上 下
55 / 61

55. 茶会のはじまり

しおりを挟む
 いよいよ茶会が始まった。
 旦那様が席に座るとすぐに、私たちメイドは一斉に動き出し、全員に紅茶をふるまう。新参の私は末席側に行かざるを得ず、必然的にパドマとエヴェリー伯爵夫人に紅茶を出す羽目になった。これまでにない緊張感に、無様に手が震える。一体何を言われることか。きっと周囲に聞こえないように、ひどい言葉で罵倒されるのだろう。そう覚悟していた。
 ところが、パドマも伯爵夫人も、そばに来て紅茶をサーブする私に一言も発しない。まるで取るに足らないただのメイドの一人に対する態度だ。さっきからあんなに私のことを睨んでいたというのに。
 予想外に紅茶や茶菓子を普通にふるまいその場を離れる事ができ、私はホッとして小さく息をついた。奥の方では早速談笑が始まっている。

「ご無沙汰しておりますわ、公爵閣下。娘のアリシアがあなた様にお会いできるのを本当に心待ちにしておりましたのよ」
「ご、ごきげんよう、公爵閣下」

 美しいご令嬢が少し上擦った声で、旦那様を見つめてご挨拶をしている。近くの席にいる他の令嬢たちも、皆目を輝かせて旦那様を見つめている。そんな中で、ブレイシー侯爵令嬢は落ち着いた雰囲気で静かに紅茶を傾けていた。
 それからしばらくは、ご婦人方が我先にと旦那様に向かって娘さんのアピールを初めていた。我が娘は経営にもとても興味がありまして……、うちの娘は貴族学園を首席で卒業しましたの、うちの娘は先月まで留学をしておりまして、他国の文化や言語にも非常に長けており……などなど。それをハリントン前公爵夫人が相槌を打って聞きながら、時折内容を補足して旦那様に説明したりしている。
 たしかにこの様子を見ていれば、この茶会が旦那様の奥方探しであることは間違いなさそうだ。
 こちらに背を向けている旦那様の表情をうかがい知ることはできないが、旦那様はほとんど言葉を発することもなくただ静かに座っていらっしゃった。時折紅茶を口にしながら、話しかけられれば小さな声で短く返事をする。……あまり楽しそうではないが、隣に座っている令嬢などはもう完全に旦那様の顔に釘付けだった。うっとりとした横顔がこちらからでもよく見える。
 ブレイシー侯爵令嬢とパドマたちだけが、浮かれた様子を一切見せずにただ静かに座っていて、それが不気味で仕方なかった。

 茶会はハリントン前公爵夫人と集まったその他のご婦人、ご令嬢たちでそれなりに盛り上がり、皆終始にこやかに語り合っていた。私たちメイドは時折紅茶をサーブしたり茶菓子を補充したりしながら、騒がしくしないよう慎重に動いている。
 しばらくして談笑のざわめきがなんとなく少し静まったタイミングで、ハリントン前公爵夫人がブレイシー侯爵令嬢に優しく声をかけた。

「いかが? ディーナ嬢。楽しんでいらっしゃる?」
「ええ、とても。こうしてまたハリントン公爵邸にお邪魔できて、夫人には感謝しておりますわ。ロイド様に、どうしてもお話ししたいこともございましたし」

 ブレイシー侯爵令嬢が優雅な笑みを浮かべ、静かな声でそう返事をすると、ハリントン前公爵夫人は小さく頷いた。

「そうだったわね。……ロイド、あなたとディーナ嬢の間に何か行き違いがあったことは彼女から聞いているわ。ディーナ嬢はね、あなたのことをとても気にかけてくださっているの。先日はわざわざ私の滞在している別邸にまで足を運んでくださってね、あなたを心配するあまりよかれと思ってかけた言葉で、あなたが気分を害してしまったようだって、とても思いつめていらっしゃったのよ。あなたがまた随分と頑なな態度をとったようだから、私も申し訳なくなってしまって……。二人がきちんとお話しできるよう、いい機会だからとお招きしたのよ」

 どうやらブレイシー侯爵令嬢は旦那様からここへの出入り禁止をくらったことを、ハリントン前公爵夫人に報告して泣きついたらしい。その時の彼女がどんな態度だったのかは分からないけれど、人の良さそうな夫人は放っておけなかったのだろう。
 旦那様の表情は相変わらず分からないけれど、なんとなくその背中に重たい空気を感じる気がする。

「ありがとうございます、夫人。あの場では夫人に詳しくお話ししませんでしたが、今日は僭越ながらもう一度ロイド様に、あの時私が申し上げたことをきちんとご説明したいのです。そのために、今日は夫人に我が儘を申し上げて、あちらの方々も一緒にご招待いただきましたのよ。ね? エヴェリー伯爵夫人、パドマさん」

 ブレイシー侯爵令嬢に向いていた皆の視線が、一斉に末席の二人へと動く。その瞬間、私の心臓が痛いほど大きく高鳴った。どうしようもないほどの嫌な予感に、背中が汗ばみ、クラリとめまいがする。

 ……まさか……

 ブレイシー侯爵令嬢に声をかけられたエヴェリー伯爵夫人は悠然と微笑み、そしてはっきりと言い放った。

「さようでございます、ブレイシー侯爵令嬢。ここにおります我が娘パドマがブレイシー侯爵令嬢から打ち明けられたというそのお話を聞いた時には、本当に驚きましたわ。そして危惧しましたの。どうやらこのままでは、我が王国の重鎮であるハリントン公爵閣下が、そのお人の良さからろくでもない小娘に騙され、甚大な被害を被ってしまうことになりかねないと。……身寄りのないあわれな平民のふりをしてハリントン公爵邸に入り込み、そちらに平然と突っ立っている、ミシェル・フランドルのせいでね」

 エヴェリー伯爵夫人はそう言い放つと、鋭い目つきで私のことを真っ直ぐに指さしたのだった。


 






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

処理中です...