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61. 結ばれた心(※sideロイド)
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ミシェルがこの私の気持ちを受け入れてくれた。
その事実に、私はあの日以来どうしようもなく浮かれている。
あの女たちが茶会で示し合わせ、底意地悪くミシェルを糾弾しはじめた時は、一体何の話かと愕然とした。
しかし、堪えきれない涙をこぼしながら必死で弁明するミシェルのことを、私は自分でも不思議なほどすんなりと信じることができた。逆に醜く目を吊り上げどうにか彼女を突き落とそうと躍起になる連中の話など、簡単に信用できるはずがない。私に取り入るためにわざわざ母の別邸にまで赴き、周到に媚を売って茶会を開かせ、自分の援護射撃をさせるための女たちまで連れ込むような人間のことなど。
誰にも邪魔されずにミシェルの話を聞くために、私は自分の部屋に彼女を招き入れた。
そこでミシェルから語られた彼女のこれまでの人生は、私の胸をひどく締めつけた。
可哀想に。どれほど辛く孤独な日々だっただろう。もっと早くに出会っていれば。もっと早く、ミシェルを救い出してやれていれば。
胸の奥から溢れ出す愛おしさを抑えることなどできず、私は想いのままにミシェルのか細い体を抱きしめた。彼女は抵抗しなかった。そして私は、ついに伝えたのだ。これから先はこの私が、君のことを守っていきたいと。それは無論、私にとって一世一代の愛の告白であり、プロポーズの言葉でもあった。
ミシェルは破顔し、美しい涙をポロリとこぼすと、こちらこそよろしくお願いいたしますと、そう答えてくれた。叫びたくなるほどの喜びが体中を満たし、私はその想いをぶつけるように再びミシェルを抱きしめたのだった────
本当はあの時、彼女の愛くるしい桃色の唇に私の唇を重ねたかったが……さすがにそれはがっつきすぎだろう。あの女どものせいで、ミシェルはひどい目に遭って傷ついたばかりなのだ。あんな公衆の面前で突然根も葉もない言いがかりをつけられ、貶められ。
今はただ、優しく抱擁してやりたい。ミシェルを安心させてやらなければ。
そう自制し、どうにか熱い衝動を堪えたのだった。
私はその後体を離し、再びミシェルの話を聞いた。
『────君はあのエヴェリー伯爵邸を突然追い出されたようだが、何か置いてきた私物などはないのか。ここへ来た時、何も持っていなかっただろう』
私がそう尋ねると、ミシェルはふと思い出したような顔をし、そして長い睫毛を悲しげに伏せてしまった。
『……大した私物などはありませんでした。何かを買ってもらったこともないので。……ただ、父や母の形見の品が少しだけあるんです。それを持ってこられなかったことが、いまだに残念でなりません。金銭的な価値のあるものは一つもないのですが……私にとっては、大切な宝物でした。……でもきっともう、全部捨てられてしまっていると思います』
そう言って自嘲するように少し笑ったミシェルの表情は今にも泣き出しそうなほど寂しげで、私の胸はかき乱された。
(取り戻してやる。万が一処分などしていれば、ただでは済まさない)
茶会の席で、傲慢で冷淡な表情を浮かべながらミシェルを糾弾していたエヴェリー伯爵家の母娘の底意地の悪い顔を思い出し、私はそう決意した。
(母にもミシェルを妻に迎える決断を報告せねばな。あの茶会での騒ぎのすぐ後、母は当初の予定通り別邸に帰ってしまったから、ミシェルの件ではまだほとんど話ができていない……)
他家への訪問の予定などが入っていた母は、何か言いたげな表情のまま、心配そうにこの屋敷を去った。私の結婚相手を選ぶつもりだった茶会の目的が失敗に終わった上に、あの騒ぎだ。納得できていないことだろう。近いうちにミシェルを連れて向こうへ行かねばなるまい。
だが、その前に……
「……カーティス」
しばらく思案した後、私は同じ執務室にいるカーティスに声をかけた。仕分けを任せていた書類から目を上げたカーティスが間の抜けた返事をする。
「はい? 何ですかロイド様」
「明日、エヴェリー伯爵領に行く。仕事はできる限り今日のうちに詰めて終わらせるぞ」
「……へ? どうしたんですか突然。何かありましたか? 何で急に隣の領地へ?」
◇ ◇ ◇
「……へーぇ。ここがそのエヴェリー伯爵邸ですか。なんつーか、殺風景ですね。うちとは比べものにもならないな。はは」
翌日。早朝に屋敷を出た我々は、数刻後目的の場所へと到着した。エヴェリー伯爵邸の門の前に馬車が着くと、カーティスは小窓から外を眺めながらそんなことを言う。
カーティスには昨日のうちに、かいつまんで事情を説明した。私がミシェルを妻に迎えるつもりだと言うと、この男は明るい緑色の目を丸く見開き、ポカーンと口を開けていた。
「それにしてもミシェルのやつ、なんでまだメイドとして働いてるんです? 俺は遠目に見ただけですけど、あいつ今朝も早くから掃除してましたよね。ロイド様の妻になるんなら、もう働く立場じゃないんじゃないですか?」
「……真面目で謙虚なミシェルらしい。朝会った時に、ゆっくりしていればいいだろうと私も言ったのだが。逆に不思議そうな顔をしていた。いつもこの時間にはすでに働いていますが、と。おそらくは、まだきちんと契約書の類を交わしていないから、自分はこれまで通りメイドとして勤めなければと考えているのだろう。早急に使用人契約終了の書面と、婚約の書面も交わさなければな」
「そっすねー。あーあ、俺あいつのこと、今後は奥様とか呼ぶことになるんすね。変な感じですよ。ふはは」
「そうだぞ。もうミシェルだのあいつだの、気安く呼ぶなよ。ハリントン公爵家の面目にも関わる」
「了解でーす」
カーティスはそう軽く返事をすると馬車を降りた。
門の前に立つ衛兵たちの顔が緊張に強張るのが見てとれた。
その事実に、私はあの日以来どうしようもなく浮かれている。
あの女たちが茶会で示し合わせ、底意地悪くミシェルを糾弾しはじめた時は、一体何の話かと愕然とした。
しかし、堪えきれない涙をこぼしながら必死で弁明するミシェルのことを、私は自分でも不思議なほどすんなりと信じることができた。逆に醜く目を吊り上げどうにか彼女を突き落とそうと躍起になる連中の話など、簡単に信用できるはずがない。私に取り入るためにわざわざ母の別邸にまで赴き、周到に媚を売って茶会を開かせ、自分の援護射撃をさせるための女たちまで連れ込むような人間のことなど。
誰にも邪魔されずにミシェルの話を聞くために、私は自分の部屋に彼女を招き入れた。
そこでミシェルから語られた彼女のこれまでの人生は、私の胸をひどく締めつけた。
可哀想に。どれほど辛く孤独な日々だっただろう。もっと早くに出会っていれば。もっと早く、ミシェルを救い出してやれていれば。
胸の奥から溢れ出す愛おしさを抑えることなどできず、私は想いのままにミシェルのか細い体を抱きしめた。彼女は抵抗しなかった。そして私は、ついに伝えたのだ。これから先はこの私が、君のことを守っていきたいと。それは無論、私にとって一世一代の愛の告白であり、プロポーズの言葉でもあった。
ミシェルは破顔し、美しい涙をポロリとこぼすと、こちらこそよろしくお願いいたしますと、そう答えてくれた。叫びたくなるほどの喜びが体中を満たし、私はその想いをぶつけるように再びミシェルを抱きしめたのだった────
本当はあの時、彼女の愛くるしい桃色の唇に私の唇を重ねたかったが……さすがにそれはがっつきすぎだろう。あの女どものせいで、ミシェルはひどい目に遭って傷ついたばかりなのだ。あんな公衆の面前で突然根も葉もない言いがかりをつけられ、貶められ。
今はただ、優しく抱擁してやりたい。ミシェルを安心させてやらなければ。
そう自制し、どうにか熱い衝動を堪えたのだった。
私はその後体を離し、再びミシェルの話を聞いた。
『────君はあのエヴェリー伯爵邸を突然追い出されたようだが、何か置いてきた私物などはないのか。ここへ来た時、何も持っていなかっただろう』
私がそう尋ねると、ミシェルはふと思い出したような顔をし、そして長い睫毛を悲しげに伏せてしまった。
『……大した私物などはありませんでした。何かを買ってもらったこともないので。……ただ、父や母の形見の品が少しだけあるんです。それを持ってこられなかったことが、いまだに残念でなりません。金銭的な価値のあるものは一つもないのですが……私にとっては、大切な宝物でした。……でもきっともう、全部捨てられてしまっていると思います』
そう言って自嘲するように少し笑ったミシェルの表情は今にも泣き出しそうなほど寂しげで、私の胸はかき乱された。
(取り戻してやる。万が一処分などしていれば、ただでは済まさない)
茶会の席で、傲慢で冷淡な表情を浮かべながらミシェルを糾弾していたエヴェリー伯爵家の母娘の底意地の悪い顔を思い出し、私はそう決意した。
(母にもミシェルを妻に迎える決断を報告せねばな。あの茶会での騒ぎのすぐ後、母は当初の予定通り別邸に帰ってしまったから、ミシェルの件ではまだほとんど話ができていない……)
他家への訪問の予定などが入っていた母は、何か言いたげな表情のまま、心配そうにこの屋敷を去った。私の結婚相手を選ぶつもりだった茶会の目的が失敗に終わった上に、あの騒ぎだ。納得できていないことだろう。近いうちにミシェルを連れて向こうへ行かねばなるまい。
だが、その前に……
「……カーティス」
しばらく思案した後、私は同じ執務室にいるカーティスに声をかけた。仕分けを任せていた書類から目を上げたカーティスが間の抜けた返事をする。
「はい? 何ですかロイド様」
「明日、エヴェリー伯爵領に行く。仕事はできる限り今日のうちに詰めて終わらせるぞ」
「……へ? どうしたんですか突然。何かありましたか? 何で急に隣の領地へ?」
◇ ◇ ◇
「……へーぇ。ここがそのエヴェリー伯爵邸ですか。なんつーか、殺風景ですね。うちとは比べものにもならないな。はは」
翌日。早朝に屋敷を出た我々は、数刻後目的の場所へと到着した。エヴェリー伯爵邸の門の前に馬車が着くと、カーティスは小窓から外を眺めながらそんなことを言う。
カーティスには昨日のうちに、かいつまんで事情を説明した。私がミシェルを妻に迎えるつもりだと言うと、この男は明るい緑色の目を丸く見開き、ポカーンと口を開けていた。
「それにしてもミシェルのやつ、なんでまだメイドとして働いてるんです? 俺は遠目に見ただけですけど、あいつ今朝も早くから掃除してましたよね。ロイド様の妻になるんなら、もう働く立場じゃないんじゃないですか?」
「……真面目で謙虚なミシェルらしい。朝会った時に、ゆっくりしていればいいだろうと私も言ったのだが。逆に不思議そうな顔をしていた。いつもこの時間にはすでに働いていますが、と。おそらくは、まだきちんと契約書の類を交わしていないから、自分はこれまで通りメイドとして勤めなければと考えているのだろう。早急に使用人契約終了の書面と、婚約の書面も交わさなければな」
「そっすねー。あーあ、俺あいつのこと、今後は奥様とか呼ぶことになるんすね。変な感じですよ。ふはは」
「そうだぞ。もうミシェルだのあいつだの、気安く呼ぶなよ。ハリントン公爵家の面目にも関わる」
「了解でーす」
カーティスはそう軽く返事をすると馬車を降りた。
門の前に立つ衛兵たちの顔が緊張に強張るのが見てとれた。
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