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それからひと月ふた月と時は経ち、ついに半年後──────。
フィールデン公爵領にも、南に隣接するベイリー伯爵領にも、何一つ悪い変化はなかった。
相変わらずどちらの領土も作物や鉱物は豊富に採れ、商売は右肩上がり、領民たちは治安の良い地で平穏に暮らし、この王国の中でもこれほど安定した土地はないだろうと思えるほどに順風満帆だった。
そしてついに、デレク様とラヴェルナは互いの両親を集め、宣言した。
「父上、母上、ラヴェルナもハミル侯爵家特有の聖女の力を有しておりました。実はこの半年間、ミシュリーが持っていた聖石の指輪を預かりラヴェルナが身に着けていたのですが、この通り、フィールデン公爵領にも、それどころかベイリー伯爵領にも何の変化もございません。むしろ少しずつではありますが、経営状況はより良くなってきております」
「あたし、ミシュリーがうちの屋敷にやって来た12歳の頃から、何となく肌で感じておりました。ミシュリーの身に着けている聖石の指輪を目にした時からずっと、あれは本来ならばあたしが持つべきものなんじゃないか、って……。不思議と赤い指輪に惹かれて、心がそれを求めているようで……。身に着けた途端、しっくり来たんです。ああ、ようやくあたしの元に辿り着いてくれた。……そんな感覚でした」
しんみりとした様子でそう語るラヴェルナに呆れるしかない。デレク様と結婚したいがために無理矢理私から奪い取ったくせに、一体何を浸っているんだか。
「ラヴィったら……!あなたがずっと手袋を着けていたのはそれを隠すためだったのね……?んもう、驚かせてくれるんだから」
ベイリー伯爵夫人はそう言いながらも嬉しそうにニヤついている。伯爵は呆然と呟いた。
「何と……!ハミル侯爵家の血を引く女性でも、聖石の指輪の効力が現れる者は同世代にわずか一人しかいないとさんざん聞かされてきたが……。別にミシュリーでなくともよかったというわけか。まさか我が娘が、聖女の力を発揮するとは……」
「……それで?わざわざミシュリーからラヴェルナ嬢に指輪の持ち主を変えて、お前は一体何がしたいのだ」
厳しい顔で自分に向かってそう言うフィールデン公爵に対し、デレク様はきっぱりとした口調で言う。
「父上、母上。実はラヴェルナはこのミシュリーがベイリー伯爵家に引き取られて来て以来、ずっとミシュリーから陰でひどい虐めを受けてきていたそうなんです。ベイリー伯爵と夫人に心労をかけたくはないからと、ずっと一人で耐えていたと……。そうなんだろう?ラヴェルナ」
(……え……?)
驚いてデレク様を見つめると、隣に並んで座っていたラヴェルナが両手で顔を覆った。
「は、はい……!実はそうなんです、お父様、お母様。ずっと言えなかったんだけど、ミシュリーはお父様たちが見ていないところでは、あたしにとても辛辣でした。聖女の力にあぐらをかいて何も努力しない彼女をあたしが諭したことが許せなかったのか……、ただの伯爵家の小娘が偉そうに、私は選ばれた人間なんだから努力なんか必要ないのよ、綺麗に着飾らなくても手入れをいくら怠っても、どうせ崇められて大事にされる立場なんだから、って……。この私に口出してくるなんて生意気だって、頬をぶたれたり、蹴られたり……。実は大切にしていた小物を捨てられたり、ドレスにお茶をかけて汚されたことだってありました。もっともっと、打ち明けたらキリがございませんわ……。うぅっ……」
「あぁ、可哀想にラヴェルナ。苦労していたんだね、君は……」
(な……、)
何を言い出すの?この二人は。
私は慌てて反論した。
「そのようなことは一切しておりません。私を悪者にしてフィールデン公爵家から追い出そうと画策なさっているのなら、もうお止めください。あなた方のために申し上げているんです、デレク様。私はおそらくこれからも……、このフィールデン公爵家、そしてベイリー伯爵家のためにも、自分が必要な人間だと思いますわ」
するとラヴェルナがわぁっと声を上げて泣き出し、デレク様がそのラヴェルナの肩を抱き寄せた。
「お聞きになりましたか?父上、母上。ミシュリーは傲慢な女なのです。ラヴェルナがずっと耐えて苦しんでいたというのに、過去の自分の振る舞いを謝罪する気さえないようです。……実は俺も、結婚以来彼女のそんな人間性を感じる瞬間が何度もありました。だからあえて彼女を遠ざけてしまっていたのです。ですが……、ラヴェルナと出会って知りました。真の聖女とは、こういう女性なのだと。ラヴェルナは慈悲深く、愛情深い女性です。ミシュリーとは真逆だ」
「ああ……、ラヴィったら……!どうして打ち明けてくれなかったの。私たちを気遣ってたった一人で何年も耐えていたなんて……。本当に優しい子なんだから……」
「……すまなかった、ラヴィ。お前が苦しんでいるのに、気付いてやれなくて。父親失格だな、私は」
ベイリー伯爵夫人はハンカチを握りしめ肩を震わせ、伯爵は悔しげな顔をして俯いた。
絶対に娘の虚言だと気付いているはずなのに、彼らは私を切り捨てたのだ。
フィールデン公爵領にも、南に隣接するベイリー伯爵領にも、何一つ悪い変化はなかった。
相変わらずどちらの領土も作物や鉱物は豊富に採れ、商売は右肩上がり、領民たちは治安の良い地で平穏に暮らし、この王国の中でもこれほど安定した土地はないだろうと思えるほどに順風満帆だった。
そしてついに、デレク様とラヴェルナは互いの両親を集め、宣言した。
「父上、母上、ラヴェルナもハミル侯爵家特有の聖女の力を有しておりました。実はこの半年間、ミシュリーが持っていた聖石の指輪を預かりラヴェルナが身に着けていたのですが、この通り、フィールデン公爵領にも、それどころかベイリー伯爵領にも何の変化もございません。むしろ少しずつではありますが、経営状況はより良くなってきております」
「あたし、ミシュリーがうちの屋敷にやって来た12歳の頃から、何となく肌で感じておりました。ミシュリーの身に着けている聖石の指輪を目にした時からずっと、あれは本来ならばあたしが持つべきものなんじゃないか、って……。不思議と赤い指輪に惹かれて、心がそれを求めているようで……。身に着けた途端、しっくり来たんです。ああ、ようやくあたしの元に辿り着いてくれた。……そんな感覚でした」
しんみりとした様子でそう語るラヴェルナに呆れるしかない。デレク様と結婚したいがために無理矢理私から奪い取ったくせに、一体何を浸っているんだか。
「ラヴィったら……!あなたがずっと手袋を着けていたのはそれを隠すためだったのね……?んもう、驚かせてくれるんだから」
ベイリー伯爵夫人はそう言いながらも嬉しそうにニヤついている。伯爵は呆然と呟いた。
「何と……!ハミル侯爵家の血を引く女性でも、聖石の指輪の効力が現れる者は同世代にわずか一人しかいないとさんざん聞かされてきたが……。別にミシュリーでなくともよかったというわけか。まさか我が娘が、聖女の力を発揮するとは……」
「……それで?わざわざミシュリーからラヴェルナ嬢に指輪の持ち主を変えて、お前は一体何がしたいのだ」
厳しい顔で自分に向かってそう言うフィールデン公爵に対し、デレク様はきっぱりとした口調で言う。
「父上、母上。実はラヴェルナはこのミシュリーがベイリー伯爵家に引き取られて来て以来、ずっとミシュリーから陰でひどい虐めを受けてきていたそうなんです。ベイリー伯爵と夫人に心労をかけたくはないからと、ずっと一人で耐えていたと……。そうなんだろう?ラヴェルナ」
(……え……?)
驚いてデレク様を見つめると、隣に並んで座っていたラヴェルナが両手で顔を覆った。
「は、はい……!実はそうなんです、お父様、お母様。ずっと言えなかったんだけど、ミシュリーはお父様たちが見ていないところでは、あたしにとても辛辣でした。聖女の力にあぐらをかいて何も努力しない彼女をあたしが諭したことが許せなかったのか……、ただの伯爵家の小娘が偉そうに、私は選ばれた人間なんだから努力なんか必要ないのよ、綺麗に着飾らなくても手入れをいくら怠っても、どうせ崇められて大事にされる立場なんだから、って……。この私に口出してくるなんて生意気だって、頬をぶたれたり、蹴られたり……。実は大切にしていた小物を捨てられたり、ドレスにお茶をかけて汚されたことだってありました。もっともっと、打ち明けたらキリがございませんわ……。うぅっ……」
「あぁ、可哀想にラヴェルナ。苦労していたんだね、君は……」
(な……、)
何を言い出すの?この二人は。
私は慌てて反論した。
「そのようなことは一切しておりません。私を悪者にしてフィールデン公爵家から追い出そうと画策なさっているのなら、もうお止めください。あなた方のために申し上げているんです、デレク様。私はおそらくこれからも……、このフィールデン公爵家、そしてベイリー伯爵家のためにも、自分が必要な人間だと思いますわ」
するとラヴェルナがわぁっと声を上げて泣き出し、デレク様がそのラヴェルナの肩を抱き寄せた。
「お聞きになりましたか?父上、母上。ミシュリーは傲慢な女なのです。ラヴェルナがずっと耐えて苦しんでいたというのに、過去の自分の振る舞いを謝罪する気さえないようです。……実は俺も、結婚以来彼女のそんな人間性を感じる瞬間が何度もありました。だからあえて彼女を遠ざけてしまっていたのです。ですが……、ラヴェルナと出会って知りました。真の聖女とは、こういう女性なのだと。ラヴェルナは慈悲深く、愛情深い女性です。ミシュリーとは真逆だ」
「ああ……、ラヴィったら……!どうして打ち明けてくれなかったの。私たちを気遣ってたった一人で何年も耐えていたなんて……。本当に優しい子なんだから……」
「……すまなかった、ラヴィ。お前が苦しんでいるのに、気付いてやれなくて。父親失格だな、私は」
ベイリー伯爵夫人はハンカチを握りしめ肩を震わせ、伯爵は悔しげな顔をして俯いた。
絶対に娘の虚言だと気付いているはずなのに、彼らは私を切り捨てたのだ。
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