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25. 女の子たち

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 そこには、何人もの人の絵が描いてあった。おそらくは、子どもの。ズボンを履いた男の子や、ワンピース姿の女の子。下の方を緑色に塗ってあるその絵を見て、私の胸がツキリと痛んだ。

(……もしかしたらこの子も本当は、皆と一緒にお庭で遊びたいんじゃないのかな)

 きっとそうだと思う。同じ年頃の子どもが何人もいて、皆が楽しそうに外で遊んでいるのに、その中で一人ポツンとお部屋にいたいはずがない。

「……私はミシェルっていうの。よろしくね。お絵かき、とっても上手ね。あなたのお名前は、なんていうの?」
「……。……クレア……」
「クレアちゃん? わぁ、素敵なお名前ね」

 返事をしてくれたことが嬉しくて、自然と顔がほころぶ。
 その時だった。

「ここにいたのかよミシェル! いきなり消えるからビックリしたぜ。振り返ったらいねぇんだもん。……あれ?」

 カーティスさんがいつもの元気な声を上げながら、部屋の中にズカズカと入ってきた。途端にクレアちゃんの顔が強張る。
 カーティスさんは私たちの目の前まで来るとかがみ込み、クレアちゃんの顔をジーッと見つめた。

「見かけねぇ子だな。最近ここに来たのか?」
「……」
「俺はカーティス。よろしくな!」
「……」
「なんで外行かねぇんだよ。な、俺たちと一緒に遊ぼうぜ! 体動かした方が昼飯が美味いぞ」
「…………」
 
 カーティスさんが話しかければ話しかけるほど、クレアちゃんはどんどん体を縮こまらせ、深く俯いていく。とても引っ込み思案な子なのだろう。もしくは男の人が苦手だったりするのかもしれない。カーティスさんが知らないということは、何らかの事情で最近この孤児院にやってきたのだろうか。

(きっと、まだ他の子たちと馴染めていないんだわ)

 ここにきて何日経っているのかは分からないけれど、きっとこれまでにも「外で遊んでみたら?」と何度か言われているはず。その上初めて会った私たちにまで同じことを言われたら、責め立てられているように感じるかもしれない。引っ込み思案な子ならなおさらだ。

「……あのね、お姉ちゃんもここに来たのは今日が初めてなの。ここ、すごく広いよね。なんだかドキドキしちゃうな」

 私がそう言うと、クレアちゃんはゆっくりと顔を上げて私の方を見てくれた。瞳が少し潤んでいる。やっぱり怖かったのだろうか。
 私は微笑んだまま、彼女にそっと手を差し出してみた。

「お姉ちゃんね、お庭を見に行ってみたいの。でもちょっと緊張しちゃって……。よかったらクレアちゃん、お姉ちゃんと手を繋いで一緒に行ってくれないかな? もし嫌だったら、すぐここに戻ってこよう。……どう?」

 静かな声でそう話しかけてみると、少しの間逡巡していたクレアちゃんは、おそるおそる私の手に指先を乗せてくれた。

「ふふ。ありがとう。じゃ、ちょっとだけ見に行こうか」

 私の言葉に、クレアちゃんはわずかに頷いた。私たちのやりとりを見ていたカーティスさんが先に立ち上がり、部屋を出て庭の方に向かう。私はクレアちゃんを気遣いながら、ゆっくりと手を引いてその後を追った。



(わぁ……。これは圧倒されるわね……)

 カーティスさんに続いて外に出てみると、想像していたより随分とお庭が広いことに驚く。三歳ぐらいの小さな子から、十四、五歳くらいの大きな子まで、子どもの人数も相当だ。パッと見たところ……三十人、四十人……、もっといる……?
 社交的な性格でない子が一人で突然こんなところにやってきても、すぐにお友達を作るのはなかなか難しいかもしれない。誰に話しかけていいか分からないだろう。

「あ! お兄ちゃんだ! おーいお兄ちゃーん!」
「やったぁ! お兄ちゃんが来たー!」

 私たちの姿が見えるとすぐに数人の男の子がカーティスさんめがけて駆け寄ってくる。そして「かけっこしようぜ」「かくれんぼしようぜ」「ねー逆立ちできるようになったんだよ見て見て」など、口々に話しかけながらカーティスさんの周りを取り囲み、腕を引っ張って連れて行こうとする。こちらをチラリと振り返るカーティスさんに私が笑顔で頷くと、彼は「分かった分かった、順番な」と言いながら、子どもたちと一緒に行ってしまった。
 私は隣のクレアちゃんの様子を伺う。彼女は下を向いて、私の近くにピタリと寄り添っている。
 ……よし。

「皆楽しそうだね。……ね、ちょっとあっちの方に行ってみてもいい?」

 クレアちゃんは返事をしなかったけれど、嫌がるそぶりは見せない。無理矢理引っ張らないように気を付けながら、私は奥の花壇の近くまでゆっくりと歩いていく。
 その辺りには、クレアちゃんと同じくらいの背格好の女の子たちが、四、五人で固まってしゃがみ込んでいたのだ。私はその子たちのそばに行き、優しく話しかけてみた。

「こんにちは。皆何してるの? おままごとかな」

 すると女の子たちが一斉にこちらを振り返る。私の手を握るクレアちゃんの指先に力がこもった。
 次の瞬間、私を見つめる女の子たちの瞳がキラキラと輝いた。

「わぁ!」
「お姉ちゃんの髪の毛、きれーい!」
「ピンクだ! すごーい! いいなぁ。可愛い」

 どうやら私の髪色を気に入ってくれたらしい。これはチャンスと、私はクレアちゃんの手を離さないままその子たちのそばに同じようにしゃがみ込む。

「ふふ。ありがとう。珍しいでしょ? 触ってもいいよ」

 そう言うと、女の子たちは一斉に私の頭に手を伸ばす。そしてキャッキャとはしゃぎながら私の髪を触りはじめた。

「すごーい! サラサラだし、ふわふわしてる!」
「きれい……。見て、紫色に光ってるよ!」
「こっちから見たらキラキラして銀色に見える!」

 すごいすごいと喜ぶ女の子たちの好きなように触らせながら、くすぐったくて笑ってしまう。
 その時ふと、一人の女の子がクレアちゃんをジッと見つめていることに気付いた。




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