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その後のお話

その後のお話②愚かな俺の転落人生・前(※sideアルロ)

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(ま、間違いない……! ロゼッタだ。ロゼッタ・ハーグローヴ……。俺の……俺の婚約者だった、あいつだ……!)

 思わず目を逸らし、相手の気配が遠くなってからゆっくりと顔を戻す。
 ロゼッタは美しい令嬢と二人で、この広場に停めてあった中で最も豪奢な馬車に乗り込んで去っていった。はっきりとは顔を覚えていないが、あれはおそらく、アクストン公爵令嬢だろう。

 見られてしまった。こんなみっともない、情けない姿を。

 アクストン公爵夫人となった、あいつに。

 激しく動悸がする。強い風が吹き、背中にかいた嫌な汗が急速に引いていき、ぞくりと寒気がした。

(ますます綺麗になっていた。あんなに高価そうなドレスを着て、それに、あの腹……)

 レースをふんだんに使ったドレスの腹回りは、大きく膨らんでいた。無意識なのか、そこを守るように手を添えていたロゼッタ。妊娠しているのだろう。

 アクストン公爵と結婚し、公爵の子を身籠っているのか。
 なんて華々しい人生なんだ、ロゼッタ。

 今の俺とは、まるで真逆だ──────





 俺は子どもの時から、ずっとロゼッタのことが好きだった。

 母親同士が仲が良く、物心つく前からよく会っていた俺たち。明確なきっかけなんてなかった。ただ気付いたら、俺はロゼッタのことを誰よりも大切に想っていた。

 だけどあいつは俺の知らないところで、幼いうちにもう婚約が決まってしまっていた。将来はロゼッタを妻にするのだと密かに思い込んでいた俺は、その事実を知った時そりゃあ落ち込んだものだ。

 それでも俺の心はあいつ一筋だった。学園に入学する歳になってもずっと、気持ちが揺らぐことはなかった。
 だからあいつが相手側から婚約を破棄された時、迷うことなく求愛した。ロゼッタが受け入れてくれて、天にも昇る心地だった。生涯かけてこいつを守っていこう。傷付けられた分まで、俺がロゼッタを幸せにしてやるんだ。そう固く心に誓った。

 それなのに。

 魔が差してしまった。

 ロゼッタを傷付けた馬鹿な元婚約者の男と同じように、俺まであの悪女の手に落ちてしまった。

 とんでもなく可愛い顔立ち。華奢な体に、白く細い指先。甘えた声。甘えた仕草。上目遣いにジッと見上げてくる、真っ青な潤んだ瞳。まるで閨での仕草を想像させるような鼻にかかった高く甘い声で、アルロ様、アルロ様と俺の名を呼んでは指を絡めてくる。そんな女が、俺のことを他の男たちとは違う、特別だと言ってくるんだ。どこの男がこれに逆らえる?

 罪悪感に苛まれながらも、俺はロゼッタに別れを切り出した。



『私は、どうなるの? また、婚約を破棄されるってこと?』
『…………』
『そんなことをされれば、私の人生がどうなるか、あなたは少しでも考えてくれたの? 考えても、私よりその人を選ぶと……?』
『……ごめん……』



 この時のロゼッタの涙とこの言葉は、今でも忘れていない。何度思い返してはのたうち回ったか。本気だったんだ。本当にロゼッタのことがずっと好きだった。俺だって、まさか自分がロゼッタ以外の女にふらつく日が来るなんて思ってもみなかった。

 だけど、俺はエーベルの罠にあっさり落ちた。卒業したら結婚しようと約束までした。ロゼッタを不幸にした分、必ずこの子を守っていかなくては。身勝手は百も承知で、俺はそんなことを思っていたのだ。

 だが、エーベルの言葉は全部嘘だった。俺は全てを失った。母は自分の長年の友情を台無しにした上に女に騙された間抜けな俺に冷たくなった。見限られたのだろう。
 そして、父からも。

「……これからどうするつもりなのだ、お前は。ハーグローヴ子爵は取り付く島もない。大切なご令嬢にひどい仕打ちをしたのだ。当然のことだろう。自分でどうにかしろ。……いいな?」

 俺は焦った。このままではろくな噂が立たない。親にも切り捨てられるかもしれない。無駄に傷付けてしまったが、ロゼッタともう一度やり直したい。俺は自分がどうしようもないクズであることを自覚しながらも、失った大切なものを取り戻さねばと必死だった。

 だから王女殿下の結婚祝賀パーティーは、千載一遇のチャンスだと思った。会場中血眼になって探していたロゼッタを見つけた俺は、慌てて近寄り、復縁を申し出た。
 正直、ロゼッタは俺の懺悔を受け入れ復縁に同意してくれるのではという、淡い期待があった。俺たちは気心の知れた仲だし、向こうだって二度も婚約破棄された後ではろくな縁談がまわってこないはずだ。謝って、受け入れてもらい、結婚生活で挽回しよう。ロゼッタの良き夫となって、過去をなかったことにしてもらえるくらい幸せにしてやろう。そう思っていた。

 だが、ロゼッタは完全に俺に心を閉ざしてしまっていた。

 復縁の申し出に頷いてくれない彼女の冷めた態度にますます焦った俺は、思わずその手首を握った。心底嫌そうな顔をしたロゼッタが俺の手を振り払った瞬間、

「うちの侍女に一体何をしているんだ。離れたまえ」

(……? ……げっ!!)

 ロゼッタの肩を抱き寄せ俺を睨みつけてきたのは他でもない、この国随一の公爵家の当主、ライリー・アクストンその人だったのだ。

 このような場で君の個人的な話をするな、うちの侍女の仕事の邪魔をするなと責められ、俺は情けなく震えながらすぐその場を後にした。アクストン公爵に目をつけられてしまったら、もう社交界に居場所はない。

 だが……。

 その時から、何となく嫌な予感はあった。

 公爵閣下がロゼッタの肩を抱き、自分の方に引き寄せた時、まるで好きな女を守っているような空気を感じたのだ。

 俺という、害虫から。

(……い、いや、まさか、な……)

 そんなはずがない。

 あの方はアクストン公爵閣下。おそらくこの国で今誰よりもモテる男で、王家と縁の深い公爵家の当主。まさかあんな……、いくらロゼッタが魅力的だとはいえ、あんな一介の子爵家の娘と、それも経歴に大きな傷を持つ娘と、などと。あり得ない。絶対にあり得ない。

 そう思い込もうとしていた。その時は。




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