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最終話.

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「……。……うん!美味しくできたわ!最高よこれ!」

 エリストン辺境伯邸の厨房で、私は歓喜の声を上げた。

 北海で獲れた脂の乗った新鮮な魚に、衣をつけてカリッと揚げ、それを瑞々しい数種類の野菜とともにサンドする。味付けは何度も試行錯誤を重ねた、少し酸味のあるクリーミーな自家製ソースだ。

「ふむ。こりゃたしかに。今まで作った中でも最高傑作じゃないですか若奥様」
「やっぱり?あなたもそう思う?!よかったわ!」

 試作を手伝ってくれていたシェフ長が、一口食べると目を丸くしてそう言ったので、私はますます嬉しくなった。

「これまでは観光街の中でも富裕層が訪れるレストランで出せるような、地元の食材を使ったお料理をいくつか作ってきたけど、これなら安価で手軽に食べられるわね。きっと平民たちにも幅広く人気が出ると思うわ」
「ええ。観光客だけじゃなく、ここの領民たちもきっと喜びますよ。……うん、本当に上出来です。レシピをまとめましょう」

 そう言ってシェフ長と和気あいあいとしていると、ふいに後ろから優しい声が聞こえた。

「今日も相変わらず張り切っているみたいだね、ミシュリー」
「っ!フロイド様……!お戻りでしたのね。おかえりなさい」

 厨房に入ってきたのは私の夫、フロイド様だった。騎士の隊服姿のまま、こちらを見つめて微笑んでいる。

「またいいレシピが仕上がったのかい?」
「ええ!魚のフライのサンドイッチですわ。すごく美味しいの。きっとリーシュも好きだと思います。食べさせたいわ。フロイド様も召し上がってみてください」

 私がそう言うと、フロイド様はとても嬉しそうに笑って、私の髪をそっと撫でた。

「ああ。ありがとう。ちょうど空腹だったところだ。皆でランチにしようか」



 私がこの地を訪れる八年前までは、ここは年中厳しい寒さの中にある領地だった。時期によっては大寒波に見舞われ、家から出られない日々もあったそう。
 それでも、先人たちの時代から培ってきた知恵と工夫、そして歴代のエリストン辺境伯領主たちの素晴らしい経営手腕によって、民たちの平穏な暮らしは守られていた。けれど近年では穏やかな気候に恵まれる時期も多くあり、皆ますます豊かで安定した暮らしぶりを続けていた。
 今日も気持ちの良い陽光が降り注いでいる。

「わあ!見てお母様!今ちょうちょが飛んでいたわ!可愛いっ!……まってー、ちょうちょさーん」

 先日6歳の誕生日を迎えたばかりの、私とフロイド様の娘リーシュが、庭園の花々の方を指差してはしゃぐ。寒さに強い花たちは、今日も私たち家族の目を楽しませてくれている。

「ええ、分かったから。走り回るのは後よ、リーシュ。ほら、こちらへ来て椅子に座ってちょうだい。……せっかくお母様が作ったサンドイッチ、食べてくれないの?」
「っ!」

 私がほんの少し悲しげな声を出してそう言ってみると、優しい娘は慌ててこちらに走ってくる。

「ううんっ!食べる!食べるわ!お母様が新しく作るお料理、いつもおいしいものばかりだもの!私大好きよ」
「ふふ……っ。ありがとう、リーシュ」

 侍女が引いたガゼボの椅子にちょこんと腰かけるリーシュ。私たちのやりとりを見ていたフロイド様がクスリと笑う。

「さぁ。ではいただこうか。アイデアの宝庫であるお母様がシェフたちと一緒に作ってくれた、新作のサンドイッチを」
「ええ!」

 フロイド様もリーシュも、美味しい美味しいと言ってたくさん食べてくれた。食後には焼き立ての果実のパイや、クレープシュゼットなどが並ぶ。寒さの厳しいこの地域では温かいデザートが人気で、種類も豊富なのだ。

 すっかり満足したリーシュが庭園を行ったり来たりしながら遊んでいる。ベンチに座り、幸せを噛み締めながらその姿を見守っていると、隣で私の肩を抱いていたフロイド様がポツリと言った。

「先日、仕事の話をしに両親のいる別邸に立ち寄ったんだ」
「まぁ、そうでしたのね。いかがですか?お元気にされていらっしゃいましたか?」
「ああ。相変わらず元気だったよ。また君のことを褒めていた。いつも本当によくやってくれていると」
「そ、そうなのですか?光栄ですわ……」

 私が少し照れていると、フロイド様は思い出したように笑う。

「君のことを、この土地を守ってくれる女神なのではないかと言っていた。……ふ、可笑しいね。聖石の指輪や君の聖女の力のことは誰にも話していないのに。やはりそういう風に思い至るものなのかな。君が私の元に来てくれてから、明らかにこの土地は過ごしやすく、豊かになっていったからね」

 フロイド様はそう言うと、私の額にそっと口づける。私は首元のチェーンを引き指輪を手繰り寄せ、身に着けているそれを取り出して眺めた。真紅の宝石が陽の光に反射して、美しくきらめく。

「……いつか、近い将来きっと消えゆく力ですもの。誰にも言う必要はないと思うのです。この指輪が私たちを守ってくれている間は、その力をありがたく享受して、けれど……、」
「決してあぐらはかかない。いつか指輪がその力を失う時が来ても困らないよう、私たちは学び、知恵を絞り、工夫を凝らし、強く生き抜く力を身につける。……そうだろう?」
「ふふ。はい」

 私の気持ちを分かってくれているフロイド様の言葉に、思わず笑顔になる。この人はいつだって私を理解し、そばに寄り添っていてくれる。

「……あなたに出会えて、幸せです。私」
「……私もだよ」

 フロイド様が愛おしくてたまらないという風に私を見つめ、そしてゆっくりと顔を近づける。一瞬躊躇い、肩がピクリと跳ねたけれど、私は素直にその口づけを受け入れた。

「何してるのー?お父様、お母様。きす?」
「っ?!」
「ふ……、そうだよ、リーシュ。お母様のことが大好きだから、そう伝えていたところだ。こちらにおいで。お前にもキスさせておくれ」
「ふふん。いいわよ」

 リーシュはちょっぴり嬉しそうな顔をすると、フロイド様の元へトテトテと駆けてくる。彼女を抱き上げ膝の上に乗せたフロイド様は、その頬や額に優しくキスをした。

 まんざらでもなさそうにそれを受け入れていたリーシュは、ふと、幸せの笑みを浮かべたまま隣に座っている私の手元に目を向ける。

「お母様、宝物の指輪を見ていたのね。私も触ってもいーい?」
「ええ、もちろんよ。どうぞ」

 私はフロイド様の方に体を近づけ、チェーンに通した聖石の指輪をリーシュの小さな手のひらの上にそっと乗せる。

 真紅の宝石はまるでリーシュを歓迎するかのように、ゆっくりと温かな光を放った。





   ーーーーー end ーーーーー





 読んでくださってありがとうございました!(*^^*)





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