【完結済】処刑された元王太子妃は、二度目の人生で運命を変える

鳴宮野々花@書籍2冊発売中

文字の大きさ
上 下
24 / 39

23.父への説得

しおりを挟む
 話せることだけでも話してほしい、とマルセル様は言った。

「結婚したことで全てが解決した、というわけでもどうやらなさそうだし、まだ何か困っているんだよね。僕にできることなら何でも助けてあげるから、よかったら話してくれるかい。どうすれば、君の抱えている苦しみはなくなるんだろうか」

 何かにつけて休んでばかりの私がこれ以上講義を休むわけにもいかないからと、私たちは昼休みが終わると急いで学園の講義室に戻った。私のせいで結局マルセル様までほとんど食事ができなかった。真っ赤になった目をできるだけ人に見られないように顔を伏せながらどうにか放課後まで乗り切ると、私はマルセル様と二人で空いていた講義室にひそかにこもりお昼の話の続きをした。

「……実は、その……、……り……留学、したいのです。……一年間」
「うん……。……うん?」

 予想外の言葉だったのだろう。ふんふんと頷いていたマルセル様が、目を丸くして私を見ている。

「一年間だけ、ここを離れたいのです」
「……。そうすれば、君が今抱えている問題は今度こそ解決するということ?」
「……お……おそらく……」
「……。」

 ああ、もどかしい。「実はこの今の人生は、私にとって時間が巻き戻った二度目の人生なんです。前の人生ではラフィム殿下と強引に結婚させられた上に、他の女性に目移りして私のことが邪魔になった殿下から冤罪を被せられ処刑されました。あの男は今、人妻となった私のことをどうにかして我が物にしようと目論んでいます。次に目移りするはずの女性があと一年したら入学してくるので、それまでひとまず殿下の手が届かない場所にいたいんです」……これを説明できたらどんなにすっきりするか。だけどさすがに相手がマルセル様だとしても、これは言えない。私なら大切な人からこんな相談をされたらまず心の病を疑い医者を呼ぶだろう。

「……ふむ……」
「あ、あまりにも、身勝手ですわよね……。分かっているんです。父にも話してみたのですが……ひどく叱られました」
「……誰を避けているの?」
「…………。」

 それも気付かれてしまった。

「正直に言うと、ここまで君を苦しめている人間がいるのだとすれば、僕も君と一緒に頭を悩ませて解決策を探したいのだけど」
「……。そ……それは……」

 無理です、マルセル様。相手はあの王太子殿下。あの男の逆鱗に触れでもすれば、あなたが何をされるか……。
 私は何も言えずに口ごもる。

「……分かってる。それは聞いてほしくないんだね。だけど君にとって、ここを一年離れることは、それほど重要な意味を持つわけだ」
「……ごめんなさい、マルセル様。あまりにもひどい話ですわよね。あんなに無理を押して結婚を急いだのに、今度はあなたを放って一年もよそへ行こうなどと……」

 私がマルセル様の立場だったらたまらないだろう。こんなに振り回して、愛想を尽かされてしまっても仕方がないくらいだ。

 だけど。

「大丈夫。僕は君を信じているから。それが君のためになることなら、協力させてもらうよ」

 マルセル様はどこまでも優しかった。






「僕にとっては納得ずくのことなのです。実は僕は前々から、ステファニー嬢のクレアルーダへ留学したいという夢を聞いておりましたので。もう数年も前からです」

 数日後の週末。
 マルセル様はわざわざうちまで出向いて、私の両親を説得しに来てくださった。
 そしてあたかも、実は私が以前からずっと隣国クレアルーダへ芸術を学びに留学したいと言っていたかのように話してくれている。

「……だがそれなら、なぜ今まで一言も言わなかったのだ、ステファニー」

 父は腑に落ちない様子で私に向かってそう尋ねる。

「ステファニー嬢は、ご両親にずっと遠慮しているようでした。貴族学園を卒業し、しかるべき相手と結婚する。それがカニンガム公爵家の一人娘である自分の生きる道だと分かっていたから。……ですが、彼女はいつも学園の図書室でクレアルーダの美術品に関する書物を読み漁っていたし、かの国の画家や芸術家の作品が本当に好きで、よく僕にもその魅力を熱弁してくれていました。そんな様子をずっと見てきたから、僕の方から切り出したんです」

 実直なマルセル様がスラスラと淀みなく嘘をついていく。
 ただひとえに、私のために。

「こうして結婚した今、ステファニー嬢が自分の夢についてどう思っているのか気になりました。彼女はこのまま諦めるつもりでいるようでしたが、僕はこれから先の結婚生活を始める前に未練を残して欲しくなくて……。お父上に相談してみてはどうかと提案したんです。勝手な真似をして申し訳ありませんでした、カニンガム公爵」
「……ふむ……」

 完全に納得したわけではなさそうだけれど、父は顎を撫でながら思案している。マルセル様の援護射撃を得て勇気をもらった私は再度父に頼み込んだ。

「……これが私の最後の我が儘です、お父様。どうかお願いします。留学中もきちんと勉強して、学園の進級試験に支障のないようにいたします。留年なんかしませんから」

 うちの学園は在学中の留学期間に関しては出席日数を考慮してもらえ、年度の終わりに他の生徒たちと同じように進級試験を受け合格すれば、次の学年に進級させてもらえるのだ。
 父はしばらく難しい顔をしていたが、やがてぽつりと言った。

「……。考えてみよう」



 数日後、毎週末にその一週間勉強した内容について報告の手紙を書くこと、不必要な外出や夜間の外出は一切しないことなど、他にも様々な細かい決まり事を守ることを条件に父から留学の許可が降りた。

 ランチェスター公爵にはマルセル様が事前に話してくれていたけれど、両親と私からもご挨拶に伺い、その時に真摯に謝罪した。

「ふふ、結婚と留学の順番が前後してしまっただけだよ。ステファニー嬢は元々クレアルーダ王国へ行く夢があったのだから」

 たびたび私をフォローしてくださるマルセル様の言葉を信じたランチェスター公爵は、

「互いに納得していることでカニンガム公爵の許しも得ているのなら、こちらは構わないさ。……それにしても結婚のことといい、今回の留学のことといい、ステファニー嬢は案外情熱的で行動派なのだな。はははは」

 と言い、その言葉に私は赤面したのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番 すれ違いエンド ざまぁ ゆるゆる設定

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

処理中です...