20 / 22
その後のお話
その後のお話②愚かな俺の転落人生・後(※sideアルロ)
しおりを挟む
ロゼッタ本人の一切迷いのない拒絶、そしてアクストン公爵から直々に釘を差されたことで、俺はロゼッタに再び接触する勇気が出なくなっていた。
だが、このまま彼女を諦めることはできない。久しぶりにパーティーで見たロゼッタは、アクストン公爵家の侍女として出席していたからか、えらく地味な格好をしていたが、それでも誰より美しく輝いていた。昔からそうだ。俺があいつの魅力を一番良く分かっている。あいつの伴侶に相応しいのは、やはり俺だ。その気持ちをロゼッタに思い出してほしい。
最初の婚約者だったブライス・ヘンウッド子爵令息とその父親が、ハーグローヴ子爵家に通い詰めては謝罪をし復縁を申し込んでいるという話は、どうやら社交界で広まり物笑いの種になっているようだった。俺はそんなみっともない真似はできない。両親はすでにこの縁を諦めてしまっているが、俺は機会を伺うつもりだった。
(俺はあの情けない愚かな男とは違う。元々ロゼッタを誰よりも愛しているのは俺だった。格の違いを見せつけてやるんだ。ロゼッタの怒りが収まって周りを見渡した時に、やはりアルロが誰よりも魅力的だと思ってもらわなくては……)
公爵家で侍女として働くという初めての経験に、彼女も今は夢中になっているんだろう。昔から溌剌として、好奇心旺盛なやつだった。俺にはあいつを理解できる。俺から婚約破棄された悲しみと怒りが収まり、ロゼッタが少し冷静になってくるまでに、俺が実力をつけておけばいい。……そうだ、領地で何か新しい事業を展開しよう。父上たちがやらなかったような新しい事業を成功させ、商才のあるところをアピールするんだ。その噂がロゼッタの元にまで届けば、きっとあいつも俺を見直すはずだ。自分の将来を任せられるのはやはりアルロしかいないと、そう思うはずだ。
ちょうどその頃父が体調を崩して医者にかかり、寝込みがちになっていたこともあり、俺はダウズウェル領内の仕事を全面的に引き受けるようになっていた。
「安心してください、父上。領地経営についてのノウハウはしっかり学んできているのですから。俺が円滑に回してみせますよ」
ロゼッタとの婚約破棄以降失望されつつある両親に対して、いいところを見せたいという思いもあった。いつダウズウェル伯爵を継いでもやっていけるのだと、父や母を安心させ、そしてロゼッタを取り戻す。そうすれば全ては丸く収まるのだ。
俺は自分なりに考え、領内の資金や人材を大きく動かし、誰に相談することもなくいくつかの新事業に手を出してみた。しかし、それらはことごとく失敗に終わった。別の事業で失敗を取り戻そうと躍起になればなるほど上手くいかず、気付けば多額の負債だけが手元に残った。
「この馬鹿息子が……! 勝手な真似をしおって! 何故これまでの私の仕事をそのまま引き継がなかったのだ! 相談もなく、何の知識も経験もない分野に勝手に多額の資金を注ぎ込んで食い潰すなど、愚の骨頂だ!」
父の体調が回復した頃、ひた隠しにしていた事業の失敗についに気付かれた。父は俺に絶望し、俺を見放した。
「……もういい。部下や領民たちの中に、お前よりも優秀な者は大勢いる。領地経営の立て直しは、その者たちとやっていく。お前はせめて自分の支払うべき婚約破棄の慰謝料分だけでも、自分の手で稼いでこい。この領地を出てな」
「ちっ、父上……っ!?」
突然父から告げられた最後通告に、俺は動転した。
「り、領地を出て、とは……どういうことですか?」
「そのままの意味だ。ハーグローヴ子爵家との縁談を台無しにし、私や先代たちが築き上げてきた領地の資産を次々と食い潰したお前に、もう期待することなどない。むしろこれ以上領内で勝手な真似をして損害を増やされてはたまったものじゃない」
「だ、だからといって出て行けとはひどいじゃないですか! 俺はいくらでも挽回できます。そんな簡単に見限らないでくださいよ!」
「ならばそれを証明してみせろ。自分の力で名誉を挽回してこい。もしそれができれば、また領地の一部の経営を任せるところから始めよう。まずはお前の身勝手な婚約破棄で背負った負債を、自分で片付けるところからだ。ひとまずハーグローヴ子爵家には私が分割で支払っていくしかあるまいが……、必ず私に返済しろ。いいな」
「……く……っ!」
体のいいことを言ってダウズウェル領から追い払われた俺だが、いきなり文無しの状態で放り出されたところでできることなどない。一体どうしろというんだ。
(ロゼッタのように、どこかの高位貴族の屋敷で雇ってもらうか……? だが、この俺がよその貴族の家で何の仕事をするっていうんだ。掃除係? フットマン? ……冗談じゃないぞ)
そもそも貴族家で働くための紹介状を誰に書いてもらうというんだ。父は絶対に書いてくれないだろうし。
(……ふん。馬鹿馬鹿しい。成績優秀で見目も悪くない俺が、そんな下々の連中のような仕事をするなど。やはり自分で何か商売をするんだ。そしてドカンと大きな利益を上げてやる。慰謝料だって、それで一括返済してみせるさ。一旦けじめをつけ、全てが軌道に乗ったら、改めてロゼッタに求婚するんだ)
俺は数人の友人たちに少しずつ金を借り、王都にアパートを借りると、とあるアンティークショップで仕方なしに働きはじめた。ここである程度の金を貯めてから、それを元手に自分の店を持つ。そういう計画だった。
しかし小さな店での決まりきった仕事は退屈だし、給金は安く、金は思ったように貯まらない。一体この地味な生活をあとどのくらい続ければ、俺はダウズウェル領に戻ることができるのだろうか。
そんな日々が続いたある日、店に訪れた客たちの会話から、俺はロゼッタがアクストン公爵と婚約したということを知った。目の前が真っ暗になる。
(う……嘘、だろ……? 俺のロゼッタが……、あのアクストン公爵閣下と、婚約だと……?)
取り戻せる日が来ると思っていたのに。
俺が成功し、その名声が彼女に届けば、ロゼッタも俺を見直すと。やはり自分にはアルロしかいないと惚れ直してくれるのではと、そんなことを夢想していた。そ、それなのに……。
あの日、まるで俺という害虫からロゼッタを庇うようにその肩を抱いたアクストン公爵閣下の姿を、まざまざと思い出す。そうか……やはり公爵はあの頃からロゼッタを憎からず思っていたのか……!
(あいつは、公爵夫人になるのか……。対して俺は、親から領地を追い出され、こんな小さな店の、ただの店員……)
身悶えするほどの激しい後悔が襲いかかる。エーベルなんかに血迷って手放さなかったら、ロゼッタは今頃俺のものだったのに……! くそ……っ! くそ……っ!!
かつて愛した婚約者を一度のミスで失い、向こうは公爵夫人に、そして俺は事業に大失敗して親からも見放され、どこぞの店のただの店員に。こんな惨めな人生は嫌だ。苛立ちと焦りから、俺は血迷って投資に手を出した。運が良ければ効率よく資金を増やしていけるのではと、甘い夢を見たのだ。
そしてその愚かな目論見は、またもや失敗に終わった。新たに負債を抱え込んだ俺の元に、友人たちからも金を返せと矢の催促が来はじめた。誰からか俺が働いている場所がバレ、友人たちが店にまで来るようになっていた。
「おい! アルロ! お前、貸した金はどうなってるんだよ。すぐに返すって話だったろう?」
「そもそも、どうしてお前はこんなところで働いているんだ? 領内で成功間違いなしの新事業を立ち上げることにしたから、一時的に金を貸してほしいって話だったじゃないか? まさかお前……踏み倒そうとしてないだろうな!?」
ええい、うるさい。俺だって今必死なんだよ!!
その後は店を辞め、数ヶ所の働き口を転々とした。しかしどこも続かない。ようやく一つの仕事先に慣れてきても、また誰かから居所がバレて、返金の催促が来る。
必ず返すから、両親には黙っていてくれ、もう少し待ってくれと誤魔化しながら逃げ回っているうちに、俺はついに靴磨きの仕事なんかするようになっていた。
(……もう最下層だな)
顔を隠すようにして、身なりの良い男の靴をせっせと磨きながら、自分が惨めでならなかった。
そんな中、出会ってしまったのだ。
美しいドレスを身にまとい、優美な姿に幸せなオーラを漂わせながら、目の前を通りすがったロゼッタに……。
公爵との順風満帆な生活を表すかのような、大きく膨らんだ腹。
昔よりも、さらに磨きがかかったその美貌。
内面から溢れ出る、自信に満ちた輝き。
そんな空気をまとったロゼッタが、目を見開いて俺を見ていた。
薄汚れた身なりで、背中を丸めて他人の靴をせっせと磨くこの俺を──────
「……うあぁぁぁ…………!!」
彼女たちを乗せた豪奢な馬車が広場を去っていった後、俺は頭を抱えてその場に蹲った。
惨めで情けなくて、涙がボロボロと零れる。
何故だかその時、ロゼッタに長年の恋を打ち明けたあの日のことが鮮明に脳裏をよぎった。
『俺ならお前を泣かせたりしない、ロゼッタ。あんな軽薄な男より何倍も、俺がお前を幸せにする。……してみせるから…』
『ア……アルロ……』
『俺の恋人になってくれ』
『ア、アルロは、本当に私でいいの? 十年来の婚約者からその婚約を破棄されて、学園でも社交界でも悪い意味で話題の的なのよ? 言わば傷ものよ、私。あなたなら、他にもっといくらでもいいご縁が……』
『関係ない。周りの噂とか、そんなものどうでもいい。ロゼッタ、お前はそんなこと一切気にしなくていいんだ。周りの意地の悪い視線からも、しょうもない噂からも、俺が守るから』
『……ありがとう、アルロ。……よ、よろしくお願い、します…』
『っ!! いっ、いいのかっ!? ロゼッタ! ほ、本当に?』
『きゃっ! ち、ちょっと、アルロったら……!』
『やった……! 嬉しいよロゼッタ! 大事にするからな!』
『……ふふ……。もう……』
ああ……。
幸せの絶頂だったよな、あの瞬間。
謙虚なロゼッタが、いじらしくて。
受け入れてもらえたことが、たまらなく嬉しくて……。
絶対に一生守り抜くと誓ったはずだったのに。
俺の心があの悪魔に少しも揺らがなければ、今あの美しいロゼッタの隣にいたのは、この俺だったはずなのに。
去って行ってしまったロゼッタに未練がましく手を伸ばしながら、俺は醜い呻き声を上げ、いつまでもその場に蹲っていた──────
だが、このまま彼女を諦めることはできない。久しぶりにパーティーで見たロゼッタは、アクストン公爵家の侍女として出席していたからか、えらく地味な格好をしていたが、それでも誰より美しく輝いていた。昔からそうだ。俺があいつの魅力を一番良く分かっている。あいつの伴侶に相応しいのは、やはり俺だ。その気持ちをロゼッタに思い出してほしい。
最初の婚約者だったブライス・ヘンウッド子爵令息とその父親が、ハーグローヴ子爵家に通い詰めては謝罪をし復縁を申し込んでいるという話は、どうやら社交界で広まり物笑いの種になっているようだった。俺はそんなみっともない真似はできない。両親はすでにこの縁を諦めてしまっているが、俺は機会を伺うつもりだった。
(俺はあの情けない愚かな男とは違う。元々ロゼッタを誰よりも愛しているのは俺だった。格の違いを見せつけてやるんだ。ロゼッタの怒りが収まって周りを見渡した時に、やはりアルロが誰よりも魅力的だと思ってもらわなくては……)
公爵家で侍女として働くという初めての経験に、彼女も今は夢中になっているんだろう。昔から溌剌として、好奇心旺盛なやつだった。俺にはあいつを理解できる。俺から婚約破棄された悲しみと怒りが収まり、ロゼッタが少し冷静になってくるまでに、俺が実力をつけておけばいい。……そうだ、領地で何か新しい事業を展開しよう。父上たちがやらなかったような新しい事業を成功させ、商才のあるところをアピールするんだ。その噂がロゼッタの元にまで届けば、きっとあいつも俺を見直すはずだ。自分の将来を任せられるのはやはりアルロしかいないと、そう思うはずだ。
ちょうどその頃父が体調を崩して医者にかかり、寝込みがちになっていたこともあり、俺はダウズウェル領内の仕事を全面的に引き受けるようになっていた。
「安心してください、父上。領地経営についてのノウハウはしっかり学んできているのですから。俺が円滑に回してみせますよ」
ロゼッタとの婚約破棄以降失望されつつある両親に対して、いいところを見せたいという思いもあった。いつダウズウェル伯爵を継いでもやっていけるのだと、父や母を安心させ、そしてロゼッタを取り戻す。そうすれば全ては丸く収まるのだ。
俺は自分なりに考え、領内の資金や人材を大きく動かし、誰に相談することもなくいくつかの新事業に手を出してみた。しかし、それらはことごとく失敗に終わった。別の事業で失敗を取り戻そうと躍起になればなるほど上手くいかず、気付けば多額の負債だけが手元に残った。
「この馬鹿息子が……! 勝手な真似をしおって! 何故これまでの私の仕事をそのまま引き継がなかったのだ! 相談もなく、何の知識も経験もない分野に勝手に多額の資金を注ぎ込んで食い潰すなど、愚の骨頂だ!」
父の体調が回復した頃、ひた隠しにしていた事業の失敗についに気付かれた。父は俺に絶望し、俺を見放した。
「……もういい。部下や領民たちの中に、お前よりも優秀な者は大勢いる。領地経営の立て直しは、その者たちとやっていく。お前はせめて自分の支払うべき婚約破棄の慰謝料分だけでも、自分の手で稼いでこい。この領地を出てな」
「ちっ、父上……っ!?」
突然父から告げられた最後通告に、俺は動転した。
「り、領地を出て、とは……どういうことですか?」
「そのままの意味だ。ハーグローヴ子爵家との縁談を台無しにし、私や先代たちが築き上げてきた領地の資産を次々と食い潰したお前に、もう期待することなどない。むしろこれ以上領内で勝手な真似をして損害を増やされてはたまったものじゃない」
「だ、だからといって出て行けとはひどいじゃないですか! 俺はいくらでも挽回できます。そんな簡単に見限らないでくださいよ!」
「ならばそれを証明してみせろ。自分の力で名誉を挽回してこい。もしそれができれば、また領地の一部の経営を任せるところから始めよう。まずはお前の身勝手な婚約破棄で背負った負債を、自分で片付けるところからだ。ひとまずハーグローヴ子爵家には私が分割で支払っていくしかあるまいが……、必ず私に返済しろ。いいな」
「……く……っ!」
体のいいことを言ってダウズウェル領から追い払われた俺だが、いきなり文無しの状態で放り出されたところでできることなどない。一体どうしろというんだ。
(ロゼッタのように、どこかの高位貴族の屋敷で雇ってもらうか……? だが、この俺がよその貴族の家で何の仕事をするっていうんだ。掃除係? フットマン? ……冗談じゃないぞ)
そもそも貴族家で働くための紹介状を誰に書いてもらうというんだ。父は絶対に書いてくれないだろうし。
(……ふん。馬鹿馬鹿しい。成績優秀で見目も悪くない俺が、そんな下々の連中のような仕事をするなど。やはり自分で何か商売をするんだ。そしてドカンと大きな利益を上げてやる。慰謝料だって、それで一括返済してみせるさ。一旦けじめをつけ、全てが軌道に乗ったら、改めてロゼッタに求婚するんだ)
俺は数人の友人たちに少しずつ金を借り、王都にアパートを借りると、とあるアンティークショップで仕方なしに働きはじめた。ここである程度の金を貯めてから、それを元手に自分の店を持つ。そういう計画だった。
しかし小さな店での決まりきった仕事は退屈だし、給金は安く、金は思ったように貯まらない。一体この地味な生活をあとどのくらい続ければ、俺はダウズウェル領に戻ることができるのだろうか。
そんな日々が続いたある日、店に訪れた客たちの会話から、俺はロゼッタがアクストン公爵と婚約したということを知った。目の前が真っ暗になる。
(う……嘘、だろ……? 俺のロゼッタが……、あのアクストン公爵閣下と、婚約だと……?)
取り戻せる日が来ると思っていたのに。
俺が成功し、その名声が彼女に届けば、ロゼッタも俺を見直すと。やはり自分にはアルロしかいないと惚れ直してくれるのではと、そんなことを夢想していた。そ、それなのに……。
あの日、まるで俺という害虫からロゼッタを庇うようにその肩を抱いたアクストン公爵閣下の姿を、まざまざと思い出す。そうか……やはり公爵はあの頃からロゼッタを憎からず思っていたのか……!
(あいつは、公爵夫人になるのか……。対して俺は、親から領地を追い出され、こんな小さな店の、ただの店員……)
身悶えするほどの激しい後悔が襲いかかる。エーベルなんかに血迷って手放さなかったら、ロゼッタは今頃俺のものだったのに……! くそ……っ! くそ……っ!!
かつて愛した婚約者を一度のミスで失い、向こうは公爵夫人に、そして俺は事業に大失敗して親からも見放され、どこぞの店のただの店員に。こんな惨めな人生は嫌だ。苛立ちと焦りから、俺は血迷って投資に手を出した。運が良ければ効率よく資金を増やしていけるのではと、甘い夢を見たのだ。
そしてその愚かな目論見は、またもや失敗に終わった。新たに負債を抱え込んだ俺の元に、友人たちからも金を返せと矢の催促が来はじめた。誰からか俺が働いている場所がバレ、友人たちが店にまで来るようになっていた。
「おい! アルロ! お前、貸した金はどうなってるんだよ。すぐに返すって話だったろう?」
「そもそも、どうしてお前はこんなところで働いているんだ? 領内で成功間違いなしの新事業を立ち上げることにしたから、一時的に金を貸してほしいって話だったじゃないか? まさかお前……踏み倒そうとしてないだろうな!?」
ええい、うるさい。俺だって今必死なんだよ!!
その後は店を辞め、数ヶ所の働き口を転々とした。しかしどこも続かない。ようやく一つの仕事先に慣れてきても、また誰かから居所がバレて、返金の催促が来る。
必ず返すから、両親には黙っていてくれ、もう少し待ってくれと誤魔化しながら逃げ回っているうちに、俺はついに靴磨きの仕事なんかするようになっていた。
(……もう最下層だな)
顔を隠すようにして、身なりの良い男の靴をせっせと磨きながら、自分が惨めでならなかった。
そんな中、出会ってしまったのだ。
美しいドレスを身にまとい、優美な姿に幸せなオーラを漂わせながら、目の前を通りすがったロゼッタに……。
公爵との順風満帆な生活を表すかのような、大きく膨らんだ腹。
昔よりも、さらに磨きがかかったその美貌。
内面から溢れ出る、自信に満ちた輝き。
そんな空気をまとったロゼッタが、目を見開いて俺を見ていた。
薄汚れた身なりで、背中を丸めて他人の靴をせっせと磨くこの俺を──────
「……うあぁぁぁ…………!!」
彼女たちを乗せた豪奢な馬車が広場を去っていった後、俺は頭を抱えてその場に蹲った。
惨めで情けなくて、涙がボロボロと零れる。
何故だかその時、ロゼッタに長年の恋を打ち明けたあの日のことが鮮明に脳裏をよぎった。
『俺ならお前を泣かせたりしない、ロゼッタ。あんな軽薄な男より何倍も、俺がお前を幸せにする。……してみせるから…』
『ア……アルロ……』
『俺の恋人になってくれ』
『ア、アルロは、本当に私でいいの? 十年来の婚約者からその婚約を破棄されて、学園でも社交界でも悪い意味で話題の的なのよ? 言わば傷ものよ、私。あなたなら、他にもっといくらでもいいご縁が……』
『関係ない。周りの噂とか、そんなものどうでもいい。ロゼッタ、お前はそんなこと一切気にしなくていいんだ。周りの意地の悪い視線からも、しょうもない噂からも、俺が守るから』
『……ありがとう、アルロ。……よ、よろしくお願い、します…』
『っ!! いっ、いいのかっ!? ロゼッタ! ほ、本当に?』
『きゃっ! ち、ちょっと、アルロったら……!』
『やった……! 嬉しいよロゼッタ! 大事にするからな!』
『……ふふ……。もう……』
ああ……。
幸せの絶頂だったよな、あの瞬間。
謙虚なロゼッタが、いじらしくて。
受け入れてもらえたことが、たまらなく嬉しくて……。
絶対に一生守り抜くと誓ったはずだったのに。
俺の心があの悪魔に少しも揺らがなければ、今あの美しいロゼッタの隣にいたのは、この俺だったはずなのに。
去って行ってしまったロゼッタに未練がましく手を伸ばしながら、俺は醜い呻き声を上げ、いつまでもその場に蹲っていた──────
519
お気に入りに追加
5,233
あなたにおすすめの小説
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。