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18.夕食会
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翌日から私はまた学園を休んだ。
ラフィム殿下が髪に触れてきた時の目が忘れられない。これが時間の巻き戻った二度目の人生ならば、どうして一度目の記憶がこんなにも鮮明に残っているんだろう。本当に、こんな不思議なことってあるかしら。おかげであの男への嫌悪感が凄まじい。
……まぁ……記憶がはっきり残っているからこそ次は別の人生を歩もうと努力することができているのだけど……。
とりとめもないことを考えながら頭を抱え、溜息をつく。これからどうすればいい……?もうきっと、あまり時間はない。卒業まであとおよそ二年。前回の人生を考えると、その間これ以上何事もなく済むとはとても思えない。
あんなにも強引に私を妻にした人だ。幼少の頃からの婚約者を捨て、国王陛下に王命を出してもらってまで私とマルセル様とを引き離した。今、あの人がどんなことを考えているのかと思うと、とてもじっとしていられない。
……どうにかして、今すぐにでもマルセル様と結婚できないだろうか……。
無事結婚できさえすれば、私はおろか無実の罪で死ぬはずだったグレン様も王宮の侍女も助かるのだ。
でも、もし失敗すれば──────
「ステファニー?どう?具合は」
(……っ!)
その時、母が心配そうに私の様子を見に来た。過保護な母が私の部屋を訪れるのは、今日はもう三回目だ。心配ばかりかけて本当に申し訳ない……。
「ええ、大丈夫。……ごめんなさい、お母様……」
私が弱々しげな声でベッドの上から答えると、母は少し安心したように微笑み、ベッドサイドに腰かけて滑らかな指先で私の前髪を梳く。
「それならいいのだけど……。明日は登校できるかしら。それに、明後日の夜はランチェスター公爵ご夫妻とマルセル様が来られる予定よ。お食事会、大丈夫かしらね」
(……っ!そうだった……明後日……)
明後日の夜、我が家にランチェスター公爵夫妻とマルセル様を招いての夕食会をすることになっている。本当はマルセル様のお兄様もお招きするはずだったのだが、どうしても仕事で都合がつかないとのことだった。
どうにかして、その夕食会の時に結婚の日取りについての話ができないだろうか……。すぐにでも入籍することさえできれば……。
「……きっと大丈夫だと思うわ。だいぶ気分も良くなったし。明日は登校できると思うわ」
「ええ。でもここ最近のあなたはこうして体調を崩すことが多いから……。無理はしないでね。お願いよ」
心底心配そうに私の顔を覗き込み、その温かい手を私の頬に当ててくれる母。幼い頃から私のことを大切に大切に育ててくれた。優しくされた記憶しかない。
そんな風に宝物のように育ててきた娘が断頭台で首を落とされる姿を、母はどれほどの苦しみの中見ていたのだろう。あの時の母の泣き叫ぶ声さえ、はっきりと耳に残っている。涙でびしょびしょになった顔で、私に向かって必死に手を伸ばしていた母。
(……あんな思いはもうさせられない。絶対に)
「……どの料理も素晴らしい味ですな。こちらのシェフは腕が良い」
「お気に召して本当によかったですわ。ですが何と言っても、ランチェスター公爵領から譲っていただいているこのワイン……」
「ああ、たしかにこれは絶品ですな。試飲大会で賞賛されただけのことはある」
「はは、お褒めいただき光栄です。ラズベリーを使ったワインが最近は特に人気でしてね……」
「…………。」
二日後。予定通りランチェスター公爵夫妻とマルセル様を招いての夕食会が始まったはいいものの、両親たちは終始仕事や料理やワインのことばかり話していて、私たちの結婚に関する話が出る雰囲気さえない。
(ああ……もう……っ!どうしたらいいの……)
私は黙々とナイフを動かしてステーキを切りながらも、苛立ちを抑えきれずにいた。
「……。」
ふと顔を上げると、テーブルの向こうのマルセル様と目が合う。マルセル様は優しくにこりと微笑んでくれた。
その穏やかな表情に少しだけ心が落ち着き、私も微笑みを返す。
「……学園生活は順調かい?二人とも。……そういえば、ブレイアム伯爵家のご令息とキングスコート伯爵家のお嬢さんの婚約が破談になったそうだが……」
(……っ!)
ここに来てようやくランチェスター公爵が私たちに話題を振ってくれた。
「ええ、聞いています。なかなか気まずい空気が流れているようですよ。あんなに仲の良い婚約者同士だったのになぁ……。信じられません」
マルセル様がそれを受け返事をする。
「そうか。ブレイアム伯爵令息がよその女性に心変わりしたという話だが……まったく……。伯爵夫妻は頭を抱えていることだろうな」
「それはそれ、これはこれというわけにはいかなかったものかな。男は若いうちは他の女性に目移りするのも仕方のないことだ。先々のことを考えれば、ブレイアム伯爵家はキングスコート伯爵家との縁を切るべきではなかっただろうに」
「ま、何ですの、それはそれなんて……。若い二人の前でそんな不実なことを仰らないで」
ランチェスター公爵の言葉に父が返し、その内容を母が咎めている。
マルセル様は私と目が合うと、少し困ったような顔で苦笑している。
(……い、今だ……!!)
切り出すなら、ここしかない。イチかバチか、言ってみなくては。もうなりふりなど構ってはいられない。
ラフィム殿下が髪に触れてきた時の目が忘れられない。これが時間の巻き戻った二度目の人生ならば、どうして一度目の記憶がこんなにも鮮明に残っているんだろう。本当に、こんな不思議なことってあるかしら。おかげであの男への嫌悪感が凄まじい。
……まぁ……記憶がはっきり残っているからこそ次は別の人生を歩もうと努力することができているのだけど……。
とりとめもないことを考えながら頭を抱え、溜息をつく。これからどうすればいい……?もうきっと、あまり時間はない。卒業まであとおよそ二年。前回の人生を考えると、その間これ以上何事もなく済むとはとても思えない。
あんなにも強引に私を妻にした人だ。幼少の頃からの婚約者を捨て、国王陛下に王命を出してもらってまで私とマルセル様とを引き離した。今、あの人がどんなことを考えているのかと思うと、とてもじっとしていられない。
……どうにかして、今すぐにでもマルセル様と結婚できないだろうか……。
無事結婚できさえすれば、私はおろか無実の罪で死ぬはずだったグレン様も王宮の侍女も助かるのだ。
でも、もし失敗すれば──────
「ステファニー?どう?具合は」
(……っ!)
その時、母が心配そうに私の様子を見に来た。過保護な母が私の部屋を訪れるのは、今日はもう三回目だ。心配ばかりかけて本当に申し訳ない……。
「ええ、大丈夫。……ごめんなさい、お母様……」
私が弱々しげな声でベッドの上から答えると、母は少し安心したように微笑み、ベッドサイドに腰かけて滑らかな指先で私の前髪を梳く。
「それならいいのだけど……。明日は登校できるかしら。それに、明後日の夜はランチェスター公爵ご夫妻とマルセル様が来られる予定よ。お食事会、大丈夫かしらね」
(……っ!そうだった……明後日……)
明後日の夜、我が家にランチェスター公爵夫妻とマルセル様を招いての夕食会をすることになっている。本当はマルセル様のお兄様もお招きするはずだったのだが、どうしても仕事で都合がつかないとのことだった。
どうにかして、その夕食会の時に結婚の日取りについての話ができないだろうか……。すぐにでも入籍することさえできれば……。
「……きっと大丈夫だと思うわ。だいぶ気分も良くなったし。明日は登校できると思うわ」
「ええ。でもここ最近のあなたはこうして体調を崩すことが多いから……。無理はしないでね。お願いよ」
心底心配そうに私の顔を覗き込み、その温かい手を私の頬に当ててくれる母。幼い頃から私のことを大切に大切に育ててくれた。優しくされた記憶しかない。
そんな風に宝物のように育ててきた娘が断頭台で首を落とされる姿を、母はどれほどの苦しみの中見ていたのだろう。あの時の母の泣き叫ぶ声さえ、はっきりと耳に残っている。涙でびしょびしょになった顔で、私に向かって必死に手を伸ばしていた母。
(……あんな思いはもうさせられない。絶対に)
「……どの料理も素晴らしい味ですな。こちらのシェフは腕が良い」
「お気に召して本当によかったですわ。ですが何と言っても、ランチェスター公爵領から譲っていただいているこのワイン……」
「ああ、たしかにこれは絶品ですな。試飲大会で賞賛されただけのことはある」
「はは、お褒めいただき光栄です。ラズベリーを使ったワインが最近は特に人気でしてね……」
「…………。」
二日後。予定通りランチェスター公爵夫妻とマルセル様を招いての夕食会が始まったはいいものの、両親たちは終始仕事や料理やワインのことばかり話していて、私たちの結婚に関する話が出る雰囲気さえない。
(ああ……もう……っ!どうしたらいいの……)
私は黙々とナイフを動かしてステーキを切りながらも、苛立ちを抑えきれずにいた。
「……。」
ふと顔を上げると、テーブルの向こうのマルセル様と目が合う。マルセル様は優しくにこりと微笑んでくれた。
その穏やかな表情に少しだけ心が落ち着き、私も微笑みを返す。
「……学園生活は順調かい?二人とも。……そういえば、ブレイアム伯爵家のご令息とキングスコート伯爵家のお嬢さんの婚約が破談になったそうだが……」
(……っ!)
ここに来てようやくランチェスター公爵が私たちに話題を振ってくれた。
「ええ、聞いています。なかなか気まずい空気が流れているようですよ。あんなに仲の良い婚約者同士だったのになぁ……。信じられません」
マルセル様がそれを受け返事をする。
「そうか。ブレイアム伯爵令息がよその女性に心変わりしたという話だが……まったく……。伯爵夫妻は頭を抱えていることだろうな」
「それはそれ、これはこれというわけにはいかなかったものかな。男は若いうちは他の女性に目移りするのも仕方のないことだ。先々のことを考えれば、ブレイアム伯爵家はキングスコート伯爵家との縁を切るべきではなかっただろうに」
「ま、何ですの、それはそれなんて……。若い二人の前でそんな不実なことを仰らないで」
ランチェスター公爵の言葉に父が返し、その内容を母が咎めている。
マルセル様は私と目が合うと、少し困ったような顔で苦笑している。
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