【完結済】処刑された元王太子妃は、二度目の人生で運命を変える

鳴宮野々花@書籍2冊発売中

文字の大きさ
上 下
26 / 39

25.旅立ち

しおりを挟む
 私が隣国クレアルーダへ旅立つ前日。マルセル様が屋敷に会いに来てくださった。私たちは最後の時間を噛みしめるように二人きりで静かに過ごした。並んでソファーに座り、マルセル様は私の手を包み込むように握っている。

「いろいろと本当にありがとう、マルセル様。感謝してもしきれないわ。あなたのおかげで、私がどれほど救われているか……。……ごめんなさい。こんな風にここを離れることになってしまって……」

 マルセル様は私の髪を優しく撫でながら微笑む。

「もう謝らないで、ステファニー。それにそんな風に改まって言われると、まるで永遠の別れのようじゃないか。ふふ、たった一年だ。どうってことはない。大丈夫だよ」

 マルセル様のその言葉こそ、まるで自分に言い聞かせているようで切なくなる。この人は決して口には出さないけれど、本当は諸手を挙げて私を送り出してくれているはずがないのだ。
 だって、私でさえ、こんなに寂しい。人知れずずっと私を想ってくださっていたというマルセル様なら、より一層複雑な思いを抱えているはず。

「……毎日手紙を出しますわ」
「ふ……、そんなことしなくていい。ご両親にも友人にも出さなくてはいけないのに、もはやたくさん手紙を書くために留学するようなものじゃないか」
「……じゃあ、毎日想っていますわ。そして毎週手紙を書きます」
「気持ちはすごく嬉しいけど、毎週なんて決めてしまわなくていいよ。それに追われて大変になるから。君に時間のゆとりがある時だけでいいよ。……ただ、」
「……?」
「僕も同じだよ。毎日、毎時間、君を想っている。だから……どうか無事に帰っておいで。僕の望みは、ただそれだけだから」
「……はい、マルセル様……」

 どこまでも優しい言葉に胸がいっぱいになり、涙がこみ上げる。もう本当に、これで一年も会えなくなるのだ。
 見つめあった私たちの距離がゆっくりと近づく。ごく自然に私たちの唇は触れ合い、その優しい感覚に包まれて私は瞳を閉じた。……寂しい。離れたくない。どこにも行きたくない。自分で決めたことなのに、想いを通わせあった今、この人との別れは胸を抉られるようだった。
 強く抱きしめられ、私もマルセル様の背中に手を回す。ありったけの想いを込めて、私は自分の気持ちを伝えた。

「……大好きよ、マルセル様…」
「……ああ。ありがとう、ステファニー。……その言葉だけで一年頑張れそうだ」

 噛みしめるようにそう言う夫が愛おしくて、涙が頬を伝う。戻ってきたら、私はこの人にたくさんのことをしてあげるんだ。喜んでもらえるようなことを、たくさん。贈り物も探そう。マルセル様に似合いそうなクレアルーダのお土産を集めておかなくちゃ。次に会える日のために。

「……愛してるよ、ステファニー」

 耳元で囁く夫の優しい声を心に刻んだ。






 こうして私は数人の侍女や使用人たちと共に、隣国クレアルーダ王国へと旅立った。芸術を学ぶための留学というのは両親への苦肉の策の言い訳ではあったけれど、元々芸術を学ぶことは好きな分野だった。自国のものも、他国のも。その中でも芸術の国と言われているクレアルーダ王国は世界に名の知れた画家もたくさん輩出している。
 寂しさや不安を紛らわせるように、私は勉強に没頭した。クレアルーダの王立芸術学院に通いながら、進級するための全ての学科の勉強も怠らなかった。
 留学生たちのための寮の中でも最も良い部屋を借りてくれた両親のおかげで、生活環境は申し分なかった。私は学び、手紙を書き、時折気分転換に使用人を伴って王都を散策したりもした。ワースディール王国とは全く雰囲気が違うクレアルーダの街並みは眺めているだけでも楽しくて心が躍った。ワースディールは先進的で整った美しさがあるけれど、クレアルーダはエキゾチックで、どこもかしこもクラシカルな雰囲気を漂わせたお洒落な街並みだった。

(ここにマルセル様がいてくれたら、きっともっと楽しいんだろうな……)

 私は一年間、両親にもイレーヌにもマルセル様にも、毎週必ず手紙を出した。無理を押してここまで来た以上、誰のことも不安にさせたくなかった。

 両親やイレーヌも何度も手紙をくれた。マルセル様からの便りは特に心が躍った。私たちは互いの近況を報告し合い、たくさんの愛の言葉を並べ、再会を待ちわびた。




“ マルセル様

 こちらはとても素敵なところです。ワースディール王国とは雰囲気が全然違いますのよ。学園を卒業したら、あなたと二人で新婚旅行がしたいです。その時は、ここを候補地の一つにしてください。あなたが隣にいてくれたらと、日々願わずにはいられません。私があなたを毎日想っていることを、どうか信じて待っていてね。

       あなたのステファニー ”




“ 愛するステファニー

 元気に過ごしているようで安心しています。僕も君が隣にいない寂しさを紛らわせるために必死で学業に専念しているよ。週末にはカニンガム家に行き、お父上について回って領地の仕事も徐々に覚えていっている。卒業したら君と生活を共にすることになるのだから、頼り甲斐のある立派な男になっていなくてはね。
 君の気持ちが何より嬉しい。でもね、僕はきっとその数百倍も、君のことを想い続けているよ。忘れないで。離れていても、僕の心はいつも君のそばにある。毎夜夢の中で、君を抱きしめているよ。どうか体に気を付けて。新婚旅行、楽しみだね。

        愛を込めて マルセル ”
 




 ラフィム殿下のことはずっと気がかりだった。さすがに国を越えてまでわざわざ接触してくることはなかったが、今一体どうなっているのか、妙なことを考えてはいないだろうかと、常に頭から離れなかった。イレーヌの手紙にも殿下のことについてはほとんど触れていなかったし、こちらも不自然に触れたくはなかった。

 寂しくて不安な一年間は、当初覚悟していたよりもはるかに長く感じた。早く帰りたい。マルセル様や皆に会いたい。その思いは日に日に強くなっていったけれど、帰国の日が近づくにつれて殿下への恐怖心もまた、どんどん強くなっていったのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

処理中です...