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3.王命が下る
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その知らせは突然やって来た。
「…………え?ど、……どういうこと、ですか……お父様…」
「……王命だ、ステファニー。ラフィム王太子殿下と結婚するようにと。お前にワースディール王国の王太子妃となれと、そう命が下されたのだ」
王宮から戻ってきた父に何の前触れもなく突然そう言われ、私は頭が真っ白になった。
「な、何故ですか?あなた……!そのお話は以前にもお断りしてあったはず。ラフィム王太子殿下にはロドニー侯爵令嬢という婚約者がいらっしゃるではありませんか」
「……以前にも……?」
母の言葉に驚き、私は思わず顔を上げる。父は苦々しげに言った。
「お前が学園に入学してしばらく経った頃、一度王家から打診があったのだ。ラフィム王太子殿下とお前を結婚させたいと。しかしお前は我がカニンガム公爵家の一人娘。嫁に出すのではなく、近いうちに婿を取りたいと思っているとやんわりお断りしたのだ。それなのに、まさか……」
そんな話があっていたとは。全然知らなかった。
「で、では……どうなるのですか……?ロドニー侯爵令嬢は……」
「イレーヌ嬢と王太子殿下の婚約はすでに破棄されたそうだ。ラフィム殿下はお前以外とは結婚しないと主張したらしい」
「……っ!!そ……そんな……」
そんな横暴な話があるだろうか。イレーヌ嬢はラフィム殿下の婚約者として長年妃教育も受けられてきたはず。それなのに、殿下が私に懸想したというだけの理由で、これまでの努力を無下にされてしまうなど……!
私はハッとして父に尋ねる。
「マルセル様で……、ランチェスター公爵令息とのご縁は……」
「……こうなった以上、お断りするしかあるまい。王命に背くことなど我々にはできぬ」
「……はぁ……」
母は項垂れて溜息をつく。それぞれの思いを抱え、居間には重い空気が漂っていた。あれほど私の結婚にこだわりを見せようやく決めたランチェスター公爵令息との婚姻は白紙となり、両親ともに失望の表情だ。もう我がカニンガム公爵家は養子をとるしかないだろう。
それに、私も……。
(マルセル様……。……イレーヌ嬢……)
婿入りしてくれるはずだったマルセル様と良き夫婦となるのだと信じ、疑ってもいなかったのに。まさか、こんなことになってしまうなんて。
イレーヌ嬢からは心底恨まれているだろう。幼い頃から仲が良かった私たち。母たちが開く茶会の場で会うたびにたくさんお喋りをして、貴族学園で再会しては喜びを分かち合った。品が良くて賢くて、気が合って楽しい。私は彼女のことがとても好きだったのだ。
それなのに。この私の存在が、彼女の人生に大きな傷を付けてしまうことになった。
(なぜ、こんなことに……。こうなるならば、いっそ……)
「……早くにランチェスター公爵令息と結婚させておくべきだった。……今さら悔やんでも仕方がないがな」
私が考えていたことを、父がボソリと呟いた。
娘が王家に嫁ぐことが決まったというのに、少しも喜びの空気にならないカニンガム公爵家。私の中にはラフィム王太子殿下を恨む気持ちさえ芽生えていた。
「おはよう、ステファニー嬢」
「っ!……マルセル様……」
翌週、学園に登校した私はマルセル様に会った。彼もすでに聞かされているのだろう。微妙な表情で私に笑いかける。
「聞いたよ、ラフィム殿下との結婚のこと。……おめでとうございます」
「……こんなことになってしまって……。ごめんなさい、マルセル様」
思わず謝ると、マルセル様は苦笑する。
「仕方ない。殿下のあなたへの執着はすごかった。それにあなたなら、きっと立派な王太子妃になるよ。あなたは賢くて公平な人だから」
まるで慈しむような瞳で私を見つめるマルセル様の優しさに、思わず涙ぐみそうになる。
(きっと優しい旦那様になってくれたんだろうな……。考えても仕方ないけれど……)
切なく重い気持ちを抱えて歩いていると、廊下の先にイレーヌ嬢と数人のご令嬢の姿があった。皆でイレーヌ嬢を囲むようにして立ち止まり、何やら話している。
(……イレーヌ嬢……)
声をかけるべきか逡巡していると、私に気付いてハッとしたような顔をした彼女は、思いきり憎悪を込めた目で私を睨みつけてきた。
「……っ、」
その瞳には燃えたぎるような怒りがこもっていて、私はその場から一歩も動けなくなった。周囲にいたご令嬢たちも私の存在に気付き、こちらを見ながら何やらヒソヒソと話しはじめた。そして皆で私の横を素通りしていく。……イレーヌ嬢のお友達だから、きっと皆私に文句を言いたいだろう。けれどもうすぐ王家の人間となる私に楯突くわけにもいかないと思ったのか、誰一人私に嫌味を言うこともなく、その代わり目を合わせもしなかった。
イレーヌ嬢だけが涙ぐみ血走った目で私を睨みながら通っていった。
(……ごめんなさい……)
その強い憎しみに圧倒されて、言い訳することも謝罪することもできないまま、私は立ち竦んでいた。
「…………え?ど、……どういうこと、ですか……お父様…」
「……王命だ、ステファニー。ラフィム王太子殿下と結婚するようにと。お前にワースディール王国の王太子妃となれと、そう命が下されたのだ」
王宮から戻ってきた父に何の前触れもなく突然そう言われ、私は頭が真っ白になった。
「な、何故ですか?あなた……!そのお話は以前にもお断りしてあったはず。ラフィム王太子殿下にはロドニー侯爵令嬢という婚約者がいらっしゃるではありませんか」
「……以前にも……?」
母の言葉に驚き、私は思わず顔を上げる。父は苦々しげに言った。
「お前が学園に入学してしばらく経った頃、一度王家から打診があったのだ。ラフィム王太子殿下とお前を結婚させたいと。しかしお前は我がカニンガム公爵家の一人娘。嫁に出すのではなく、近いうちに婿を取りたいと思っているとやんわりお断りしたのだ。それなのに、まさか……」
そんな話があっていたとは。全然知らなかった。
「で、では……どうなるのですか……?ロドニー侯爵令嬢は……」
「イレーヌ嬢と王太子殿下の婚約はすでに破棄されたそうだ。ラフィム殿下はお前以外とは結婚しないと主張したらしい」
「……っ!!そ……そんな……」
そんな横暴な話があるだろうか。イレーヌ嬢はラフィム殿下の婚約者として長年妃教育も受けられてきたはず。それなのに、殿下が私に懸想したというだけの理由で、これまでの努力を無下にされてしまうなど……!
私はハッとして父に尋ねる。
「マルセル様で……、ランチェスター公爵令息とのご縁は……」
「……こうなった以上、お断りするしかあるまい。王命に背くことなど我々にはできぬ」
「……はぁ……」
母は項垂れて溜息をつく。それぞれの思いを抱え、居間には重い空気が漂っていた。あれほど私の結婚にこだわりを見せようやく決めたランチェスター公爵令息との婚姻は白紙となり、両親ともに失望の表情だ。もう我がカニンガム公爵家は養子をとるしかないだろう。
それに、私も……。
(マルセル様……。……イレーヌ嬢……)
婿入りしてくれるはずだったマルセル様と良き夫婦となるのだと信じ、疑ってもいなかったのに。まさか、こんなことになってしまうなんて。
イレーヌ嬢からは心底恨まれているだろう。幼い頃から仲が良かった私たち。母たちが開く茶会の場で会うたびにたくさんお喋りをして、貴族学園で再会しては喜びを分かち合った。品が良くて賢くて、気が合って楽しい。私は彼女のことがとても好きだったのだ。
それなのに。この私の存在が、彼女の人生に大きな傷を付けてしまうことになった。
(なぜ、こんなことに……。こうなるならば、いっそ……)
「……早くにランチェスター公爵令息と結婚させておくべきだった。……今さら悔やんでも仕方がないがな」
私が考えていたことを、父がボソリと呟いた。
娘が王家に嫁ぐことが決まったというのに、少しも喜びの空気にならないカニンガム公爵家。私の中にはラフィム王太子殿下を恨む気持ちさえ芽生えていた。
「おはよう、ステファニー嬢」
「っ!……マルセル様……」
翌週、学園に登校した私はマルセル様に会った。彼もすでに聞かされているのだろう。微妙な表情で私に笑いかける。
「聞いたよ、ラフィム殿下との結婚のこと。……おめでとうございます」
「……こんなことになってしまって……。ごめんなさい、マルセル様」
思わず謝ると、マルセル様は苦笑する。
「仕方ない。殿下のあなたへの執着はすごかった。それにあなたなら、きっと立派な王太子妃になるよ。あなたは賢くて公平な人だから」
まるで慈しむような瞳で私を見つめるマルセル様の優しさに、思わず涙ぐみそうになる。
(きっと優しい旦那様になってくれたんだろうな……。考えても仕方ないけれど……)
切なく重い気持ちを抱えて歩いていると、廊下の先にイレーヌ嬢と数人のご令嬢の姿があった。皆でイレーヌ嬢を囲むようにして立ち止まり、何やら話している。
(……イレーヌ嬢……)
声をかけるべきか逡巡していると、私に気付いてハッとしたような顔をした彼女は、思いきり憎悪を込めた目で私を睨みつけてきた。
「……っ、」
その瞳には燃えたぎるような怒りがこもっていて、私はその場から一歩も動けなくなった。周囲にいたご令嬢たちも私の存在に気付き、こちらを見ながら何やらヒソヒソと話しはじめた。そして皆で私の横を素通りしていく。……イレーヌ嬢のお友達だから、きっと皆私に文句を言いたいだろう。けれどもうすぐ王家の人間となる私に楯突くわけにもいかないと思ったのか、誰一人私に嫌味を言うこともなく、その代わり目を合わせもしなかった。
イレーヌ嬢だけが涙ぐみ血走った目で私を睨みながら通っていった。
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