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50. ミシェルへの想い(※sideロイド)

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 自分の感情を持て余し、我ながら溜め息ばかり漏れてしまう。
 私は一体いつから、あの子のことをこんなにも特別に想うようになってしまったのだろうか。
 森で出会い、倒れた彼女を屋敷に連れ帰った時は、微塵もそんな感情はなかった。
 その後、全身の汚れを落とした彼女が、見違えるほどに美しい姿になって私の前に挨拶に来た時も。
 身寄りのない他領の平民だと言った彼女の所作が、やけに洗練されていて美しいと感じた瞬間も。
 世話になった礼にこの屋敷で働かせてほしいと、健気に申し出てきた時も。
 私の中に、あの子を一人の女性として意識する気持ちなど芽生えはしなかった。
 ではいつからだろう。
 私は最近こうして何度も、自分の記憶を辿っていた。
 そうして思い出す最初の瞬間は、やはりあの孤児院での彼女の姿だ。視察に訪れた先で、院長の報告を聞き様々な話を終え、子どもたちの様子を見に庭に出た時のことだ。
 カーティスとミシェルは、互いに別々の場所で子どもたちの相手をしていた。
 私はしばらく、見るともなしに遠目に彼女を観察していた。ミシェルは少女たちに自分の髪を触らせ、楽しそうに笑っていた。その屈託のない笑顔を目にした時に初めて、形容しがたいかすかなむず痒さを覚えた。目を離せずに彼女を見ていると、隣に立っていた院長が嬉しそうに言った。

『まぁ。クレアが一緒に遊んでいるわ。……あの子はとても内気な子でして、数日前にここに来て以来まだ皆と全然馴染めずにいて……私たちも心配していたんです。領主様がお連れになったあの方が、クレアを女の子たちの輪の中に入れてくださったのですね。優しい女性を連れてきてくださって、ありがとうございます、領主様』

 ミシェルを連れてきたのは、そんな目的があったからではなかった。たまたまだ。ただ彼女の姿を見ている時に、ふと思った。この子の雰囲気なら、小さな子どもたちを安心させ、皆を和ませることができるのではないかと。
 たまには若い女性を連れて行くのもいいだろう。そんな思いつきだったのだ。
 しばらくそのまま見ていると、少女たちは互いの頭に草花を飾りはじめた。ミシェルのピンクブロンドの髪にも、少女たちの手からたくさんの小さな花々が挿し込まれていく。それを嬉しそうに受け入れているミシェル。やがて彼女はその場に座り込み、ワンピースの裾が汚れることも厭わず、土をかき集めたりしながら少女たちの遊び相手を本気でやりはじめた。

『……ふ……っ』
『……領主様?』

 思わず声を漏らして笑ってしまい、院長から怪訝な目で見られる。私はすぐさま取り繕い、彼女たちの元へ向かったのだった。

 ブレイシー侯爵令嬢がミシェルを糾弾し手を上げようとした時は、考えるより先に体が動いていた。ミシェルを傷つけようとした彼女に対して怒りがこみ上げ、面倒だとは思いながらもこれまでのらりくらりとかわしてきたブレイシー侯爵令嬢に、かつてない厳しい対応をとった。自分の腕の中に反射的にミシェルを抱き寄せたことに、我ながら驚いたものだ。

 それから、ギプスを外した腕のマッサージ。……今思い出しても、体が熱くなる。この頃からだ。ミシェルがあの細い指先や柔らかな手のひらを使って、私の手に、腕に触れ、なんの警戒心もなく真剣にマッサージを施してくれているというのに……私はどうしようもないほどに動揺し、鼓動は激しく脈打っていた。ミシェルの指先の繊細な動きを、私の腕が敏感に感じとり、頭に霞がかかったような感覚がした。いたたまれずに逃げ出したくなるほど落ち着かず、それでいてこのまま時が止まればいいとさえ思うほどの、高揚感。

 他の女になど、触れられるのもおぞましいというのに。

 このときの私は間違いなく、ミシェルを一人の女性として好ましく思い、明確に意識していたのだ。

 邪気がなく、朗らかで明るいミシェル。過去を多くは語らなかったが、きっと何かしらの深い事情を抱え、苦労して生きてきたのだろう。にも関わらず、誠実でひたむきな彼女の姿は私の目に眩しく映った。いつの間にか、目を離せなくなるほどに。

(……十八歳と言っていたな。あんな女性もいるのだな)

 幼少の頃からこれまで、私の周りにまとわりついてきた女たちとは何もかもが違う。ねっとりと張り付くような、下心を隠した形ばかりの笑みもなければ、周囲の者を蹴落とし自分だけが私に気に入られようとする野心やあざとさもない。
 彼女と話していると、高揚すると同時に安らぎを感じるのだ。こんな女性は、初めてだった。

「……聞いているの? ロイド」

 その時、母の声にふと我に返る。……そうだ。今日は久方ぶりに母が別邸からこの屋敷に来ているのだった。

(私としたことが……。こんな時にまでミシェルのことを考えてしまうとは)

 玄関ホールを通り過ぎる時に、母がミシェルに声をかけたからだ。母はあの美しいピンクブロンドが目についてそれを褒めただけなのに、私はなぜだか妙に落ち着かなかった。まるでやましい隠し事でもしているかのように。

「失礼しました。何の話でしたか」

 そんなことを問い返す私に、紅茶のカップを手にした母が小さく溜め息をつく。

「もう……嫌だわ、この子ったら。ボーッとしちゃって。ですから、茶会の話よ。この本邸のサロンで、ご婦人方やお嬢さん方を招いて久しぶりに茶会を開こうと思っているの。もうご招待もお出ししているのよ」
「……ここで、ですか? 母上のお住まいになっている別邸ではなく?」

 私がそう問い返すと、母は私の顔色を窺うような表情をしてこう答えた。

「ええ。よく考えたのだけど……、あなたはどうしても嫌だと言うけれどね、やはり私は、あなたの子どもにこのハリントン公爵家を継いでもらいたいのよ」








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