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8. (※sideラヴェルナ)
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「お前、偽者だろう?!本当は聖女の力なんか持ってないんだな?!」
「そ、そんなこと言われても……、知らないわよ!」
デレク様の怒号に一瞬怯みつつも、あたしはすぐさま気を取り直して反論する。
デレク様は歯軋りをしながら、血走った目でこのあたしを睨みつけた。
三年前、あたしたちが首尾よくミシュリーから聖石の指輪を奪い、その持ち主であったミシュリーをここから追い出して夫婦になった後。
デレク様の父上フィールデン公爵が、大きな病のために突如体を悪くし、寝たきりになってしまった。
都会の空気が肺に良くない、緑に囲まれた田舎でゆっくりと静養しなければ早死にするなどとお抱えの医者に言われた公爵夫妻は、領地経営をデレク様に託し、西の片隅にある別邸に引っ込んでしまった。デレク様は突然フィールデン公爵となったのだ。
家督を継いだデレク様は多いに困った。何せこの人経営に関する勉強が大の苦手で、公爵夫妻の目を盗んではサボりまくってきた人なのだから。
「……まぁ、いいや。俺たちにはこの聖石の指輪がある。お前の聖なる力とこの指輪にさえ任せておけば、領地は潤うんだろう?」
「もちろんよ。任せておいて、デレク様。この指輪とあたしの体に流れるハミル侯爵家の血さえあれば、努力や苦労なんかしなくても、自然と土地が潤って平穏かつ贅沢な暮らしぶりを継続できるんだから」
そう。ミシュリーがいた時のようにね。
ハミル侯爵家のあの子が聖石の指輪をつけてうちにやって来た時から、運気は右肩上がりなんだから。そしてあの子が去った今でも、こことベイリー伯爵家は潤ったまま。
ましてやこのフィールデン公爵家はうちと違って、元々裕福で安定していたんだもの。領主がデレク様に代わったぐらいじゃびくともしないわ。これまで蓄えてきた資産も存分にあるはずだしね。
(さ、これからどんな素敵なことが降って湧いてくるのかしら。新種の美味しい作物や果実でも採れるようになるかしら。それとも、宝石?ベイリー伯爵領がそうなったように、希少価値のある鉱物が急にボロボロと採れだしたりして。もしくは古代の価値ある出土品がこの領地からどんどん発掘されて、放っておいてもよそから買い求めて来る人たちで溢れかえって……うふふふふ……)
そんなことを考えてほくそ笑みながら、あたしたち夫婦はのんびりと構えていた。
ところが。
新種の果実や希少な鉱物が採れるどころか、ほどなくしてフィールデン公爵領とベイリー伯爵領は、ここ数年間全く経験したことのない凄まじい嵐に見舞われた。大雨に暴風、落雷による激しい攻撃は数週間にも及び、領内は壊滅的打撃を受けることとなった。
まるで今まで何らかの力で堰き止められていた災害が、一度に襲いかかってきたかのように。
収穫を目前に控えていた作物たちは全てダメになり、河川は氾濫し、領民たちの生活に大きすぎる被害を与えた。そしてこういう時にどう対応すればいいか分からないデレク様は、荒れゆく領地の様を傍観していた。
「……ま、たまにはこんなこともあるか。……良くなるんだろう?ここから」
「え?……ええ。もちろんよ」
当たり前でしょう。
だってあたしはハミル侯爵家の血が流れる聖女で、この聖石の指輪を持っているんだから。
この指輪さえあれば、自然と何もかも良い方向に動くのよ。
ところが、状況は一向に良くなることはなかった。嵐がようやく去った後、領民たちから数々の嘆願が一気に寄せられた。ここを修繕してほしい、生活に補助金を出してほしい、ここをどうにかしてほしい……。
「チッ……!うるせえなぁ、してほしいしてほしいって……。自分たちの生活くらい自分たちで何とかしろよ。ったく……!」
デレク様はブツブツと文句を言いながらも、ひとまず最低限のお金だけは出しているようだった。けれど、領地を見て回ったりするような面倒な仕事は一切していない。
あたしは尚更、そんなことは関係ない。それよりも、ようやくフィールデン公爵夫人となったのよ。この立ち場を存分に楽しまなくちゃ!
嵐も去ったことだしと、あたしは仕立て屋や宝石商を次々と屋敷に呼び寄せた。公爵夫人になったのだから、これからは上流階級の貴婦人たちとの交流が頻繁にあるんですもの。この国で最も格式高い貴族家の夫人として、常に恥ずかしくない装いをして出かけなくちゃね。同じドレスを二度着回すなんてご法度。もう伯爵令嬢じゃないんだもの。公爵夫人なのよ、あたし。王家からも注目される存在だわ。
その他、国外から取り寄せた高級な化粧品や美容品の数々。フィールデン公爵夫人たるもの、常に社交界の誰よりも美しい姿を披露していなければならないわ。あ、それに我が邸に皆さんを招いて茶会やパーティーをするためには、よそのお宅ではお目にかかれないような美酒に美食、珍しいお菓子なんかも必要よね。ああ、忙しいわ。
そんな日々の合間に、実家のベイリー伯爵家から金の無心が来はじめた。どうやら先日の大嵐であちらも大打撃を被ったらしい。せっかくここ数年は上手いこといっていたのに、本当、一体何だったのかしら。
(お父様もお母様もきっと困ってるわね。ミシュリーを引き取るまではうちも切羽詰まっていたんだもの。まだそんなに莫大な蓄えができていたわけじゃないわ)
あたしは両親にせがまれるままに、何度も大金を送り届けた。こちらは資産がたっぷりあるから、心配はいらないわよ。ふふ。
あたしもデレク様も、領民の生活になんかまるっきり興味がなかった。
だから、今皆がどれほど大変な思いをしているか、そしてそんな中で、このフィールデン公爵邸で領主夫妻だけが優雅に贅沢な暮らしを続けていることでどれほど皆の反感を買っているか。
そんなことにさえ気付いていなかった。
「そ、そんなこと言われても……、知らないわよ!」
デレク様の怒号に一瞬怯みつつも、あたしはすぐさま気を取り直して反論する。
デレク様は歯軋りをしながら、血走った目でこのあたしを睨みつけた。
三年前、あたしたちが首尾よくミシュリーから聖石の指輪を奪い、その持ち主であったミシュリーをここから追い出して夫婦になった後。
デレク様の父上フィールデン公爵が、大きな病のために突如体を悪くし、寝たきりになってしまった。
都会の空気が肺に良くない、緑に囲まれた田舎でゆっくりと静養しなければ早死にするなどとお抱えの医者に言われた公爵夫妻は、領地経営をデレク様に託し、西の片隅にある別邸に引っ込んでしまった。デレク様は突然フィールデン公爵となったのだ。
家督を継いだデレク様は多いに困った。何せこの人経営に関する勉強が大の苦手で、公爵夫妻の目を盗んではサボりまくってきた人なのだから。
「……まぁ、いいや。俺たちにはこの聖石の指輪がある。お前の聖なる力とこの指輪にさえ任せておけば、領地は潤うんだろう?」
「もちろんよ。任せておいて、デレク様。この指輪とあたしの体に流れるハミル侯爵家の血さえあれば、努力や苦労なんかしなくても、自然と土地が潤って平穏かつ贅沢な暮らしぶりを継続できるんだから」
そう。ミシュリーがいた時のようにね。
ハミル侯爵家のあの子が聖石の指輪をつけてうちにやって来た時から、運気は右肩上がりなんだから。そしてあの子が去った今でも、こことベイリー伯爵家は潤ったまま。
ましてやこのフィールデン公爵家はうちと違って、元々裕福で安定していたんだもの。領主がデレク様に代わったぐらいじゃびくともしないわ。これまで蓄えてきた資産も存分にあるはずだしね。
(さ、これからどんな素敵なことが降って湧いてくるのかしら。新種の美味しい作物や果実でも採れるようになるかしら。それとも、宝石?ベイリー伯爵領がそうなったように、希少価値のある鉱物が急にボロボロと採れだしたりして。もしくは古代の価値ある出土品がこの領地からどんどん発掘されて、放っておいてもよそから買い求めて来る人たちで溢れかえって……うふふふふ……)
そんなことを考えてほくそ笑みながら、あたしたち夫婦はのんびりと構えていた。
ところが。
新種の果実や希少な鉱物が採れるどころか、ほどなくしてフィールデン公爵領とベイリー伯爵領は、ここ数年間全く経験したことのない凄まじい嵐に見舞われた。大雨に暴風、落雷による激しい攻撃は数週間にも及び、領内は壊滅的打撃を受けることとなった。
まるで今まで何らかの力で堰き止められていた災害が、一度に襲いかかってきたかのように。
収穫を目前に控えていた作物たちは全てダメになり、河川は氾濫し、領民たちの生活に大きすぎる被害を与えた。そしてこういう時にどう対応すればいいか分からないデレク様は、荒れゆく領地の様を傍観していた。
「……ま、たまにはこんなこともあるか。……良くなるんだろう?ここから」
「え?……ええ。もちろんよ」
当たり前でしょう。
だってあたしはハミル侯爵家の血が流れる聖女で、この聖石の指輪を持っているんだから。
この指輪さえあれば、自然と何もかも良い方向に動くのよ。
ところが、状況は一向に良くなることはなかった。嵐がようやく去った後、領民たちから数々の嘆願が一気に寄せられた。ここを修繕してほしい、生活に補助金を出してほしい、ここをどうにかしてほしい……。
「チッ……!うるせえなぁ、してほしいしてほしいって……。自分たちの生活くらい自分たちで何とかしろよ。ったく……!」
デレク様はブツブツと文句を言いながらも、ひとまず最低限のお金だけは出しているようだった。けれど、領地を見て回ったりするような面倒な仕事は一切していない。
あたしは尚更、そんなことは関係ない。それよりも、ようやくフィールデン公爵夫人となったのよ。この立ち場を存分に楽しまなくちゃ!
嵐も去ったことだしと、あたしは仕立て屋や宝石商を次々と屋敷に呼び寄せた。公爵夫人になったのだから、これからは上流階級の貴婦人たちとの交流が頻繁にあるんですもの。この国で最も格式高い貴族家の夫人として、常に恥ずかしくない装いをして出かけなくちゃね。同じドレスを二度着回すなんてご法度。もう伯爵令嬢じゃないんだもの。公爵夫人なのよ、あたし。王家からも注目される存在だわ。
その他、国外から取り寄せた高級な化粧品や美容品の数々。フィールデン公爵夫人たるもの、常に社交界の誰よりも美しい姿を披露していなければならないわ。あ、それに我が邸に皆さんを招いて茶会やパーティーをするためには、よそのお宅ではお目にかかれないような美酒に美食、珍しいお菓子なんかも必要よね。ああ、忙しいわ。
そんな日々の合間に、実家のベイリー伯爵家から金の無心が来はじめた。どうやら先日の大嵐であちらも大打撃を被ったらしい。せっかくここ数年は上手いこといっていたのに、本当、一体何だったのかしら。
(お父様もお母様もきっと困ってるわね。ミシュリーを引き取るまではうちも切羽詰まっていたんだもの。まだそんなに莫大な蓄えができていたわけじゃないわ)
あたしは両親にせがまれるままに、何度も大金を送り届けた。こちらは資産がたっぷりあるから、心配はいらないわよ。ふふ。
あたしもデレク様も、領民の生活になんかまるっきり興味がなかった。
だから、今皆がどれほど大変な思いをしているか、そしてそんな中で、このフィールデン公爵邸で領主夫妻だけが優雅に贅沢な暮らしを続けていることでどれほど皆の反感を買っているか。
そんなことにさえ気付いていなかった。
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