【完結済】処刑された元王太子妃は、二度目の人生で運命を変える

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25.旅立ち

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 私が隣国クレアルーダへ旅立つ前日。マルセル様が屋敷に会いに来てくださった。私たちは最後の時間を噛みしめるように二人きりで静かに過ごした。並んでソファーに座り、マルセル様は私の手を包み込むように握っている。

「いろいろと本当にありがとう、マルセル様。感謝してもしきれないわ。あなたのおかげで、私がどれほど救われているか……。……ごめんなさい。こんな風にここを離れることになってしまって……」

 マルセル様は私の髪を優しく撫でながら微笑む。

「もう謝らないで、ステファニー。それにそんな風に改まって言われると、まるで永遠の別れのようじゃないか。ふふ、たった一年だ。どうってことはない。大丈夫だよ」

 マルセル様のその言葉こそ、まるで自分に言い聞かせているようで切なくなる。この人は決して口には出さないけれど、本当は諸手を挙げて私を送り出してくれているはずがないのだ。
 だって、私でさえ、こんなに寂しい。人知れずずっと私を想ってくださっていたというマルセル様なら、より一層複雑な思いを抱えているはず。

「……毎日手紙を出しますわ」
「ふ……、そんなことしなくていい。ご両親にも友人にも出さなくてはいけないのに、もはやたくさん手紙を書くために留学するようなものじゃないか」
「……じゃあ、毎日想っていますわ。そして毎週手紙を書きます」
「気持ちはすごく嬉しいけど、毎週なんて決めてしまわなくていいよ。それに追われて大変になるから。君に時間のゆとりがある時だけでいいよ。……ただ、」
「……?」
「僕も同じだよ。毎日、毎時間、君を想っている。だから……どうか無事に帰っておいで。僕の望みは、ただそれだけだから」
「……はい、マルセル様……」

 どこまでも優しい言葉に胸がいっぱいになり、涙がこみ上げる。もう本当に、これで一年も会えなくなるのだ。
 見つめあった私たちの距離がゆっくりと近づく。ごく自然に私たちの唇は触れ合い、その優しい感覚に包まれて私は瞳を閉じた。……寂しい。離れたくない。どこにも行きたくない。自分で決めたことなのに、想いを通わせあった今、この人との別れは胸を抉られるようだった。
 強く抱きしめられ、私もマルセル様の背中に手を回す。ありったけの想いを込めて、私は自分の気持ちを伝えた。

「……大好きよ、マルセル様…」
「……ああ。ありがとう、ステファニー。……その言葉だけで一年頑張れそうだ」

 噛みしめるようにそう言う夫が愛おしくて、涙が頬を伝う。戻ってきたら、私はこの人にたくさんのことをしてあげるんだ。喜んでもらえるようなことを、たくさん。贈り物も探そう。マルセル様に似合いそうなクレアルーダのお土産を集めておかなくちゃ。次に会える日のために。

「……愛してるよ、ステファニー」

 耳元で囁く夫の優しい声を心に刻んだ。






 こうして私は数人の侍女や使用人たちと共に、隣国クレアルーダ王国へと旅立った。芸術を学ぶための留学というのは両親への苦肉の策の言い訳ではあったけれど、元々芸術を学ぶことは好きな分野だった。自国のものも、他国のも。その中でも芸術の国と言われているクレアルーダ王国は世界に名の知れた画家もたくさん輩出している。
 寂しさや不安を紛らわせるように、私は勉強に没頭した。クレアルーダの王立芸術学院に通いながら、進級するための全ての学科の勉強も怠らなかった。
 留学生たちのための寮の中でも最も良い部屋を借りてくれた両親のおかげで、生活環境は申し分なかった。私は学び、手紙を書き、時折気分転換に使用人を伴って王都を散策したりもした。ワースディール王国とは全く雰囲気が違うクレアルーダの街並みは眺めているだけでも楽しくて心が躍った。ワースディールは先進的で整った美しさがあるけれど、クレアルーダはエキゾチックで、どこもかしこもクラシカルな雰囲気を漂わせたお洒落な街並みだった。

(ここにマルセル様がいてくれたら、きっともっと楽しいんだろうな……)

 私は一年間、両親にもイレーヌにもマルセル様にも、毎週必ず手紙を出した。無理を押してここまで来た以上、誰のことも不安にさせたくなかった。

 両親やイレーヌも何度も手紙をくれた。マルセル様からの便りは特に心が躍った。私たちは互いの近況を報告し合い、たくさんの愛の言葉を並べ、再会を待ちわびた。




“ マルセル様

 こちらはとても素敵なところです。ワースディール王国とは雰囲気が全然違いますのよ。学園を卒業したら、あなたと二人で新婚旅行がしたいです。その時は、ここを候補地の一つにしてください。あなたが隣にいてくれたらと、日々願わずにはいられません。私があなたを毎日想っていることを、どうか信じて待っていてね。

       あなたのステファニー ”




“ 愛するステファニー

 元気に過ごしているようで安心しています。僕も君が隣にいない寂しさを紛らわせるために必死で学業に専念しているよ。週末にはカニンガム家に行き、お父上について回って領地の仕事も徐々に覚えていっている。卒業したら君と生活を共にすることになるのだから、頼り甲斐のある立派な男になっていなくてはね。
 君の気持ちが何より嬉しい。でもね、僕はきっとその数百倍も、君のことを想い続けているよ。忘れないで。離れていても、僕の心はいつも君のそばにある。毎夜夢の中で、君を抱きしめているよ。どうか体に気を付けて。新婚旅行、楽しみだね。

        愛を込めて マルセル ”
 




 ラフィム殿下のことはずっと気がかりだった。さすがに国を越えてまでわざわざ接触してくることはなかったが、今一体どうなっているのか、妙なことを考えてはいないだろうかと、常に頭から離れなかった。イレーヌの手紙にも殿下のことについてはほとんど触れていなかったし、こちらも不自然に触れたくはなかった。

 寂しくて不安な一年間は、当初覚悟していたよりもはるかに長く感じた。早く帰りたい。マルセル様や皆に会いたい。その思いは日に日に強くなっていったけれど、帰国の日が近づくにつれて殿下への恐怖心もまた、どんどん強くなっていったのだった。




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