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その後のお話

その後のお話②愚かな俺の転落人生・後(※sideアルロ)

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 ロゼッタ本人の一切迷いのない拒絶、そしてアクストン公爵から直々に釘を差されたことで、俺はロゼッタに再び接触する勇気が出なくなっていた。
 だが、このまま彼女を諦めることはできない。久しぶりにパーティーで見たロゼッタは、アクストン公爵家の侍女として出席していたからか、えらく地味な格好をしていたが、それでも誰より美しく輝いていた。昔からそうだ。俺があいつの魅力を一番良く分かっている。あいつの伴侶に相応しいのは、やはり俺だ。その気持ちをロゼッタに思い出してほしい。



 最初の婚約者だったブライス・ヘンウッド子爵令息とその父親が、ハーグローヴ子爵家に通い詰めては謝罪をし復縁を申し込んでいるという話は、どうやら社交界で広まり物笑いの種になっているようだった。俺はそんなみっともない真似はできない。両親はすでにこの縁を諦めてしまっているが、俺は機会を伺うつもりだった。

(俺はあの情けない愚かな男とは違う。元々ロゼッタを誰よりも愛しているのは俺だった。格の違いを見せつけてやるんだ。ロゼッタの怒りが収まって周りを見渡した時に、やはりアルロが誰よりも魅力的だと思ってもらわなくては……)

 公爵家で侍女として働くという初めての経験に、彼女も今は夢中になっているんだろう。昔から溌剌として、好奇心旺盛なやつだった。俺にはあいつを理解できる。俺から婚約破棄された悲しみと怒りが収まり、ロゼッタが少し冷静になってくるまでに、俺が実力をつけておけばいい。……そうだ、領地で何か新しい事業を展開しよう。父上たちがやらなかったような新しい事業を成功させ、商才のあるところをアピールするんだ。その噂がロゼッタの元にまで届けば、きっとあいつも俺を見直すはずだ。自分の将来を任せられるのはやはりアルロしかいないと、そう思うはずだ。

 ちょうどその頃父が体調を崩して医者にかかり、寝込みがちになっていたこともあり、俺はダウズウェル領内の仕事を全面的に引き受けるようになっていた。

「安心してください、父上。領地経営についてのノウハウはしっかり学んできているのですから。俺が円滑に回してみせますよ」

 ロゼッタとの婚約破棄以降失望されつつある両親に対して、いいところを見せたいという思いもあった。いつダウズウェル伯爵を継いでもやっていけるのだと、父や母を安心させ、そしてロゼッタを取り戻す。そうすれば全ては丸く収まるのだ。

 俺は自分なりに考え、領内の資金や人材を大きく動かし、誰に相談することもなくいくつかの新事業に手を出してみた。しかし、それらはことごとく失敗に終わった。別の事業で失敗を取り戻そうと躍起になればなるほど上手くいかず、気付けば多額の負債だけが手元に残った。



「この馬鹿息子が……! 勝手な真似をしおって! 何故これまでの私の仕事をそのまま引き継がなかったのだ! 相談もなく、何の知識も経験もない分野に勝手に多額の資金を注ぎ込んで食い潰すなど、愚の骨頂だ!」

 父の体調が回復した頃、ひた隠しにしていた事業の失敗についに気付かれた。父は俺に絶望し、俺を見放した。

「……もういい。部下や領民たちの中に、お前よりも優秀な者は大勢いる。領地経営の立て直しは、その者たちとやっていく。お前はせめて自分の支払うべき婚約破棄の慰謝料分だけでも、自分の手で稼いでこい。この領地を出てな」
「ちっ、父上……っ!?」

 突然父から告げられた最後通告に、俺は動転した。

「り、領地を出て、とは……どういうことですか?」
「そのままの意味だ。ハーグローヴ子爵家との縁談を台無しにし、私や先代たちが築き上げてきた領地の資産を次々と食い潰したお前に、もう期待することなどない。むしろこれ以上領内で勝手な真似をして損害を増やされてはたまったものじゃない」
「だ、だからといって出て行けとはひどいじゃないですか! 俺はいくらでも挽回できます。そんな簡単に見限らないでくださいよ!」
「ならばそれを証明してみせろ。自分の力で名誉を挽回してこい。もしそれができれば、また領地の一部の経営を任せるところから始めよう。まずはお前の身勝手な婚約破棄で背負った負債を、自分で片付けるところからだ。ひとまずハーグローヴ子爵家には私が分割で支払っていくしかあるまいが……、必ず私に返済しろ。いいな」
「……く……っ!」



 体のいいことを言ってダウズウェル領から追い払われた俺だが、いきなり文無しの状態で放り出されたところでできることなどない。一体どうしろというんだ。

(ロゼッタのように、どこかの高位貴族の屋敷で雇ってもらうか……? だが、この俺がよその貴族の家で何の仕事をするっていうんだ。掃除係? フットマン? ……冗談じゃないぞ)

 そもそも貴族家で働くための紹介状を誰に書いてもらうというんだ。父は絶対に書いてくれないだろうし。

(……ふん。馬鹿馬鹿しい。成績優秀で見目も悪くない俺が、そんな下々の連中のような仕事をするなど。やはり自分で何か商売をするんだ。そしてドカンと大きな利益を上げてやる。慰謝料だって、それで一括返済してみせるさ。一旦けじめをつけ、全てが軌道に乗ったら、改めてロゼッタに求婚するんだ)

 俺は数人の友人たちに少しずつ金を借り、王都にアパートを借りると、とあるアンティークショップで仕方なしに働きはじめた。ここである程度の金を貯めてから、それを元手に自分の店を持つ。そういう計画だった。

 しかし小さな店での決まりきった仕事は退屈だし、給金は安く、金は思ったように貯まらない。一体この地味な生活をあとどのくらい続ければ、俺はダウズウェル領に戻ることができるのだろうか。



 そんな日々が続いたある日、店に訪れた客たちの会話から、俺はロゼッタがアクストン公爵と婚約したということを知った。目の前が真っ暗になる。

(う……嘘、だろ……? 俺のロゼッタが……、あのアクストン公爵閣下と、婚約だと……?)

 取り戻せる日が来ると思っていたのに。
 俺が成功し、その名声が彼女に届けば、ロゼッタも俺を見直すと。やはり自分にはアルロしかいないと惚れ直してくれるのではと、そんなことを夢想していた。そ、それなのに……。

 あの日、まるで俺という害虫からロゼッタを庇うようにその肩を抱いたアクストン公爵閣下の姿を、まざまざと思い出す。そうか……やはり公爵はあの頃からロゼッタを憎からず思っていたのか……!

(あいつは、公爵夫人になるのか……。対して俺は、親から領地を追い出され、こんな小さな店の、ただの店員……)

 身悶えするほどの激しい後悔が襲いかかる。エーベルなんかに血迷って手放さなかったら、ロゼッタは今頃俺のものだったのに……! くそ……っ! くそ……っ!!



 かつて愛した婚約者を一度のミスで失い、向こうは公爵夫人に、そして俺は事業に大失敗して親からも見放され、どこぞの店のただの店員に。こんな惨めな人生は嫌だ。苛立ちと焦りから、俺は血迷って投資に手を出した。運が良ければ効率よく資金を増やしていけるのではと、甘い夢を見たのだ。

 そしてその愚かな目論見は、またもや失敗に終わった。新たに負債を抱え込んだ俺の元に、友人たちからも金を返せと矢の催促が来はじめた。誰からか俺が働いている場所がバレ、友人たちが店にまで来るようになっていた。

「おい! アルロ! お前、貸した金はどうなってるんだよ。すぐに返すって話だったろう?」

「そもそも、どうしてお前はこんなところで働いているんだ? 領内で成功間違いなしの新事業を立ち上げることにしたから、一時的に金を貸してほしいって話だったじゃないか? まさかお前……踏み倒そうとしてないだろうな!?」

 ええい、うるさい。俺だって今必死なんだよ!!



 その後は店を辞め、数ヶ所の働き口を転々とした。しかしどこも続かない。ようやく一つの仕事先に慣れてきても、また誰かから居所がバレて、返金の催促が来る。

 必ず返すから、両親には黙っていてくれ、もう少し待ってくれと誤魔化しながら逃げ回っているうちに、俺はついに靴磨きの仕事なんかするようになっていた。

(……もう最下層だな)

 顔を隠すようにして、身なりの良い男の靴をせっせと磨きながら、自分が惨めでならなかった。



 そんな中、出会ってしまったのだ。



 美しいドレスを身にまとい、優美な姿に幸せなオーラを漂わせながら、目の前を通りすがったロゼッタに……。

 公爵との順風満帆な生活を表すかのような、大きく膨らんだ腹。

 昔よりも、さらに磨きがかかったその美貌。
 内面から溢れ出る、自信に満ちた輝き。

 そんな空気をまとったロゼッタが、目を見開いて俺を見ていた。

 薄汚れた身なりで、背中を丸めて他人の靴をせっせと磨くこの俺を──────

「……うあぁぁぁ…………!!」

 彼女たちを乗せた豪奢な馬車が広場を去っていった後、俺は頭を抱えてその場に蹲った。

 惨めで情けなくて、涙がボロボロと零れる。
 何故だかその時、ロゼッタに長年の恋を打ち明けたあの日のことが鮮明に脳裏をよぎった。



『俺ならお前を泣かせたりしない、ロゼッタ。あんな軽薄な男より何倍も、俺がお前を幸せにする。……してみせるから…』
『ア……アルロ……』
『俺の恋人になってくれ』

 
『ア、アルロは、本当に私でいいの? 十年来の婚約者からその婚約を破棄されて、学園でも社交界でも悪い意味で話題の的なのよ? 言わば傷ものよ、私。あなたなら、他にもっといくらでもいいご縁が……』
『関係ない。周りの噂とか、そんなものどうでもいい。ロゼッタ、お前はそんなこと一切気にしなくていいんだ。周りの意地の悪い視線からも、しょうもない噂からも、俺が守るから』


『……ありがとう、アルロ。……よ、よろしくお願い、します…』
『っ!! いっ、いいのかっ!? ロゼッタ! ほ、本当に?』
『きゃっ! ち、ちょっと、アルロったら……!』
『やった……! 嬉しいよロゼッタ! 大事にするからな!』
『……ふふ……。もう……』



 ああ……。
 幸せの絶頂だったよな、あの瞬間。
 謙虚なロゼッタが、いじらしくて。
 受け入れてもらえたことが、たまらなく嬉しくて……。

 絶対に一生守り抜くと誓ったはずだったのに。
 俺の心があの悪魔に少しも揺らがなければ、今あの美しいロゼッタの隣にいたのは、この俺だったはずなのに。



 去って行ってしまったロゼッタに未練がましく手を伸ばしながら、俺は醜い呻き声を上げ、いつまでもその場に蹲っていた──────





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