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王立魔法学園編

16 異なる価値観

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 授業の内容は【初級魔法の使用方法について】だった。

 とは言え、この学園の生徒はリリーちゃんを除けば英才教育を既に受けている。

 ましてやAクラスということもあり、全員が初級魔術は使用可能だ。

 どちらかと言うと、先生がカリキュラムとして生徒の実力を図るために行う側面が強いのだろう。

「そこにある的を目掛けて魔術を放つように」

 先生の指示に従い、生徒が各々の適性に合わせた魔術を行使していく。

「あの……ロゼさんは魔術を使わないんですか?」

「ええ、わたくしにこんなお遊び必要ありませんの」

 隅っこに座って傍観しているわたしを見て、リリーちゃんが首を捻る。

 ロゼは魔術を使用できない設定ですからね。

 先生が何か言ってくれば、あの手この手で文句を言って喚くのだ。

 原作順守のため、文句を言う準備だけは出来ている。

 しかし、なぜかリリーちゃんまでも一緒に待機していた。

「何してるの? 貴女は行ってきなさいな」

「あ、その……なんか場違いのような気がして」

 リリーちゃんの聖魔法は、わたしたちの魔法とは別枠のものだ。

 彼女の力は治癒のみを司っている。

 つまり、壊れた的を修復することが課題となる。

 きっと先生も評価しづらいことだろう。

「貴女の力を見せるチャンスじゃない、行ってきなさい」

 授業ですら聖魔法を使わなくなったら終わりですよ。

 本当に皆の記憶から消えちゃうじゃん。

 もっと主人公ヒロインとしての自覚を持って頂かないと。

「ロゼさんは……その、怖くないんですか?」

「何の話?」

「皆と違うことに……です」

 主人公であるリリーちゃんは、常に周囲の人間とは違う人生を歩んできた。

 平穏な村にあって、唯一魔法が使える子。

 それは聖魔法と呼ばれる、誰も目にしたことのない魔法だった。

 人とは、異なる力を持った存在を恐れる悲しい生き物だ。

 小さな村で彼女は迫害を受け、居場所を失った。

 しかし、運良く国王にその力を認められて王立魔法学園の門を叩くことになる。

 救われたように思えたが、周囲にいるのは貴族の子供たち。

 相容れるはずもない、貴族と平民の価値観。

 そうして常に他者との隔たりを感じてきた彼女は、どうしても自分に自信が持てないのだ。

 その疎外感が怖くないのかと、彼女はわたしに問うている。

わたくしが他者と異なるのは当然のことですのよ。なぜなら私はヴァンリエッタ公爵家の長女、生まれ育ちが特別なのですから」

 ロゼの父親であるジャン・ヴァンリエッタ公爵は王都の宰相である。

 このアグニス王国において、彼は公爵家の中でも極めて重要なポジションにいる。

 それゆえロゼが令嬢としても別格なのは周知の事実である。

「すごい、ですね……」

 貴族の令嬢として裕福に暮らし、優れた才覚を磨こうともせずに根拠のない自信を持つロゼ。

 平民の子として貧しい暮らし、優れた才覚を磨きながらも自信が持てないリリー。

 ロゼとリリーは対極の存在なのだ。

 それゆえに、ロゼの存在がリリーちゃんにとっては眩しく映るのかもしれない。

「当然でしょう? 私は貴族、貴女は平民なのですから。同じでは困りますわ」

「……でも、不思議です。ロゼさんはちょっと近しい感じがするんです」

 え、なんのことを言ってるんだろ。

 わたし悪役令嬢ですからね?

 絶対に貴女とは遠く離れた存在ですよ?

「何というか……そのロゼさんには、他の人たちのような生まれの壁を感じないというか……」

「な、なんですって……?」

「すごく親近感があるんです。あ……あはは、絶対そんなことないのは分かってるんですけどね」

 ま、まずいぞ……?

 前世の庶民暮らしのオーラが漏れていたか?

 いや、わたしだってロゼとして貴族の暮らしを謳歌してきたのだから、上流階級の気品を身にまとっているはずだ。

 ……それとも、人はそう簡単に変われないってこと?

 それをリリーちゃんは嗅ぎ取ってしまったのか?

 それはまずいじゃない!

 わたし、やっぱりもっとリリーちゃんに嫌われないとダメだねっ!

「この私が平民である貴女と近しいだなんて……侮辱ですわっ」

 わたしはプルプルと震えて眉間に皺を寄せる。

 多分、怖い顔になっているはずだ。

「あ、いえ、違うんですっ。そんなつもりで言ったわけじゃなくて……ロゼさんは何だか他の人たちと違ってわたしをフラットに見てくれるので、つい……」

 なんで段々とリリーちゃんがわたしに心を開きそうになっているのかな?

 ヒルベルトやレオに心を開いて欲しいんだけどなっ。

「私と貴女では絶対に超えることの出来ない大きな壁がありますの。夢を見るのは結構ですが、寝言を口にするのは見苦しくてよ?」

 ここで明確に線引きをしておかないと。

 これ以上リリーちゃんがロゼに感情移入してもらっては困る。

「さあ、もうお行きなさい! 高貴な私と違って、平民である貴女はこの場にいるにふさわしい人間であることを証明しなくてはなりませんのっ!」

「あ、は、はい!」

 ぴんと背筋を伸ばして、走り出すリリーちゃん。

 ……少しは距離とれそうかな。

「あ、あの、その……」

 しかし、リリーちゃんはすぐに足を止めて振り返り、こちらを見てモジモジしていた。

「何ですの、用があるのなら早く言いなさい」

「ありがとうございます! ロゼさんのおかげで頑張れそうですっ!」

 お辞儀をして、笑顔で走り去っていくリリーちゃん。

 あれ……努力しなくていいロゼと、努力しなければならないリリーちゃんとの境遇の差を見せつけようとしたんだけど。

 なんで嬉しそうに返事されたんだろ……。

 リリーちゃんって、実は不思議っ子だったのだろうか。
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