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56. 糾弾と虚言

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 サロンの中は水を打ったように静まり返った。全員の視線が一斉に私に突き刺さる。戸惑った表情のハリントン前公爵夫人。そして────

「……一体何の話だ。なぜそこでミシェルの名が出る。それに……フランドルとは……?」

 真っ先に声を上げたのは旦那様だった。
 勝ち誇ったように微笑むブレイシー侯爵令嬢が、扇で口元を隠し私を見据える。同様に強気な笑みを浮かべたエヴェリー伯爵夫人はスッと立ち上がり、このサロンにいる全員に言い聞かせるよう声を上げた。

「今から全てをご説明いたしますわ、ハリントン公爵閣下、そしてハリントン前公爵夫人。そちらにおります娘は、我が夫エヴェリー伯爵の実妹であるシンシア・エヴェリーの産んだ一人娘なのでございます。その相手の男は、両親の意向を無視して駆け落ち同然に結婚したフランドル男爵家の三男。しかし聞いたところによるとミシェルは、自分を身寄りのない哀れな平民だと偽り、公爵閣下に近付いたそうではありませんか。ミシェル・フランドルは、閣下を騙してこの公爵邸に入り込んでいるのです」

 旦那様が振り返り、ゆっくりと私の方を見る。驚きに満ちたその表情を見た瞬間、私の胸が激しく痛んだ。
 自分の口で説明したい。けれど、喉がつかえたように言葉が出ない。
 エヴェリー伯爵夫人はサロンに響き渡るほど大きな声で、まだ話し続けている。

「これまでのことを、順を追ってご説明いたしますわ。まずミシェルの父親であるそのフランドル男爵家の三男、この者とシンシア・エヴェリーは駆け落ちした後ミシェルを授かり、王国南方の小さな町で平民として暮らしていたようです。そしてフランドル男爵家の三男は、建設現場での労働中に不運な事故によって命を失いました。その二年後、今度はシンシアが病のために儚くなったのです。……罰が下ったのでしょう。その時すでに八歳になっていたミシェルは、我が夫エヴェリー伯爵が引き取ることになりました。すでにエヴェリー伯爵家からは見限られていたシンシアではありましたが、夫はミシェルを見捨てることはできないと。例え身勝手に駆け落ちした妹の娘とはいえ、血の繋がりのある大切な身内なのだからと……そう言って、慈悲をかけたのです。南方の町まであの娘を迎えに行き、我がエヴェリー伯爵邸に迎え入れました。……ですが……、これが我が家の不幸のはじまりだったのです」

 エヴェリー伯爵夫人はそう言うと、苦しげに顔をしかめ、ふぅっと息をついた。隣の席に座っているパドマも、全く同じ仕草をする。

「ミシェルは……やはりそのような両親の元で育ったためでしょうか。とにかく素行の悪い娘でした。屋敷の中のものを次々盗み出しては勝手に売り飛ばし、その金で自分の欲しいものを買い漁り、ここにいるパドマのこともいじめ抜きました。淑女教育を施そうにもとにかく勉強が嫌いで、なぜこんな退屈なことをさせようとするのかと反抗ばかり。学園にも絶対に通わないと駄々をこね、そして何か気に入らないことがあるたびに私共の目を盗んではパドマに八つ当たりをし……。とにかく昔から虚言が多く、我が儘で……そして、好色で多情な娘でした」

 そう言うとエヴェリー伯爵夫人は苦しげなうめき声を漏らし、両手で顔を覆った。隣のパドマはクスンクスンと鼻を鳴らしている。

「……ミシェル、さん……」

 すぐそばから、アマンダさんの気遣わしげな小さな声が聞こえる。けれど私は動けなかった。私を糾弾する伯爵夫人の嘘が心を抉り、視界がぼんやりと滲む。

「母親に似たのでしょうか……ミシェルはとにかく殿方に色目を使いたがるのです。あまりに不埒な内容ばかりですので、ここでは明言を控えますが、ただ一つ……ミシェルが、ここにおります我が娘パドマの長年の婚約者であるスティーブ・ヘイゼル伯爵令息を自室に連れ込み、事に及ぼうとしているのを娘が見てしまったことだけが、本当に可哀想で……。娘はあの日以来、深い心の傷を抱えずっと苦しんでいるのでございます」
「う……うぅ……っ」

 突然、パドマが両手で顔を覆って泣き出した。集まった女性たちの息を呑む気配で、サロンの空気は一気に張りつめる。誰もがエヴェリー伯爵夫人の言葉を信じているのは明白だった。
 旦那様は微動だにせず、エヴェリー伯爵夫人の方を見ている。堪えきれずに、私の瞳からは涙がポロリとこぼれ落ちた。

「……夫と私は、さすがに今回のことは看過できないと。ヘイゼル伯爵令息とのことは、私たちが駆けつけたおかげで未遂に終わりましたが、だからと言って許せることではございませんでした。主人はミシェルを規律の厳しい修道院に行かせようと決断いたしました。それがミシェルのためにもなると思ったのでございます。ですが……ミシェルは激高し、反発しました。そしてそれをきっかけに、私たちの屋敷を飛び出してしまったのでございます」
「……うそ、です……。ちがいます……」

 もう聞いていられなかった。たしかに私は、素性を偽ってこのハリントン公爵邸で働いている。そのことへの罪悪感はずっと心にあった。けれど、だからと言ってあまりにもひどい。それ以外のほとんどは出鱈目ばかりだった。
 私の発した弱々しい声に、サロンの全員が再びこちらを向く。
 旦那様の真っ青な美しい瞳と視線がぶつかった。





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