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9.妄想(※sideラフィム)
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秘密裏に手引きして王宮の離れに呼び出したタニヤと、俺は束の間の逢瀬を楽しんでいた。ふわふわと波打つ柔らかい髪に指を通してその感触を確かめながら、腰を引き寄せ頬に口づける。
「……可愛いな、タニヤ。この時間が一番心が落ち着く……。幸せだよ」
うっとりと目を閉じ俺の手に自分の手を重ねながら、タニヤが小さな声で返事をする。
「私もですわ、殿下……。こうしてお会いしている時間が、一番幸せ……。あなた様に触れてもらうためだけに、私は生まれてきたのだと思いますわ」
「……可愛いことを言う」
こうして抱きしめてタニヤの体温を感じていると、体に熱が灯り、とてもこれだけでは足りないと思ってしまう。
「……なぁ、タニヤ。少しだけ、君に触れさせておくれ」
「ふふ……、もう触れていらっしゃいますわ、殿下…」
「違う。もっと、深くだ」
「……殿下、……だめ」
髪から指を離しうなじに触れ、そのまま首筋を伝って胸元に滑り込ませようとした手をタニヤに押さえられてしまう。
「……っ、はぁ……」
俺は失望して深い溜息をつく。もうこうなったら無理強いしてでも……などと頭をよぎるが、タニヤを怒らせてこれきりになってしまうのも辛い。俺は諦めて背後からタニヤを強く抱きしめると、栗色の髪に唇を押し当てた。
「ああ、タニヤ……。……最近、よく妄想するんだ。君が俺の妻になる夢を……」
「……殿下……」
前を向いているタニヤの表情は見えない。細い指が腰に回した俺の手の甲をゆっくりと撫でる。
「ステファニーがどこぞの男と不貞を働くんだ。それで俺は離婚届を叩きつけ、あいつを王宮から追い出す。次の王太子妃選びが始まる前に俺はすぐさま君を王宮に呼び寄せ、父上に宣言するんだ。この女性こそが俺の真の妻だ、と……」
「ま、……ふふ。嬉しい」
クスリと笑うその声さえも蠱惑的で、霞がかかったように頭がぼんやりしてくる。……ああ、この子の全てを得られたなら……。
「……まぁ、夢は夢だ。こんなものはただの妄想に他ならない。ステファニーは完璧な王太子妃だからな。不貞行為など、有り得ない話だ」
「……ええ、そうですわね、殿下。ステファニー様の評判は素晴らしいですもの。誰もがあのお方を称賛していますわ。不貞なんて、有り得ませんわね」
「……ああ」
「ステファニー様には、仲の良い殿方などはおられませんの?」
「さぁ……。学生の頃は成績優秀な令息たちとはよく喋っていたようだ。他の令嬢たちも交えて、皆で勉強会をしたりな。よく知らんが。……そういえば、近衛騎士になったグレンとは会えばよく話しているようだな」
「そうですか。近衛騎士の……。では、私が最近読んだ小説になぞらえて妄想してみましょうか、殿下」
「……小説?」
タニヤはそういうと、ええ、と小さく返事をした。俺の片手を握り持ち上げると、その指に自分の唇をチュ、と小さく音を立てて触れさせ、ほんの少し歯を立て甘噛みするように愛撫する。
「……っ、」
「ただの妄想ですわ。ステファニー様は近衛騎士のグレン様と恋仲なのです。熱烈な恋をする二人は、もっと一緒に過ごす時間が欲しい。だけど王太子妃という立場である以上、どうにもならない関係なのです」
「……。」
「やがて二人はよからぬことを企みはじめます。それは王太子の暗殺です。嫉妬深い邪魔な王太子がいなくなれば、二人はゆっくりと愛を確かめあうことができる。考え抜いた二人は、王太子の紅茶に毒を仕込みます。しかし王太子妃は手順を間違えてしまい、毒味役の侍女が死んでしまうのです。察しの良い王太子はすぐに王太子妃と懇意にしていた近衛騎士を疑い、拷問します。近衛騎士は企みの全てを白状し、王太子妃と共に処刑されてしまう……。二人は……、ステファニー様とグレン様は、死んだのです」
「…………っ!」
俺の心臓が、大きく音を立てて跳ねた。
「……こうして王太子であるラフィム殿下は、伯爵令嬢のタニヤという娘を妻にして、二人は愛に満ちた幸せな人生を送るのでした。……なんて、ごめんなさい、殿下。これはあまりにも、不謹慎でしたわよね」
「…………っ、」
ドクッ、ドクッ、……と、激しく脈打ち続ける自分の鼓動が聞こえる。
……毒殺……、侍女……。
……近衛騎士……。
「……可愛いな、タニヤ。この時間が一番心が落ち着く……。幸せだよ」
うっとりと目を閉じ俺の手に自分の手を重ねながら、タニヤが小さな声で返事をする。
「私もですわ、殿下……。こうしてお会いしている時間が、一番幸せ……。あなた様に触れてもらうためだけに、私は生まれてきたのだと思いますわ」
「……可愛いことを言う」
こうして抱きしめてタニヤの体温を感じていると、体に熱が灯り、とてもこれだけでは足りないと思ってしまう。
「……なぁ、タニヤ。少しだけ、君に触れさせておくれ」
「ふふ……、もう触れていらっしゃいますわ、殿下…」
「違う。もっと、深くだ」
「……殿下、……だめ」
髪から指を離しうなじに触れ、そのまま首筋を伝って胸元に滑り込ませようとした手をタニヤに押さえられてしまう。
「……っ、はぁ……」
俺は失望して深い溜息をつく。もうこうなったら無理強いしてでも……などと頭をよぎるが、タニヤを怒らせてこれきりになってしまうのも辛い。俺は諦めて背後からタニヤを強く抱きしめると、栗色の髪に唇を押し当てた。
「ああ、タニヤ……。……最近、よく妄想するんだ。君が俺の妻になる夢を……」
「……殿下……」
前を向いているタニヤの表情は見えない。細い指が腰に回した俺の手の甲をゆっくりと撫でる。
「ステファニーがどこぞの男と不貞を働くんだ。それで俺は離婚届を叩きつけ、あいつを王宮から追い出す。次の王太子妃選びが始まる前に俺はすぐさま君を王宮に呼び寄せ、父上に宣言するんだ。この女性こそが俺の真の妻だ、と……」
「ま、……ふふ。嬉しい」
クスリと笑うその声さえも蠱惑的で、霞がかかったように頭がぼんやりしてくる。……ああ、この子の全てを得られたなら……。
「……まぁ、夢は夢だ。こんなものはただの妄想に他ならない。ステファニーは完璧な王太子妃だからな。不貞行為など、有り得ない話だ」
「……ええ、そうですわね、殿下。ステファニー様の評判は素晴らしいですもの。誰もがあのお方を称賛していますわ。不貞なんて、有り得ませんわね」
「……ああ」
「ステファニー様には、仲の良い殿方などはおられませんの?」
「さぁ……。学生の頃は成績優秀な令息たちとはよく喋っていたようだ。他の令嬢たちも交えて、皆で勉強会をしたりな。よく知らんが。……そういえば、近衛騎士になったグレンとは会えばよく話しているようだな」
「そうですか。近衛騎士の……。では、私が最近読んだ小説になぞらえて妄想してみましょうか、殿下」
「……小説?」
タニヤはそういうと、ええ、と小さく返事をした。俺の片手を握り持ち上げると、その指に自分の唇をチュ、と小さく音を立てて触れさせ、ほんの少し歯を立て甘噛みするように愛撫する。
「……っ、」
「ただの妄想ですわ。ステファニー様は近衛騎士のグレン様と恋仲なのです。熱烈な恋をする二人は、もっと一緒に過ごす時間が欲しい。だけど王太子妃という立場である以上、どうにもならない関係なのです」
「……。」
「やがて二人はよからぬことを企みはじめます。それは王太子の暗殺です。嫉妬深い邪魔な王太子がいなくなれば、二人はゆっくりと愛を確かめあうことができる。考え抜いた二人は、王太子の紅茶に毒を仕込みます。しかし王太子妃は手順を間違えてしまい、毒味役の侍女が死んでしまうのです。察しの良い王太子はすぐに王太子妃と懇意にしていた近衛騎士を疑い、拷問します。近衛騎士は企みの全てを白状し、王太子妃と共に処刑されてしまう……。二人は……、ステファニー様とグレン様は、死んだのです」
「…………っ!」
俺の心臓が、大きく音を立てて跳ねた。
「……こうして王太子であるラフィム殿下は、伯爵令嬢のタニヤという娘を妻にして、二人は愛に満ちた幸せな人生を送るのでした。……なんて、ごめんなさい、殿下。これはあまりにも、不謹慎でしたわよね」
「…………っ、」
ドクッ、ドクッ、……と、激しく脈打ち続ける自分の鼓動が聞こえる。
……毒殺……、侍女……。
……近衛騎士……。
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