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49. ハリントン前公爵夫人の来訪
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その翌日、家令から使用人たちへの通達があった。来週この屋敷にハリントン前公爵夫人、旦那様の母君がおいでになるとのこと。数日滞在されるご予定だから、屋敷の掃除と整備を抜かりなく行うこと、と。
(き……来たわ! ついにこの日が……!)
新参者の私は緊張し、心臓がバクバクいっているけれど、アマンダさんたちは落ち着いたものだ。
「ふふ。大丈夫よミシェルさん。大奥様はとてもお優しい方だもの。よほど無礼なことでもしない限り、むやみに怒られたりしないわ」
「そ、そうですよね」
前公爵夫人がとても温和で親切な方だというのは、これまで聞いてきた話からも推察できる。仲睦まじかった前公爵様のお墓近くの別邸で静かに暮らし、領内の福祉施設などへの慰問も定期的に行っているという、旦那様の母君。あの旦那様をお育てになったくらいだから、前公爵夫人もきっと素晴らしい人格者なのだろう。
旦那様は「母はここの事情をよく分かっているから、無理のない範囲でいい」などと言ってくださっていたそうだが、私たち使用人は通達のあった日から前公爵夫人の来訪される日の朝まで、全力で屋敷の手入れに励んだ。床から壁から隅々まで磨き上げ、普段は二の次にしがちな二階以上のお部屋も徹底的に掃除した。特に前公爵夫人の滞在予定のお部屋は絨毯やカーテンに至るまでしっかりと整え、当日の朝には屋敷中に美しい花々を飾った。
そして迎えたその時。
ハリントン公爵家の紋章が入った豪奢な馬車に乗って現れたその方は、パープルグレーの美しい髪を後ろに束ね上げ、穏やかに輝く深いミントグリーンの瞳をした気品漂う淑女だった。
玄関ホールにずらりと整列する私たち使用人の前を、出迎えた旦那様と二人通り過ぎていくその方のオーラに、私は圧倒されていた。ブレイシー侯爵令嬢のような妙な威圧感があるわけじゃないのに、凛とした堂々たるその佇まいに、思わず息を呑んだ。
(素敵な方だな……。それに、なんて美しいんだろう)
長年社交界の貴婦人たちのトップにいたであろうハリントン前公爵夫人の佇まいは、たおやかながらもその身にまとう空気と貫禄が桁違いだった。
お二人が目の前を通り過ぎていく時、私は目だけを少し伏せ、姿勢を正して静かに立っていた。すると、他の使用人たちの前を音もなく静かに歩いていた前公爵夫人の足が、私の前でピタリと止まった。そして私の方に向き直る。
(っ!?)
ブレイシー侯爵令嬢の時のことを思い出し、私は前公爵夫人のドレスの裾を見つめたまま思わず体を硬直させた。
「ま、なんて美しいのかしら」
(…………え……?)
耳に心地よく響く品の良い声に、思わず私は視線を上げてしまう。やはりハリントン前公爵夫人は私のことを見つめていた。そして優しく微笑むと、私に話しかけてくださる。
「素敵な髪ね。とても綺麗だわ」
「あ、ありがとうございます……っ」
なんだ、髪のことか。ビックリした……。
咄嗟にお礼を言う私の声は緊張のあまり震え上擦ってしまったし、なぜ旦那様が気まずそうな顔をして眉間に皺を寄せ、目を逸らしたのかも分からなかった。
(き……来たわ! ついにこの日が……!)
新参者の私は緊張し、心臓がバクバクいっているけれど、アマンダさんたちは落ち着いたものだ。
「ふふ。大丈夫よミシェルさん。大奥様はとてもお優しい方だもの。よほど無礼なことでもしない限り、むやみに怒られたりしないわ」
「そ、そうですよね」
前公爵夫人がとても温和で親切な方だというのは、これまで聞いてきた話からも推察できる。仲睦まじかった前公爵様のお墓近くの別邸で静かに暮らし、領内の福祉施設などへの慰問も定期的に行っているという、旦那様の母君。あの旦那様をお育てになったくらいだから、前公爵夫人もきっと素晴らしい人格者なのだろう。
旦那様は「母はここの事情をよく分かっているから、無理のない範囲でいい」などと言ってくださっていたそうだが、私たち使用人は通達のあった日から前公爵夫人の来訪される日の朝まで、全力で屋敷の手入れに励んだ。床から壁から隅々まで磨き上げ、普段は二の次にしがちな二階以上のお部屋も徹底的に掃除した。特に前公爵夫人の滞在予定のお部屋は絨毯やカーテンに至るまでしっかりと整え、当日の朝には屋敷中に美しい花々を飾った。
そして迎えたその時。
ハリントン公爵家の紋章が入った豪奢な馬車に乗って現れたその方は、パープルグレーの美しい髪を後ろに束ね上げ、穏やかに輝く深いミントグリーンの瞳をした気品漂う淑女だった。
玄関ホールにずらりと整列する私たち使用人の前を、出迎えた旦那様と二人通り過ぎていくその方のオーラに、私は圧倒されていた。ブレイシー侯爵令嬢のような妙な威圧感があるわけじゃないのに、凛とした堂々たるその佇まいに、思わず息を呑んだ。
(素敵な方だな……。それに、なんて美しいんだろう)
長年社交界の貴婦人たちのトップにいたであろうハリントン前公爵夫人の佇まいは、たおやかながらもその身にまとう空気と貫禄が桁違いだった。
お二人が目の前を通り過ぎていく時、私は目だけを少し伏せ、姿勢を正して静かに立っていた。すると、他の使用人たちの前を音もなく静かに歩いていた前公爵夫人の足が、私の前でピタリと止まった。そして私の方に向き直る。
(っ!?)
ブレイシー侯爵令嬢の時のことを思い出し、私は前公爵夫人のドレスの裾を見つめたまま思わず体を硬直させた。
「ま、なんて美しいのかしら」
(…………え……?)
耳に心地よく響く品の良い声に、思わず私は視線を上げてしまう。やはりハリントン前公爵夫人は私のことを見つめていた。そして優しく微笑むと、私に話しかけてくださる。
「素敵な髪ね。とても綺麗だわ」
「あ、ありがとうございます……っ」
なんだ、髪のことか。ビックリした……。
咄嗟にお礼を言う私の声は緊張のあまり震え上擦ってしまったし、なぜ旦那様が気まずそうな顔をして眉間に皺を寄せ、目を逸らしたのかも分からなかった。
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