食事を絶ったりしていたのですわ。いろいろと小賢しい言い訳を並べましたでしょうが……あの子は本当に、口を開けば生意気ばかり」
「コリーン、黙りなさい」
こめかみに汗を垂らしながら、エヴェリー伯爵は当然のように隣に座ってきた自分の妻を小声でたしなめている。が、夫人は完全に無視して話を続ける。
「成長とともにもう、たちの悪さは増すばかりで。私たちにも反抗ばかりで、娘のパドマにはひどい虐めを繰り返し……。本当に、どうしようもない小娘でしたのよ」
「コリーン!!」
「どうぞ閣下、あの詐欺師のような我が儘傍若無人娘を、とっととお見捨てくださいませ。そばに置いておくと、何をしでかすか分かったものじゃございませんことよ」
未来の公爵夫人を、これでもかと貶し続けるエヴェリー伯爵夫人。隣にいるその夫は顔面蒼白だった。
「もういい! 黙るんだコリーン!」
「閣下、断言いたしますわ。あの悪辣娘、野放しにしておきましたら必ず近いうちにハリントン公爵邸の財産を盗んで逃げ出しますわよ。本当に薄汚い娘なんです。もしくは……畏れ多くも閣下の寝所に忍び込もうとする可能性だってございますわ。だってあの子、うちのパドマの婚約者にまで、色じかけ……」
「公爵閣下はミシェルを奥方に迎えると仰っているんだぞ!!」
ついに伯爵は立ち上がり、金切り声を上げて自分の妻を怒鳴りつけた。
「……え……?」
一瞬固まった伯爵夫人は、数秒後、ゆっくりと自分の夫の顔を見上げた。そして再び動きを止めた。
「ミシェルは……ハリントン公爵閣下が貰い受けてくださると……。閣下はそう仰っているのだ」
「……ま、まさか……。そんなはずが……、な、なぜ……?」
伯爵夫人は唇の端をヒクヒクと痙攣させながら声を震わせる。私は再度、目の前の二人に告げた。
「どうやらあなた方にとって、私のミシェルは愛情を注ぐべき対象ではなかったようだな。今のあなた方の話を聞いても、ミシェルの言葉を聞いても、彼女がこのエヴェリー伯爵邸で随分とむごい扱いをされてきたことが分かる。私のことなど簡単に言いくるめられると侮っておられるようだが、私は人を見る目はあるつもりだ」
「……い……っ、いえ、そ、そのような……」
伯爵夫人は夫同様蒼白になり、呻くような声で言い訳めいた言葉を口にする。それを無視して私は続けた。
「我がハリントン公爵邸で保護してから、彼女は今日まで日々ひたむきに働き、誠実に尽くしてくれている。あなた方にとって彼女が“小賢しく生意気”で、“詐欺師のような我が儘傍若無人”の“悪辣娘”であるというのならば、そちらこそ金輪際私のミシェルに、……我々には関わらないでいただきたい。彼女は我が妻として、私が大切にするつもりだ」
「……か……閣下……。わ、私どもは決して、その……」
王国一の資産と権力を持つハリントン公爵家の当主であるこの私から関係の断絶を宣言されたエヴェリー伯爵は、はぁはぁと息を荒げながら目を泳がせ、何かしら取り繕う言葉を探しているようだ。まぁ、関係の断絶と言っても、隣り合った領地でありながらこれまでさほど深い関係もなかったのだが。
ハリントン公爵夫人を虐め抜き、虐げ続けていたエヴェリー伯爵一家は、今後他の貴族家の連中からも距離を置かれることだろう。
「……わ、私共は決して、ミシェルを粗末に扱っていたわけではないのです。本当に、うちにいた時のミシェルは、一時期その、あまり態度が良くなく、ですね……」
「そっ! そうでございますわ閣下! 誤解を招くようなことを申し上げたかもしれませんが、私も主人も本心ではあの子のことが可愛く……」
「もう結構。こうして今日訪問した理由は他にある。ミシェルの私物を受け取りに来たのだ。彼女の部屋だった場所に、案内していただきたい」
するとそのタイミングで、エヴェリー伯爵夫人が颯爽と現れた。
「失礼いたしますわ。ごきげんよう、ハリントン公爵閣下。ようこそおいでくださいましたわ! 先日は大変失礼を……。うちの不出来な身内が、閣下に大変なご迷惑をおかけしておりますことを、心よりお詫び申し上げますわ」
伯爵夫人は入ってくるなり高らかにそうのたまうと、踊るような足取りで我々のそばまでやって来た。何をそんなに張り切っているのか。趣味の悪い香水の匂いがきつい。
「……コリーン」
「あの虚言癖の小娘の言い分など、どうぞお信じにならないでくださいませね。体調不良など、自作自演も含まれていますのよ。きっと公爵閣下の同情を引こうと、自ら食事を絶ったりしていたのですわ。いろいろと小賢しい言い訳を並べましたでしょうが……あの子は本当に、口を開けば生意気ばかり」
「コリーン、黙りなさい」
こめかみに汗を垂らしながら、エヴェリー伯爵は当然のように隣に座ってきた自分の妻を小声でたしなめている。が、夫人は完全に無視して話を続ける。
「成長とともにもう、たちの悪さは増すばかりで。私たちにも反抗ばかりで、娘のパドマにはひどい虐めを繰り返し……。本当に、どうしようもない小娘でしたのよ」
「コリーン!!」
「どうぞ閣下、あの詐欺師のような我が儘傍若無人娘を、とっととお見捨てくださいませ。そばに置いておくと、何をしでかすか分かったものじゃございませんことよ」
未来の公爵夫人を、これでもかと貶し続けるエヴェリー伯爵夫人。隣にいるその夫は顔面蒼白だった。
「もういい! 黙るんだコリーン!」
「閣下、断言いたしますわ。あの悪辣娘、野放しにしておきましたら必ず近いうちにハリントン公爵邸の財産を盗んで逃げ出しますわよ。本当に薄汚い娘なんです。もしくは……畏れ多くも閣下の寝所に忍び込もうとする可能性だってございますわ。だってあの子、うちのパドマの婚約者にまで、色じかけ……」
「公爵閣下はミシェルを奥方に迎えると仰っているんだぞ!!」
ついに伯爵は立ち上がり、金切り声を上げて自分の妻を怒鳴りつけた。
「……え……?」
一瞬固まった伯爵夫人は、数秒後、ゆっくりと自分の夫の顔を見上げた。そして再び動きを止めた。
「ミシェルは……ハリントン公爵閣下が貰い受けてくださると……。閣下はそう仰っているのだ」
「……ま、まさか……。そんなはずが……、な、なぜ……?」
伯爵夫人は唇の端をヒクヒクと痙攣させながら声を震わせる。私は再度、目の前の二人に告げた。
「どうやらあなた方にとって、私のミシェルは愛情を注ぐべき対象ではなかったようだな。今のあなた方の話を聞いても、ミシェルの言葉を聞いても、彼女がこのエヴェリー伯爵邸で随分とむごい扱いをされてきたことが分かる。私のことなど簡単に言いくるめられると侮っておられるようだが、私は人を見る目はあるつもりだ」
「……い……っ、いえ、そ、そのような……」
伯爵夫人は夫同様蒼白になり、呻くような声で言い訳めいた言葉を口にする。それを無視して私は続けた。
「我がハリントン公爵邸で保護してから、彼女は今日まで日々ひたむきに働き、誠実に尽くしてくれている。あなた方にとって彼女が“小賢しく生意気”で、“詐欺師のような我が儘傍若無人”の“悪辣娘”であるというのならば、そちらこそ金輪際私のミシェルに、……我々には関わらないでいただきたい。彼女は我が妻として、私が大切にするつもりだ」
「……か……閣下……。わ、私どもは決して、その……」
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「……わ、私共は決して、ミシェルを粗末に扱っていたわけではないのです。本当に、うちにいた時のミシェルは、一時期その、あまり態度が良くなく、ですね……」
「そっ! そうでございますわ閣下! 誤解を招くようなことを申し上げたかもしれませんが、私も主人も本心ではあの子のことが可愛く……」
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